スコットランド最大の都市グラスゴー市街に集まった独立を求める市民たち。2020年1月11日撮影。
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前回の住民投票から7年弱が経過したスコットランドで、独立問題が再び耳目を集めている。
5月6日に実施されたスコットランド議会選挙では、独立を主張する与党「スコットランド民族党(SNP)」が、単独過半数(全129議席中65議席)にあと1議席届かなかったものの、圧勝した。
同じく独立を主張する環境政党「緑の党」も8議席を獲得し、独立支持の両党合わせて過半数を押さえた。
スコットランド独立(≒イングランド分裂)への懸念は確実に高まっている。筆者のもとにも照会が増えており、あらためてQ&A方式で事実関係を整理しておきたい。
【疑問1】独立は否決されたのではなかったのか?
2014年9月、スコットランドではイギリスからの独立の是非を問う住民投票が行われた。その結果、反対票が55%と過半数を占め、独立は否決されている。
この住民投票は、2011年5月のスコットランド議会選挙で、住民投票の実施をマニフェスト(政権公約)に掲げるスコットランド民族党が過半数の議席を獲得したことから実施に至ったもの。
投票結果は、欧州連合(EU)加盟国であるイギリスから独立しても、その後の政策課題が多い(後述)ことから、現状維持が選択されたと考えられる。
しかし、その後イギリスはEUを正式離脱し、大前提が変わった。スコットランド国民の過半はEU残留を支持していることから、前回の結果を棚上げして再び住民投票で意思を問う意義が生まれている。
【疑問2】スコットランドが独立を望む背景には何が?
スコットランドには教育・医療分野を含めた限定的な自治が認められているが、租税政策を含む経済政策全般はイギリス政府の管轄にある。
イギリス議会の構成を見ると、スコットランド選出議員は少数派であり、その声は圧殺されやすい。多数派のイングランドに有利な政策運営が行われているという感覚は、スコットランド独立支持派に通底するものだ。
2014年9月の住民投票では残留支持が上回ったものの、イギリスが国民投票(2016年6月)でEU離脱の方針を決めてからは、独立支持派が追い上げ、イギリスの正式離脱が実現したいまに至って、形成は逆転しつつある。
独立の是非をめぐる論点はいくつかあって、例えば、(イギリスのEU離脱による)水産業への悪影響があげられる。
2021年1月のイギリスからEUへの魚介類輸出額は前年比80%減と報じられており、漁業の強さで知られるスコットランドにとっては深刻な懸念が続く。
また、水産業に限らず、大陸欧州という巨大な市場を取引先とするあらゆるビジネスが厳しい環境に追いやられた一面は間違いなくあるだろう。
もちろん、スコットランドにとって対EU貿易の割合は20%程度であり、60%を占める対イングランド貿易のほうがはるかに重要だ。独立してイングランドとの間に国境が設けられることの悪影響は比較にならないほど大きい。
とはいえ、アイルランドのように、アメリカや大陸欧州(ベルギーなど)を主要な輸出先として成長をとげてきた国もある。目先の利益ではなく将来を見据えた決断を、スコットランドがくだす可能性はある。
【疑問3】住民投票がすぐに実施される可能性は?
スコットランド議会選挙で単独過半数にあと一歩まで迫る「歴史的」圧勝劇を率いた民族党(SNP)のスタージョン党首。スコットランド自治政府の現役首相でもある。
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コロナ禍への対応が最優先の状況で、すぐに実施される様子はいまのところない。
ただし、スコットランド民族党は5月6日の議会選挙をめぐり、「過半数の議席を獲得した場合、2023年末までに独立を問う住民投票を実施する」とのマニフェストを掲げてきた経緯がある。つまり、議員任期(2026年まで5年間)の前半で住民投票を実現しようというわけだ。
スコットランド自治政府のスタージョン首相(民族党党首)は選挙に勝利したのち、「(独立を問う)住民投票の実施は民主主義の根幹に関わる問題」と発言している。パンデミック収束が見えてくれば、住民投票にかかる法制度が立法化され、実施への道筋がつけられるだろう。
イギリスのワクチン接種ペースは先進国のなかでも最も速く、2022年の年明けにも、住民投票は現実味を持って議論されるようになるのではないか。
くり返しになるが、「EU加盟国としてのイギリス」という大きな前提条件が崩れてしまった以上、2014年に実施したばかりだからできないという理由で住民投票を拒絶するのは、客観的に見て難しい。
【疑問4】イギリス政府が認めなくても住民投票は実施できる?
「実施は可能だが、やらない」というのが実情だ。
スコットランド民族党のスタージョン党首(前出)は、イギリス政府が認めない非公式の、法的拘束力を持たない住民投票は強行しない姿勢を示している。
イギリス政府の同意を抜きにして諮問的な住民投票を実施することは、仕組みとしてはできるものの、法的拘束力のない試みだとわかっていたら投票者は集まるだろうか。
イギリスの調査会社イプソス・モリが4月1〜7日に行った世論調査では、「議会選挙でスコットランド民族党が過半数を獲得した場合、住民投票の実施は容認されるべきか」との問いに対し、51%が「認めるべき」、40%が「認めるべきではない」と回答している。
回答をスコットランド居住者に限定すると、前者は56%、後者は41%ともう少し差が広がる。
こうした世論を抑圧するようにイギリス政府が住民投票を拒否し続けると、独立派をさらに増長させる可能性があり、ひいてはジョンソン政権の支持率を直撃する可能性もある。
2022年6月に予定されるイギリス議会総選挙で、(保守党・労働党のいずれがリードするにせよ)スコットランド民族党の助力なくして政権樹立が難しいような展開になれば、住民投票実施を認めざるを得ない状況に陥るかもしれない。
近い将来、イギリス政府が住民投票を認めることはなさそうだが、今後1年間で状況が急変する可能性は十分考えられる。
【疑問5】スコットランド政府には独立後の「青写真」があるのか?
2021年5月、スコットランド議会選挙の開票中の様子。コロナ禍で感染対策が徹底されているものの、ワクチン接種が世界最速で進むイギリスでは、こうした風景は間もなく過去のものになるかもしれない。
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いまのところ、そうは見えない。
2014年9月の住民投票では、独立後の不透明感の大きさが残留につながったという総括も見られた。
では今回、その不透明感が解消されたのかと言うと、確証はない。
例えば、前回投票時は、独立後にスコットランドで英ポンドが使えなくなる問題が指摘されていた。英ポンドは(イギリスの中央銀行である)イングランド銀行の発行する通貨なのだから、当然と言えば当然だ。
スコットランドは独立後にEU加盟を目指すのだから、将来的にはユーロの流通を望むのだろう。しかし、EU加盟とユーロ導入はそれぞれ年単位の時間を要するプロセスで、移行期の通貨システムをどう構築するのかという問題が残る。
移行期だけ英ポンドを使わせてほしいという都合の良い要求が通るなら問題ないが、イギリスとの関係を考えると直感的に難しいように思える。その場合、新通貨(スコットランドポンド?)の発行が選択肢となる。それもまた一筋縄ではいかない難路に違いない。
また、独立後にEUに加盟すれば、最大の貿易相手国であるイギリスとの間に障壁をわざわざ設けることになる。中長期的には別の議論ができても、短期的にこうむるダメージは大きいだろう。
近年目の当たりにしてきたイギリスとEUの離脱交渉のプロセスを見るかぎり、貿易をめぐる得失は2国間交渉を複雑化させるとしか思えない。
それだけではない。前回の住民投票時は、イギリス政府の抱える債務について、既発の英国債の一部がスコットランドに移管されるなどして応分の負担が検討される可能性も指摘されていた。この問題に対する答えもまだ出ていない。
スコットランドが独立採算になるとすれば、国債市場は「イギリスから離れたスコットランド」へのリスクプレミアム(=ノーリスク時の金利に対する利回りの上乗せ)を要求するだろう。
スコットランド財政の「虎の子」とされる北海油田は枯渇のおそれが断続的に指摘されており、そこへの依存は危うい。独立採算を維持するには財務がおぼつかない状況で、イギリス政府債務の応分負担を気軽に引き受けられるとは思えない。
現状は独立支持派に勢いがあり、これは年明け以降も続く公算が大きい。しかし、将来への不安が漠然として大きいままだと、住民投票実施まで至っても、前回同様に独立反対派が盛り返す展開になる可能性がある。筆者は現時点でそのように分析している。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。