2020年通期決算を説明する孫正義氏。
撮影:小林優多郎
「ワクチンひとつとっても、怒り狂うことはいっぱいある」
5月12日に開催されたソフトバンクグループの2021年3月期の通期決算の説明会で、孫正義会長はそう、ほえた。
ソフトバンクグループ決算自体は、純利益が4兆9879億6200万円と、前年同期の9615億7600万円の巨額赤字と比べて大幅に回復……決算が開示された同日午後3時にはトヨタ自動車などを抜き“東証上場の日本企業で過去最高益”などの見出しが報道各紙に躍った。
孫氏が重視するNAV(時価純資産)も順調に伸びている。
撮影:小林優多郎
説明会は今までと大きく変わらず、孫氏は自身の主目的とする“AI革命”を今後も粛々と進めていくこと、投資家の評価=市場のソフトバンクグループの株価が(孫氏が考えているより)低いことへの不満を主張するものだった。
ただ、質疑応答の後半、「日本のデジタル活用は今後どうなっていくべきか」「NTT接待問題についての受け止めは?」という2つの質問に対して、孫氏はそれまでと打って変わった様子で答えた。
「FAXでPCR検査とか恥ずかしい」
ソフトバンク・ビジョン・ファンド2号が投資する海外のAI企業について、解説する孫氏。
撮影:小林優多郎
孫氏は今までも日本を「AI後進国」と評価してきた。その評価は今も変わらないようだ。
「日本のデジタル活用は今後どうなっていくべきか」という質問の回答では、このコロナ禍で鮮明になったデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れについて触れた。
「いま世界には1000社ぐらいユニコーン(評価額1000億円以上の未上場スタートアップ)がある中で、とくにAI(分野)では(日本の企業は)3社ぐらいしかない。AI革命から決定的に遅れをとっているのは事実だ。
DXの先にはAIトランスフォーメーションがある。デジタルにするのは当たり前。スタートラインにすら立っていない。FAXでPCR検査(のやりとりをする)とか恥ずかしくて話にならない。DXは当然で当たり前のことだ。
(世界は)AI革命で競争しあっている。マイナスのスタートではなく、せめて世界のスタートラインに(日本の企業が立って欲しい)。AI(企業)の10%ぐらい、100社ぐらいは日本(の企業)じゃないとおかしい」(孫氏)
ソフトバンク・ビジョン・ファンド1号、2号、そしてラテンアメリカ・ファンドが出資した企業は224社に。
撮影:小林優多郎
同説明会では、ソフトバンクグループの投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の1号が92社、2019年7月に設立した2号では95社、2019年3月に設立した「Latin America Fund」では37社と、計224社のAI企業への投資を発表。
さらに、4.9兆円を超える利益についても「たまたまのたまたまのたまたま」(孫氏)と称しつつも、ソフトバンク創業の地である福岡県・雑餉隈(ざっしょのくま)の創業当時の写真と創業(1981年)から2020年期までの純利益のグラフを重ね、やや感慨にふけっていた。
雑餉隈とこれまでの純利益のグラフを重ねて話す孫氏。
撮影:小林優多郎
その直後の“憤慨”だっただけに「日本の現状をとても悲しく憂いている」と言う孫氏の言葉には、普段以上に熱がこもっていたように思う。
なお、「私は政治家ではない」「民間企業として事例を示す、成功事例を世界でやりながら、日本での機運も祈っている」と従来の日本市場との関わり方を改めて説明。
ただし、「(日本でのAI軍団をどのように成長させていくか)アイデアはあるが、(語るには)時期尚早だ」とやや今後を匂わす言葉も漏らした。
NTT接待問題に限らず日本には「構造的癒着がある」
終始朗らかに受け応えをする孫氏だったが、ときに感情が高ぶっているときもあった。
撮影:小林優多郎
次に孫氏が“ほえた”のは、NTTによる総務省幹部への接待問題についての質問を受けたときだ。孫氏は接待問題単体、また通信業界にとどまらず、さまざまな業界にある日本の癒着ありきの商習慣について指摘した。
「癒着のような会食はいけないこと、我々はしていない。(ただ、それより)数千万の報酬を払って天下りを受け入れることが人的癒着、わいろだと思う。もっと大きくすべき(問題だ)。
数千万円のお迎え自動車や、なんとかクラブの会員権付きで、引き続き継続して(天下りを)受け入れていく会社と送り出す監督官庁……これは、特定の1社2社ではなく、金融界にも通信界にも教育界にもある。構造的癒着がある」(孫氏)
ソフトバンクで通信事業を指揮していた時代を振り返って思うところもあったのか、ほかの質疑への応答時よりやや早口で語る孫氏が印象的だった。
孫氏は「今日は決算説明会」と、そのような不満を述べる場ではないという認識を示しつつ、「(通信事業会社の)ソフトバンクの社員が迷惑する。刺激するようなことを言わないでくれと(言われているが)、ときには爆発しなければいけない」と自身の率直な気持ちであることを吐露した。
(文、撮影・小林優多郎)