コロナ禍で急増した配達員。事故のリスクが大きい仕事だが、企業や政府でどのように対応しているのだろうか?
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コロナ禍でフリーランスが増加している。ランサーズの調査によると1年以内にフリーランスになった人は517万人(2021年2月)。2020年の同時期の調査の320万人からおよそ200万人も増えている。
収入の道が開かれるフリーランスが増えるのはよいとしても、災害時の補償や失職時の生活補償など雇用労働者に比べてセーフティネットが脆弱であることが最大の問題となっている。
そんな折の4月13日。政府の経済財政諮問会議の有識者議員が「ヒューマン・ニューディールの実現に向けて」と題する提言を発表。その中で労災保険や雇用保険などの労働保険をフリーランスに適用することを明記した。
フリーランスの中でも今、事故を起こしやすいのが、緊急事態宣言下で活況を呈しているフードデリバリーサービスの配達員だろう。
コロナ不況で退職を余儀なくされた人が相次いで参入し、業界最大手のウーバーイーツの配達員は14万人と言われる。配達員の事故はどのぐらい発生しているのか。
衝突、店頭、追突…負傷の内訳は
2020年4月には東京都杉並区で21歳の配達員の大学生が軽乗用車と衝突し、死亡している。ウーバーイーツは事故件数を公表していないが、配達員の急増に伴い、事故が多発していることは想像に難くない。
配達員で組織するウーバーイーツユニオンが「事故調査プロジェクト報告書」(2020年7月21日)を出している。報告のあった事故31件のうち、最も多かったのは「衝突事故」の25.8%、次いで「転倒事故」(22.5%)、「追突事故」(16.5%)、「接触事故」(12.9%)の順となっている。
事故による負傷の内訳は「打撲・擦過傷など」が45.2%と最も多いが、「頸椎捻挫(けいついねんざ)や靱帯(じんたい)損傷など」「骨折」といった重傷に近いケガも4割弱あった。
問題なのはケガによって就業できなくなることである。
治療のため仕事を休んだ期間で最も多いのは「1〜2週間」の41.9%、次いで「1カ月未満」(19%)となっている。1カ月以上休んだ人は約2割(19.3%)に上り、うち3カ月以上が13%もいる。配達に使っている車両は自転車(51.6%)と原付50cc・小型二輪(41.9%)がほとんど。二輪車ほど転倒しやすく、一度事故を起こすと重傷化のリスクも高い。
ウーバーイーツは雇用ではない「休業損害なし」
勤務中にケガをしてしまっても、治療費は民間の保険頼り、休業損害はなし。労災保険が充実していないのは問題だ。
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例えば、50代男性は小型二輪で夜の配達中、交差点で左折する際に、前の車が停車しバックしたため接触。転倒し、全治3カ月のケガを負った。
「頸椎捻挫、腰部捻挫。1週間ほど休業。通院し、全治3カ月。治療費は、事故の相手方の任意保険。相手方との交渉が精神的にかなり負担だったので、弁護士に依頼した。また、休業損害については『ウーバーイーツは雇用されている仕事ではなく、損害の根拠となるものがない』として認められず」(報告書)
接触して転倒しただけで重傷を負う典型的なケースだ。しかも全治3カ月でもウーバーの配達員は個人事業主の扱いなので治療費は民間の保険に頼るしかなく、その間就業ができなくなっても生活するのに必要な休業補償は出ない。
これに対して会社に雇われている人であれば、加入している車両保険の担当者が示談交渉を行い、ケガを負った本人も労災保険によって満額の治療費が支給され、休業中も生活費も給与の80%が仕事に復帰するまで支給される(直近3カ月の平均賃金の80%)。
またケガが治っても障害が残れば障害補償年金や、死亡した場合は遺族に年金または一時金が支給される。さらに仕事に行く途中や帰宅中に事故にあっても同様の補償が受けられる(通勤災害)。
この補償は正社員に限らず、アルバイトやパートも受けられる。労災保険は従業員を雇っている事業主に加入義務があり、仮に事業主が加入していなくても雇われていれば補償を受けられる。厚生労働省の労災管理課の担当者はこう言う。
「従業員を1人でも雇っていれば労災保険の加入義務があり、入っていなければ違法だ。入っていなくても従業員は悪くないので、事故にあっても労災保険給付を行う。その後に事業主に労災保険料を追加で徴収することになる。バイトやパートも当然補償される。たまにバイトやパートは対象にならないよと言う事業主もいるが、全然関係ないし、間違っている」
つまり蕎麦屋の出前持ちのアルバイトでも労災補償が受けられるということだ。
傷害見舞金制度を設けたが……
新しく制度が設けられたものの、制度がカバーする領域は不十分だ。
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実はウーバーイーツは民間の損害保険会社と提携し、2019年10月から傷害見舞金制度を設け、2020年10月に制度を改定し、拡充を図っている。治療費に当たる医療見舞金や稼働できなくなった場合の1日あたりの見舞金、手術一時金、死亡見舞金、遺族見舞金などがついている。
例えば、最も重要な以下の2つの補償が拡充された。
- 医療見舞金=必要な医療費用の上限25万円から50万円に拡大
- 1日あたりの見舞金=7500円の支給日数を30日から60日に拡大
しかしこの補償額は、軽傷であれば十分だろうが、全治2カ月以上の重傷だと当然不足する。前述の労災保険に比べてかなり見劣りする補償額だ。不十分なのは金額や期間だけではない。配達員が救済されない規定がいくつもある。
実はウーバーイーツユニオンは当初の2019年10月の傷害見舞金制度の改善を要望していた。
見舞金などの金額や期間の改善以外に、
- 制度の対象範囲を「配達中」(on-trip)に限定せず、アプリをオンラインにしている状態(off-trip)の際も事故の対象とすること
- 対象となる「傷病」を「業務に起因するあらゆる傷病」に拡大すること
- 対人・対物賠償保険の示談交渉特約を追加すること
- 事故報告後になされることがあるアカウント停止について、停止になる根拠・条件・期間などを明示すること
などである。
しかし、2020年10月の制度改定では、以上の4項目が改善されることはなかった。とくに3の人にケガを負わせたり、物損を与えたりした場合、示談交渉サービスが付いていなければ本人が交渉せざるを得ず精神的負担も大きい。
1のように配達中だけではなく、配達依頼を受けられるように待機している状態もカバーされるのが当然だろう。実際に、前述の事故報告書ではoff-trip中の事故が16.1%も発生している。
しかも労災保険では自宅からの行き帰りの通勤災害も対象になる。
シルバー人材センターは傷害保険適用
シルバー人材センターでの仕事は、ウーバーと同様に「請負就業」だが、労災が幅広く適応されている。
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ちなみにウーバーと同じように雇用ではなく「請負就業」で働く組織に、「シルバー人材センター」がある。高齢者を対象に除草・清掃業務など短時間の軽易な仕事を提供している。
自治体のセンターごとに保険会社と契約し「傷害保険」を設けているが、仕事中のケガだけではなく、「仕事先との往復時のケガ」や知識・技能習得を目的とする講習会の参加時および往復時も保険の対象にしている。
また2の「傷害」について、ウーバーイーツの「傷害見舞金等支給規定」は「急激かつ偶然な外来の事故によって身体に被った傷害」と定義し、このほかに有毒ガス・有毒物質を吸引したときに生じる中毒症状も含まれるとしている。しかし、業務に起因する傷病はそれだけに限らない。
例えば、新型コロナウイルスに感染しても見舞金の対象にならない。労災保険では新型コロナウイルスに感染しても給付の対象となり、2020年の感染による労災の報告件数は6041人(厚生労働省)。その多くは医療保険業、社会福祉施設で働くエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちだ。
その点では、コロナ禍でホームステイしている人に食事を届けるウーバーの配達員もエッセンシャルワーカーである。
しかも、商品を受け取る際の飲食店での待機中、配達先との接触など常に感染リスクにさらされている。にもかかわらず「個人事業主」というだけで救済されないのは社会的公平性の観点からも問題だろう。
事故で保険利用「させたくない」という思惑?
ウーバーイーツユニオンの代理人の川上資人弁護士は、ウーバーの補償内容についてこう語る。
「国の労災保険制度に比べると補償のレベルが全然低い。ウーバーとしては事故で保険の利用が増えれば増えるほど保険料率が上がるので使ってほしくないというインセンティブが働く。民間の保険にまかせればよいという話ではない」
その上で川上弁護士は、ウーバーの配達員などフリーランスにも労災保険を適用すべきと指摘する。
「企業が労働力を使って利益を上げているのであれば、その労働で発生した危険についても負担しなさいというのが労災保険法の趣旨だ。配達員の労働力を使って利益を上げているウーバーも同じ。現行の労災保険法を改正し、事業者性のないフリーランスにも対象範囲を拡大すべきだ」
先進国で周回遅れの日本
欧米では以前からウーバー労働者による抗議が続いており、イギリスではドライバーに対し最低賃金や有給休暇を認めるなど、徐々に対策が進められている(写真は2019年5月、イギリスでのウーバー運転者たちによるデモ)。
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冒頭に紹介したように、政府の経済財政諮問会議の有識者議員がフリーランスに労災保険などを適用拡大する検討を求めているが、実は日本は世界の動きに比べると周回遅れの現状にある。
有識者議員が提出した参考資料に「欧州先進国における自営業者向けの失業・労災給付の整備状況」がある。
これは2017年の状況だが、すでにオーストリアやイタリアをはじめ、フリーランスに対し労災給付を全面適用している国も多く、部分適用を含めると13カ国もある。
その後、EUは2019年11月に自営業者などに対して労災給付や失業給付などの社会保障を確保するよう加盟諸国に勧告を出している。勧告なので強制力は持たないが、EUは2021年2月末、プラットフォーム労働者の社会保険加入などの保護を強化する協議を開始した。
一方、アメリカではこれまでネット上のアプリを通じて単発で仕事を受ける「ギグワーカー」の保護が州単位で進んでいるが、4月29日、バイデン政権のウォルシュ労働長官は、安定した賃金や病気休暇、医療保険などについて企業側と今後数カ月間に協議を行うとしている。
こうしたEUやアメリカの動きに比べて日本政府の動きは遅すぎる。冒頭に言ったようにフリーランスの増加はコロナ禍と無縁ではない。先進諸国と比べたコロナ対策の遅れが指摘されているが、フリーランスの保護でもそうならないように対策を急ぐべきだろう。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年、鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。