グーグルで広告事業の成長を支えた人物として知られるアラン・モスは、2020年にアマゾンの広告セールスの責任者に就任した。ほどなくして、モスは自動車メーカーなど、アマゾンで商品販売をしていない有名ブランドのチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)たちとの会議の場を設けた。
モスはその会議で、アマゾンのデータのほか、ウェブサイトから成長中のアマゾンの動画配信機器「FireTV」にいたる同社の莫大なネットワークについてプレゼンしていた、と会議に出ていたアマゾンの元社員、ヴィニー・リナルディ(Vinny Rinaldi)は言う。
また、アマゾンを活用することでいかに消費者の関心事を把握し、ブランドへのロイヤリティを醸成できるか、さらにはアマゾンがOTT(動画配信サービス)や動画広告など新しい形の広告を推進していることにも言及したという。
これは、アマゾンがメッセージの発信の仕方を進化させようとしている兆候でもある。アマゾンの広告枠は、同社のプラットフォームで売上を伸ばしたいパフォーマンス・マーケター(広告の成果によって広告料を支払う会社)には売りやすいものの、そうでないマーケターに買ってもらうのは容易ではないからだ。
もちろん、アマゾンの巨大プラットフォームに売り上げの多くを依存し、広告パフォーマンスを非常に気にする広告主とも協力していく必要がある。アマゾンにとって主な収入源だからだ。Insiderの取材に応じたモスは、メールで次のように回答した。
「広告主の皆様はそれぞれ独自のニーズをお持ちです。各々の目標に対して、計画・改善・評価するための製品やツールを提供し、その使い方をどんどん進化させることが私たちの目標です」
デジタル広告収入2兆円。1年で2倍
アマゾンのグローバル広告セールス担当バイスプレジデントのアラン・モス。
モスはデジタル広告業界の重要人物だ。デジタル広告においてアマゾンはグーグルとフェイスブックに次ぐ第3位のプレイヤーであり、デジタル広告収入のシェア1割を占めているという。アマゾンの広告収入は2020年に215億ドル(約2兆1500億円)と、2019年から倍以上に増えている。
生え抜きを大事にすると言われてきたアマゾンにとって、モスのような社外の人間を採用するのは今までになかったことだ。アマゾンの広告事業に近い筋の内部情報では、グーグルやフェイスブックに対抗するための決断だったという。
こうした情報筋によれば、前任者で現インスタカート(Instacart)のCRO(Chief Revenue Officer)であるセス・デレイヤ(Seth Dallaire)と比べると、モスは地味な人物であり、成長するアマゾンの広告事業を支えるためのシステムや仕組み作りに注力しているという。
メディア代理店Wavemakerで働くリナルディはこう指摘する。
「広告事業がメインのビジネスではなく、従来の小売ビジネスの中で広告をやるという新しい取り組みになります。グーグルのビジネスモデルの99%は広告ですが、アマゾンは99%が小売業です。モスは、将来に向けてアマゾンのメディア事業を進化させる手腕を持つ人だと思います」
グーグル式をアマゾンでも
モスはペイパル(PayPal)、チャートワン(ChartOne)、マイクロソフトなどを経てグーグルに入社、13年勤めたのち2020年7月にアマゾンに転じた。
モスはシェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)やデイビッド・フィッシャー(David Fischer)とともに、1680億ドル(約16兆8000億円)規模のグーグルの広告事業をイチから構築することに貢献した。サンドバーグもフィッシャーもその後、グーグルのやり方でフェイスブックを広告業界の巨人へと育てている。
モスも、WPPやオムニコム(Omnicom)、インターパブリック・グループ(Interpublic Group)など広告業界のグローバル企業と関係を構築してアマゾンで同様のことをしようとしている。モスの任務は巨大企業に対し、アマゾンならブランドの認知度や評価を伸ばせると、巨額の広告出稿を引き出すことだ。
モスはまた、アマゾン役員のコリーン・オーブリー(Colleen Aubrey)とも近いポジションにいる。モスは広告セールスを担当し、オーブリーはアマゾンの広告関連の製品や評価ツールの開発をサポートする。オーブリーはSチームと呼ばれる、ジェフ・ベゾスの側近の一人でもある。モスとオーブリーの上司は、グローバル広告担当のシニア・バイスプレジデントであり、Sチームのメンバーでもあるポール・コタス(Paul Kotas)だ。
アマゾンのアンチ・セールスマンと言われるモス
モスを知る人は、彼は物腰が柔らかく、縁の下の力持ち的な人物だと言う。このことを指して、いかにアマゾンが広告事業を「ひそかに」構築しようとしているかが伺い知れると言う人もいる。バックオフィス側を好むアンチ・セールスマンであるモスは、重要顧客を高級接待するフェイスブックのキャロライン・エヴァーソン(Carolyn Everson)のような広告担当役員とは対照的だ。
「モスは常に次の大きい獲物を狙っているような、典型的なメディア営業リーダーとは違います。人とカルチャー、堅固なプロセスと組織体制にしっかり投資をし、きちんとデータに基づいて意思決定することで巨大な事業を育て上げた、人が付いてくるタイプのリーダーです」と、グーグル在職時にモスの下で働いていたジョン・T・シェー(John T. Shea)は言う。
別のグーグルの元同僚も、モスの気さくさや、チームの誰もがモスに話しかけられるようにとオフィスアワーを設定していたことを挙げる。
また、モスの下で働いた経験のあるグーグルの元広告エンジニアによれば、グーグル時代、モスは新しいビジョンに合わせて大きな営業部隊を方向転換させた経験もあるという。いわく、モスは「gTech」と呼ばれるテクニカル・サービスチームの業務内容を、広告から戦略的プロフェッショナル・サービスに変更したのだ、と。
「予算達成のためにそのブランドの広告を多く表示するのではなく、コンサルティングを提供しました。エンジニアに広告主向けのカスタム機能を開発させたのです」と元グーグル社員は言う。
約7兆円市場。TV広告への攻勢
モスは今、700億ドル(約7兆円)のテレビ広告ビジネスの一部を獲得しようと動いている。
5月初め、モスはアマゾンが初めて参加したビジネスイベント「NewFronts」に登壇し、ドラマ「シッツ・クリーク」に出演したキャサリン・オハラとともに、広告出稿がテレビからストリーミングへとシフトしていると説明した。
Hulu、Roku、NBCUniversalなどの大手テレビ企業を相手に、アマゾンはその規模や、IMDb TV(アマゾン傘下の無料の映画・テレビストリーミングサービス)、Twitch、スポーツ試合放送などでその広告動画コンテンツが毎月2000万人から1億2000万人にリーチすることをプレゼンした。
「アマゾンの広告の真のマジックはテクノロジーであり、これはアマゾンだけが提供できるショッピングやストリーミングの莫大なデータに支えられています。優れたデータ分析をもとに、お客様に優れた製品やテクノロジーを提供できます」とモスは説明している。
アマゾンは2021年に広告フォーマットを展開する計画だ。それにより、広告主はIMDb TV向けに制作するオリジナル番組内で自社製品を映したり、ブランドコンテンツの制作といったことができるようになる。
また、大手広告会社をメンバーとする業界団体にも近づこうとしている。モスはネット広告業界団体インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー(Interactive Advertising Bureau)の理事であり、公共サービスの告知を制作する目的の非営利組織であるAd Councilの理事会にも最近入った。
加えて、アマゾンは新たな競争にも直面している。広告を軸にした動画提供サービスが成長しているだけではなく、従来の小売業者であるウォルマート、ターゲット(Target)、インスタカート、CVSなど、ネットショッピングにおける広告のパイを狙う企業との競争も激しい。
いずれにせよ、モスの当面の任務は自動車メーカーや保険会社など、アマゾンで商品を販売していない広告主から広告予算を獲得することになるだろう。
(翻訳・田原真梨子、編集・野田翔)