「東京オリンピック中止して」小池知事に署名35万筆。開催か中止か、それとも…? 開会式まで70日、問題山積み

宇都宮健児氏(2021年5月14日)

宇都宮健児氏(2021年5月14日)

撮影:吉川慧

新型コロナ禍の収束が見通せないまま、東京オリンピックの開会式の日程(7月23日)が迫ってきた。

こうした中、元日弁連会長で東京都知事選にも出馬経験のある宇都宮健児氏は5月6日、オンライン署名サイト「change.org」でオリンピックの開催中止を求める署名を立ち上げた。署名は5月14日現在、35万筆を突破した。

宇都宮氏は5月14日午前、東京都庁で小池百合子都知事に宛てた署名報告書(35万267筆[5月14日午前3時現在])と東京オリンピック開催中止の要望書を提出。開催都市の長として、IOC(国際オリンピック委員会)とIPC(国際パラリンピック委員会)に対し開催中止を申し入れるよう要望した。

宇都宮健児氏が提出した要望書。

宇都宮健児氏が提出した要望書。

撮影:吉川慧

宇都宮氏は同日午前11時15分から都庁内で記者会見を開いた。

宇都宮氏は「華やかなイベントより、人々の命を守るべき」とし、目下の新型コロナ禍を「大災害」と表現。都民の命と暮らしを守るために五輪中止を求める署名活動だと語った。

毎日新聞によると有識者の間では日本が五輪開催を返上した場合に、損害賠償を請求される可能性を指摘する声もある。

これについて宇都宮氏は「開催都市契約に違約金の条項はないようだ」とした上で、「(コロナ禍を理由に)日本側が中止を求めるのであればIOCも応じざる得なくなるのでは」「(IOCが)賠償金を請求するようなことになれば、世界中から袋叩きになってIOCは崩壊するのでは」と持論を述べた。

オリンピック・パラリンピックへの出場が内定しているアスリートについて問われると「選手の気持ちを考えると大変切な思いがある」「選手はある意味で犠牲者だ」「決断を先延ばしにして一番苦しんでいるのは内定選手だと思う」と語った。

また、SNS上などでアスリートに対して大会中止や出場辞退を求める矛先が向かったことについて、「あくまで中止は国や東京都、組織委員会に求めるべきだ」と苦言を呈した。

会見後、宇都宮氏はBusiness Insider Japanの取材に対し「今回のコロナ禍は、1940年に日中戦争で東京がオリンピックを返上したときと同じような非常事態だと考えるべきだ。こうした非常事態に、東京都と政府、組織委員会が中止を申し出て、IOCがNOと言えるだろうか」と話した。

オンライン署名で寄せられた声のまとめ。「オリンピック中止こそ最大のコロナ対策」「国民の生活よりも五輪優先の考え方が異常」などの声が並ぶ。

オンライン署名で寄せられた声のまとめ。「オリンピック中止こそ最大のコロナ対策」「国民の生活よりも五輪優先の考え方が異常」などの声が並ぶ。

撮影:吉川慧

一年前に掲げた「“完全な形”での五輪」は不可能に。

2020年3月、IOCのバッハ会長との電話会談について会見する安倍晋三首相(当時)

2020年3月、IOCのバッハ会長との電話会談について会見する安倍晋三首相(当時)

REUTERS

2020年3月、東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった際、当時の安倍晋三首相は「完全な形」で開催するためIOCと緊密に連携すると表明した。それは「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証」としたいから、と。

あれから一年、状況はどうか。すでに海外からの観客やボランティアの受け入れ断念が決まり、「ポストコロナ」の経済復活の頼みの綱だったインバウンド需要は消えた。

大会組織委員会の橋本聖子会長は4月28日、「状況が許せば多くの観客に見ていただきたい」としつつ「無観客」に初めて言及した。組織委員会が900億円と見込んだチケット収入の減収は避けられないだろう。

4月25日には3度目となる緊急事態宣言が五輪開催地の東京に加え大阪・兵庫・京都に発出された。

当初は2週間限定(5月11日まで)の「短期集中」の予定だったが、結局5月31日まで延長されることに。5月12日からは愛知・福岡が加わり、16日には北海道・岡山・広島にも宣言を出す方針だ。

北海道札幌市では、8月に東京五輪のマラソン競技が予定されている。ところが、ここにきて感染者が急増。鈴木知事は5月13日、札幌限定での緊急事態宣言の発出を要請する考えを示していた。

「まん延防止等重点措置」も埼玉・千葉・神奈川・岐阜・三重・愛媛・沖縄に加え、群馬・石川・熊本も16日から対象になる見通しだ。

こうした中で、5月17日にIOCのトーマス・バッハ会長が来日する予定だったが、緊急事態宣言の延長で「バッハ来日」も延期となった。事前合宿を中止する海外選手団もすでに出ている

もはや、一年前に掲げた「完全な形」での五輪開催は不可能となった。いまや五輪の開催そのものが危ぶまれる局面だ。

IOC会長「開催、疑いない」→NHK世論調査「中止すべき」49%

IOCのトーマス・バッハ会長。

IOCのトーマス・バッハ会長。

REUTERS/DENIS BALIBOUSE

いまのところ、主催者のIOCは東京五輪の開催は疑いの余地がないと強気の姿勢だ。

トーマス・バッハ会長は3月、「現時点で東京五輪の開会式が7月23日に行われることを疑う理由はない。問題は五輪が開催されるかではなく、どう開催するかだ」と発言している。

ただ、日本国内で東京五輪への逆風は強い。NHKの世論調査(5月10日)では「東京オリンピック・パラリンピックの観客をどうすべきか」という質問に対して、「中止すべき」と答えた人が最多の49%だった。読売新聞が5月7〜9日に実施した世論調査でも59%が「中止」を求めた。

竹田恒泰氏が宇都宮氏へのカウンターとして、「change.org」で立ち上げたオリンピック開催支持の署名は5月14日午後10時50分現在で6万6000筆にとどまっている。

海外メディアからもIOC批判の声が挙がる。ワシントン・ポストは5月5日付けのコラムでバッハ会長を「ぼったくり男爵」と揶揄。開催国を食い物にしており、日本政府は五輪を中止すべきだと述べている。

ニューヨーク・タイムズも5月11日付けで東京五輪中止を訴える米・パシフィック大学のジュールズ・ボイコフ教授のコラムを掲載。「科学に耳を傾け、危うい茶番劇をやめる時だ」と主張した。

IOCのマーク・アダムス広報担当責任者は5月12日のオンライン会見の中で、東京五輪が開催できるかどうかの判断基準について明言を避けた。

ただ、これまでに実施された個別競技のテスト大会をみて開催可能だと考えていると述べた。

菅首相「7月末までに高齢者のワクチン接種終わる」→秋田県知事「終われるはずがない」

緊急事態宣言の延長について記者会見する菅首相(5月7日)

緊急事態宣言の延長について記者会見する菅首相(5月7日)

REUTERS

頼みの綱であるワクチンだが、首相官邸の情報によると5月12日までに医療従事者・高齢者に接種したワクチンの回数は合計でおよそ530万回(※自治体から遅れて報告が上がってくることもあるため、その段階での正確な接種回数は多少変わることに注意)。

うち医療従事者向け接種は約470万回、高齢者向け接種は約60万回だ。少なくとも1回以上接種した人の割合は、約385万人と日本の人口(約1億2600万人)の約3%となっている。

GW前後から医療従事者向けの接種が安定して増え、GW明けからは高齢者向けのワクチンの供給も増加。直近では1日あたり30万回近くワクチンを接種できている日もあるため、確実にペースは上がっているといえる。

ただし、菅首相が表明した「1日100万回」のワクチン接種が実現できたとしても、高齢者約3500万人全員に最低1度でもワクチンを接種するには1カ月以上はかかる。

5月12日夜、菅首相は「全国の市町村の85%となる1490の自治体で、7月末までに高齢者の接種が終わるとの報告を受けました」と明言した。

だが、この中に人口密集地の都市部や政令指定都市などは含まれるのか、明らかにはなっていない。医師が不足する地方の首長からは困惑の声も上がっている。

「(国から)『何でも良いから7月に終われ』と言われても、終われるはずがない」(秋田県・佐竹敬久知事)

進まないワクチン接種に、政府には焦りの色が見える。毎日新聞によると、政府は自民党内の各派閥の所属議員に、高齢者向けワクチン接種に取り組む市町村や医師会の状況を調査するよう依頼した。

政府が「自民党派閥の情報収集力を頼るのは異例」と伝えているが、自民党議員の中には無派閥の議員も一定数いるため全国を網羅できるわけではない。どこまで実効性があるのか疑問だ。

ワクチンの供給が加速するこれからの数週間で、どの程度ワクチンの接種が進むのか、注目される。

どうなる?五輪の医療体制 首都圏の知事、専用病床はNO

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長。

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長。

REUTERS

各地では医療体制の逼迫も続いている。NHKによると、茨城県の大井川知事は5月12日の会見で「オリンピック選手専用の新型コロナウイルスの病床を用意してほしいという打診があった」と述べた。

一方で、大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は「あらかじめ専用の病床を空けて欲しいとお願いしているわけではない」と、組織委として専用病床を要求した事実はないとしている

FNNによると東京都以外で競技開催を予定している8つの自治体のうち5月13日時点では専用病床の確保の意向を示している自治体はない。

これまでに神奈川県や茨城県、千葉県、そして埼玉県などは知事が会見でNOを表明している。

「選手とか関係者用に特別に病院のここをコロナ専用にしてくれと言われても、『はい、分かりました』と対応できる状況ではない」(神奈川・黒岩祐治知事


「我々としては県民と五輪選手を分け隔てする必要性も感じていませんので、それについてはお断りしています」(茨城・大井川和彦知事


「少なくとも千葉県が五輪関係者のために、県民が使えない形で貴重な県内のコロナ用の病床を確保したり占有することは、我々としては考えていない」(千葉・熊谷俊人知事


「感染症法に基づいて、県民の皆さんと同じ判断基準で対応させていただく」(埼玉・大野元裕知事

大会組織委員会はスポーツドクター200人、看護師500人のボランティアを募集。SNS上では批判もあったが、読売新聞などによるとスポーツドクターは約280人の応募があったと伝えている。

一方で、こんな事例もある。朝日新聞によると、茨城県立カシマサッカースタジアム(鹿嶋市)で選手らのケアをする予定だった看護師らの7割が辞退していた。

大会を支えるボランティアがワクチンを優先接種できるかは現時点で不明だ。

「ステージ3、ステージ4でオリンピックをやるか?」→菅首相、質問に答えず

菅首相(5月10日、衆院予算委員会)

菅首相(5月10日、衆院予算委員会)

衆議院インターネット中継

それでも、菅首相は五輪開催に強気だ。

時事通信によると5月13日、菅首相は前千葉県知事の森田健作と首相官邸で昼食しながら面会。森田氏は菅首相との面会後、記者団に「首相に『やるでしょ』と聞いたら、『やるよ』と言っていた。その気だと思う」と説明した。

だが、菅首相は国民への説明の場である国会で、オリンピックの開催条件の是非を問う質問に正面から答えていない。

5月10日の衆院予算委員会での一幕だ。立憲民主の山井和則氏が「感染急増のステージ3、感染爆発のステージ4でオリンピックはやるのか」と3回質問した。

これに対し、菅首相は「開催にあたって選手・大会関係者の感染対策をしっかり講じ、安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく。これが開催にあたっての私の基本的な考え」と述べたが、質問には答えなかった。

さらに山井氏が「感染爆発してても菅総理はオリンピックをされるというお気持ちか」と問い質すと、菅首相は「そんなことはまったく申し上げておりません」と述べつつも、「開催にあたって選手・大会関係者の感染対策をしっかり講じ…」と直前の答弁と同じ内容を繰り返し、質問に答えなかった。

開催の権限について菅首相は「IOCが権限を持っている」という姿勢だ。

だが、こうした菅首相の姿勢について、ジャーナリストの江川紹子氏は4月23日の記者会見の質疑の中で「総理は、オリンピックについてはIOCが権限を持っているとおっしゃいました。しかし、IOCは日本国民の命や健康に責任を持っているものではありません」と指摘した。

小池知事の「ベストシナリオ」はすでに崩れている。

東京都の小池百合子知事。

東京都の小池百合子知事。

撮影:吉川慧

小池知事も、記者会見で何度も五輪開催の是非や中止を想定しているのかという質問を受けているが、「安心・安全な大会」に向けて準備を進めると述べる一方、具体的な内容には答えていない。

小池知事は2020年11月の外国特派員協会での記者会見東京オリンピックで想定される「ワーストシナリオ(最悪のシナリオ)とベストシナリオ(最高のシナリオ)は?」と問われている。

この時の小池知事は、ベストシナリオについて「各国の選手の方々が安心して来られて、安心・安全な大会をフルの観客のもとでおこなうこと」と回答。選手村に医療施設を設置するなど検討中の対応策を説明した。ところが「最悪のシナリオ」については言及しなかった。

「ベストシナリオ」が崩れた今、小池知事も現時点で具体的にどんなシナリオを想定しているのか説明すべきだ。

国民民主党は5月13日に「客観的検証を行い、オリンピック・パラリンピックの再延期を求める」との党声明を発表した。

政府分科会の尾身茂会長も「開催するかどうか、議論を始めるべき時期に来ている」4月28日・衆院厚生労働委員会)と述べている。

東京オリンピックの開会式まで、今日で残り70日。指導者たちは、どのシナリオを選ぶのか。もはや猶予はない。


【UPDATE(2021/05/14 14:30)】小池知事、宇都宮氏の署名・要望書提出は「報道で承知している」

小池知事は14日午後の定例会見で、宇都宮氏の五輪中止署名と要望書提出について「報道で承知している」と述べた。

その上で小池知事は「世界的パンデミックではあるが、東京2020大会を安全・安心に開会することは重要。引き続きIOC、国、組織委員会など関係者と連携し、着実に準備を進める」 とし、「東京都にはいくつもの局がある。オリパラ準備局はテスト大会やプレイブックなどをまとめ、IOCと準備をしている。福祉保健局は日々のコロナ対策の施策を進めている。都は両方を全庁あげて進めていくのは都としての役割。そこに尽きる」と述べた。

【UPDATE】専用病床の要求をめぐる組織委員会の見解を追記しました(2021/05/17 07:20)

(文・吉川慧

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