シマオ:今週も始まりました「佐藤優のお悩み哲学相談」、今回のご相談は「育児と女性のキャリア」についてです。早速、いただいた相談を見ていきましょう。
3歳の子どもがいる母です。現在、第二子を妊娠中です。不妊治療のために仕事を辞め、既に社会的ブランクが6年あります。 子どもの教育に関して、できうる限り尽力したい思いが強く、実際にさまざまな取り組みをしております 。東大生の母親の多くが専業主婦であるというデータにもある様に、母親の関与がダイレクトに子どもの知的水準へ及ぼす影響は真理であると実感しております。
その一方で自分自身の日々失われゆくキャリアの亡霊を意識しない日はありません。 子どもへ捧げる熱意と、厳しくも高揚すら伴う社会的価値の創造への枯渇。このアンビバレンスな感情を手懐けるには、どの様な行動をすれば良いでしょうか。
(30代後半、タラ、女性)
高学歴な親ほど陥りがちな罠
シマオ:タラさん、ありがとうございます。出産と育児のために仕事を辞めざるを得なかった……しかし、キャリアにも未練があるということですね。仕事には戻りたいけど、子どもの教育のことを考えたら……。佐藤さん、いかがでしょうか?
佐藤さん:結論から言えば「アウトソーシング」することをお勧めします。タラさんは現在は育児に専念されているとはいえ、以前は「厳しくも高揚すら伴う社会的価値」を生み出すようなお仕事をされていたとのこと。であれば、ご本人が社会に復帰すれば、パートナーの方の収入と合わせてそれなりの生活水準が実現できると推察します。教育への関心の高さから見ても、比較的都市部にお住まいの方とお見受けしました。その前提でお答えしていきます。
シマオ:アウトソーシングというのは、要するに外部に委託するということですね。
佐藤さん:そうです。そもそも、家庭の仕事を男女でどう分担するかという問題はありますが、なぜタラさんが仕事を辞めざるを得ないかといえば、出産時は別として、家事の負担と子どもの教育・育児、大きくこの2つの理由があるはずです。ならば、この2つをそれぞれアウトソーシングしてしまうのです。
シマオ:ちなみに、どういったところに頼めばいいんでしょう?
佐藤さん:まず、家事についてはその名の通り家事代行サービスがあります。自宅に赤の他人を入れることに抵抗がある人も多いでしょうが、ちゃんとした業者に頼めば心配は少ないでしょう。
シマオ:最近は、『逃げるは恥だが役に立つ』で主人公のみくりさんが家事を請け負っていたり、『私の家政夫ナギサさん』なんてドラマもあったりしましたね。結構身近になってきているのかもしれません。
佐藤さん:子どもの教育にはいろいろな側面がありますが、いわゆる「知識」をつける部分については、個人指導塾などにアウトソーシングするのがいいでしょう。そういう塾では、一人ひとりの子どもの能力や親の要望を踏まえて、オーダーメイドのプログラムを組んでくれます。幼児のうちから、教育はプロに任せるべきだというのが、私の考えです。
シマオ:え、幼児から塾通いさせるんですか⁉
佐藤さん:棋士の藤井聡太さんが受けていたことでも話題になった「モンテッソーリ教育」は、0歳から受けることができます。そもそも、お母さんやお父さんが勉強を見られるのは、小学校低学年くらいまでが限界でしょう。
シマオ:そうですか? 僕でも小学生くらいなら教えられると思うけどな……。
佐藤さん:学習指導要領はシマオ君が小さかったころから大分変わっているんですよ。内容が変われば教え方や教材の選び方も大きく変わります。ましてや、自分が少し勉強ができたからといって、教えることができると思ったら大間違いです。実は、学歴のある親ほど、自分が教えられると思って失敗することも多いんですよ。
「完璧」を目指さなくていい
イラスト:iziz
シマオ:なるほど……。でも、そういった家庭の諸々をアウトソースするということに抵抗がある人も、まだ多いんじゃないでしょうか。親の両親、つまり祖父母世代からは怒られたりしそうです。
佐藤さん:それは、親の世代とは社会が変わったと理解してもらうしかありません。例えば、それこそ両親に介護が必要になったら、シマオ君はどうしますか?
シマオ:働きながら介護は厳しいでしょうから、施設とかヘルパーの方にお願いするしかありませんよね。
佐藤さん:家事や育児もそれと同じです。自分の手が回らない部分はアウトソーシングする。プロに任せたほうが間違いなく、効率も良いです。
シマオ:つまり、そうやってアウトソーシングをうまく行って、タラさんは仕事に復帰すべきだということでしょうか?
佐藤さん:はい。「キャリアの亡霊」とおっしゃっているように、タラさんには仕事を通じた自己実現したいという欲求があるはずです。それを無理に押し殺して、これからの人生を送ることは長い目で見た時に、さらにストレスが溜まることにつながるでしょう。
シマオ:確かに。社会で自らのお力を存分に発揮してもらって、家事で手の回らない部分は他の人にお願いするほうがいいですね。
佐藤さん:社会に出た女性は、働きながら家事や育児もこなして、「完璧な職業人、完璧な母、完璧な妻」でいることを目指そうとしてしまいがちです。でも、そんな必要はないんです。そんな完璧な人間には、男女を問わず誰もなれません。
シマオ:佐藤さんにそう言ってもらえると、タラさんも安心するのではないでしょうか。結局、夫婦で補いながら、それでも足りない部分は外に頼むということですね。
佐藤さん:はい。勉強や保育園の送り迎えを他人に頼むことは、親の愛情がないということにはなりません。できる範囲で子どもへの愛情を精一杯示してあげればいいと思います。
家計的にはプラマイゼロでも結局プラス
シマオ:ただ、問題はお金ですよね……。アウトソーシングって結構、お高いんじゃないでしょうか?
佐藤さん:やはり、それなりの質を担保するためには、ある程度の費用はかかります。例えば、個人指導塾に週2回で月7万円程度、あるいはベビーシッターには1時間3000円程度といったところでしょうか。
シマオ:僕みたいな給料じゃ厳しいなあ……。
佐藤さん:実際、私の知り合いの高度専門職の女性は、収入のほとんどがそうしたアウトソーシング費用に消えていくと言っていました。ただ、そうした業者も暴利を貪っている訳ではありません。家に入ってもらったり、子どもをちゃんと見てもらったりするには、水準より高いサービスが要求されるもの。ただ、都市部に住んで高度専門職についている人たちにとってはリーズナブルと言える範囲だと思います。
シマオ:でも、働いて得た給料がアウトソーシングに消えていくなら、働かないで自分でやったほうがいいんじゃないですか?
佐藤さん:もちろん、アウトソーシングの度合いはそれぞれの家庭の収入に見合った範囲でやればいいと思います。子育てが好きなのであれば、自分でやるに越したことはありません。ただ、そうしたアウトソーシング費用は別の側面から見ることもできます。
シマオ:と言いますと?
佐藤さん:出産・育児というライフイベントが起こるのは、人にもよりますが30代くらいが多いでしょう。その時期は、会社で中間管理職につく時期と重なります。当たり前ですが、部長になるためには課長という中間管理職を経験していなければなりません。その中間管理職を経験せずに長期のブランクを挟んでしまうと、キャリアアップの可能性を狭めてしまうのが現状です。だから、その時期のブランクはできるだけ避けたい。
シマオ:そうか! 仮にアウトソーシングにかかる費用で家計がプラスマイナスゼロになっても、キャリアを断念する必要はなくなるとプラスに捉えればいいということですね。
佐藤さん:そういうことです。逆に一度中間管理職を経験してしまえば、少しくらい仕事を離れた時期があっても、戻りやすいと思います。
「東大生は専業主婦の家庭が多い」は本当か
シマオ:ところで、タラさんは東大に行く子の母親は専業主婦が多いとおっしゃっていますが、そうなのでしょうか?
佐藤さん:これは、いわゆる「疑似相関関係」なのではないでしょうか。
シマオ:ギジソウカン?
佐藤さん:例えば、「アイスクリームの消費量が増えると、溺死者が増える」というのは正しいと思いますか?
シマオ:いや、あまり関係がないように思えますが……。
佐藤さん:これは、ある意味正しいんです。確かに、データとしてはアイスクリームの消費が増えた時に、溺死者が増えている。でも、シマオ君が違和感を覚えたように、そこに因果関係はありません。夏場のように気温が高くなれば、アイスクリームの消費量も増えるでしょうし、海に行く人も増えるので溺死者も増える。つまり、本当の原因は別にあって2つの事柄に因果関係はないのに、あるかのように見えてしまうことを疑似相関関係と言います。
シマオ:なるほど、専業主婦と子どもの東大進学率も因果関係はないということか。
佐藤さん:最近よく言われるように、東大生の家庭は裕福であることが多いです。それ自体の問題はさておいて、富裕層の家庭では母親が専業主婦であることが多い、というのは事実でしょう。だからといって、専業主婦の家庭の子どもならば東大進学率が高いということではありません。
シマオ:その点でタラさんは心配しなくてもいいんですね。
佐藤さん:はい。タラさんは3歳のお子さんがいらっしゃるということですが、幼児期の教育が重要だという認識は間違っていません。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンは、5歳までの教育が大きな影響力を持つと言っています。
シマオ:ちなみに、5歳までに何を身につければ?
佐藤さん:それは学力やIQではなく、「非認知能力」と呼ばれるもの、具体的には「やり抜く力」や「自制心」といったものです。このあたりのことについて詳しく知りたいようでしたら、中室牧子さんの『「学力」の経済学』をお読みなるとよいと思います。
シマオ:というわけで、タラさん、参考になりましたでしょうか。可能な範囲でアウトソーシングをして、ご自身のキャリアも再開できるとよいですね。無理は禁物ですので、パートナーの方とも相談してみてくださいね。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は6月2日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)