制作:Business Insider Japan
2020年1月5日、投資家としても知られる出前アプリ大手「美団」の王興CEOは、
「中国の自動車業界は3+3+3+3に絞られ、その中から6社ほどに絞られる」
とSNSに投稿した。「3+3+3+3」は中央国有企業3社、地方国有企業3社、民族系(民営)メーカー3社、2014~2015年に設立された新興EV3社。王CEOはそれぞれ企業名も出したため、IT業界、投資業界、自動車業界をまたいだ論争に発展した。
EV大国へのひた走る中国。連載「インサイド・チャイナ」では4回にわたり、戦国時代を迎えた中国のEV業界を紐解いていくが、シリーズ第2回は王CEOが生き残ると予想した中国の自動車メーカー「3+3+3」を紹介し、協業の歴史と構図を解説する。
米欧日メーカー逆転の一手となるか
王CEOの「3+3+3+3」発言当時は新型コロナウイルスの存在が明らかになる前で、EV冬の時代でもあった。最後の「3」に入った新興EVメーカーは生存さえ危うい状況だったが、コロナ禍を脱した中国でテスラがEVブームに火をつけると、市場は息を吹き返し状況は一変した。
そして王CEOが言及した最初の「3+3+3」の自動車企業の多くは1980年代から2000年代にかけ、先進国の自動車メーカーを模倣したり手を組んで技術力を高めて来たものの、米欧日メーカーとの差を詰められず足踏みしている。
2020年から2021年にかけEV参入を発表したIT企業は基本的に、これら中国自動車メーカーと連携している(下チャート参照)。IT企業にとってはコストやリスク低減が目的だが、自動車メーカー側にとっては、米欧日メーカー優位の自動車産業でゲームチェンジを起こすための一手という意味を持つ。
中央企業(中国政府が保有)
中国建国70年パレードで中国産高級車「紅旗」から姿を見せた習近平主席。2015年撮影。
REUTERS/Andy Wong/Pool
中国第一汽車集団(吉林省長春市)
1953年に設立された中国最初の自動車メーカーで中国初の国産車「紅旗」を生産するなど、業界の象徴的存在。自動車産業底上げのため、早くからトヨタ自動車、フォルクスワーゲンの技術協力を受けた。トヨタと「一汽トヨタ」、マツダと「一汽マツダ」を設立し、カローラやクラウンを生産する。
東風汽車集団(湖北省武漢市)
第一汽車に続き1969年に設立された。
1992年にホンダ、2003年に日産自動車と合弁会社を設立。CR-Vやエクストレイルを生産する。日産との合弁によって技術力が急速に向上し飛躍のきっかけをつかんだ。2000年代は、トヨタが中国市場にそれほど力を入れていなかったこともあり、中国では日産が日系メーカーの中で人気ナンバー1だった。
重慶長安汽車集団(重慶市)
1862年に兵器工場として設立され、1950年代に自動車生産を始めた。1993年にスズキと合弁会社を設立し(2018年に合弁解消、スズキは中国撤退)、アルトなどを生産する。その後、マツダと合弁会社を設立した。
国有企業御三家ではあるが、政府が力を入れた時期が遅く、合弁企業の相手も限られているため、ハイエンドが弱み。
地方国有企業(地方政府が保有)
上海汽車集団(SAIC、上海市)
2020年の販売台数は560万台で15年連続国内首位。政府の要請に応じて中国進出したフォルクスワーゲンと1985年に合弁会社「上海大衆(VW)」を設立。現在に至るまでVWが中国で優位を保つ礎になる。その後、ゼネラルモーターズとも合弁会社(上海GM)を立ち上げた。
合弁企業で生産する車種が好調な一方、国有企業の中では早くから自動運転や環境車に力を入れており、2015年にはアリババグループとコネクテッドカーの開発に着手した。
参考記事:アリババ、ファーウェイも自動車参入。ガソリン車廃止、車持たない社会見据える中国
北京汽車集団(BAIC、北京市)
1958年に設立された名門企業。1984年にアメリカン・モーターズと合弁会社「北京ジープ」を設立した。韓国の現代自動車、独ダイムラーベンツともそれぞれ合弁会社を設立し、メルセデスベンツを現地生産する。
バイドゥやシャオミなどIT企業との協業にも積極的で、自動運転やAIにも投資している。
広州汽車集団(広州市)
1997年に前身企業が設立され、1998年に今の形になる。歴史は浅いが地の利を生かして多くの外資企業と合弁会社を設立し、成長した。
1998年にホンダと合弁会社を設立したのを皮切りに、2004年にトヨタ、2007年に日野自動車、その後も三菱自動車と合弁会社を立ち上げ、日本企業との関係が非常に強い。2019年には日本電産と車載モーターを開発する合弁会社を設立した。
参考記事:ファーウェイ、スマホブランドと“離婚”し冬ごもり。次世代自動車で再起期す
民族系メーカー
BYDの新車発表会に参加したウォーレン・バフェット氏(左)とビル・ゲイツ氏。2010年撮影。
REUTERS/Jason Lee
浙江吉利控股集団(香港、創業は浙江省)
起業家で家電メーカーやオートバイメーカーを経営していた李書福氏が1997年に設立。1998年に民営企業として初めて自動車を発売する。
当初は2~3万元(50万円以下)の格安自動車を生産していたが、金融危機後の2010年に米フォードからボルボ(スウェーデン)を買収したころからハイエンドを模索し始める。技術・ブランド力に劣る中国メーカーが、世界的な高級自動車メーカーを呑み込んだことで、中国パワーの台頭を象徴する事例となった。2005年にはレノボがIBMのPC事業を買収しており、この時期にブランドや知名度を上げるためのM&Aが目立つようになる。
ただし、2010年代に入ると民族系メーカー全般が伸び悩み、吉利もシェアを落としている。EVシフトも思ったようには進んでいない。
参考記事:BATの落ちこぼれバイドゥと習近平氏銘柄の吉利集団がタッグ。自動車で巻き返し狙う
参考記事:「自動車業界のアンドロイド」目指す鴻海。「アップルカー」視野にBYTONと吉利汽車提携か
比亜迪(BYD、深セン市)
王伝福氏が1995年に設立。携帯電話用電池メーカーとして創業し、車載電池でも世界シェア上位に位置する。
自動車分野には2003年に参入し、技術力のなさから格安自動車を販売。中国自動車市場の爆発的な成長を追い風にシェアを伸ばした。その後、技術や品質を重視する姿勢に転換すると共に、祖業を生かして早くからEVに取り組んだ。2008年には著名投資家ウォーレン・バフェット氏の投資先となり、世界的な注目を集めた。
新エネルギー車の国内シェアは首位だが、ガソリン車の生産が少ないため、乗用車全体ではシェアが低い。
2020年のコロナ禍ではマスク生産に参入し、世界一のマスクメーカーになった。
参考記事:バフェットと孫正義が愛する中国BYDが世界最大のマスクメーカーになった裏事情
長城汽車(河北省保定市)
1984年設立。元々は自動車修理工場で、赤字が膨らんでいた1990年、当時26歳の魏建軍氏が社長を任され経営を立て直した。自動車メーカーに参入を試みるも政府の許可が降りず、規制が緩く参入しやすい小型トラック、SUVを生産するようになる。
特に2002年に生産を開始したSUVは、市場の空白を突いて大ヒットした。中国はSUV人気が非常に高く、長城汽車はSUV分野で首位をキープしている。
後に乗用車製造の資格を得て製造を始めるが、ノウハウがないため模倣に頼ることとなり、日産のトラック「フロンティア」、乗用車「ノート」のデザインを真似て紛争に発展した。現在はトラックとSUVに注力している。
大手の中では珍しく外国企業と提携しておらず、海外ではあまり知られていない。2016年に横浜市に研究開発拠点を設置し、翌2017年にプレミアムSUVブランド「魏(wei)」を発売した。こちらは日本のカーウォッチャーにも注目されている。
協業の図を見ると、特に民営企業と地方国有企業がIT企業との提携に積極的なことが分かる。歴史が浅く海外有名ブランドの車種も持たない民営メーカーにとって、若者に人気が高く、「ハイテク」のイメージが強いIT企業が、EVシフトに短期間で対応し、先進国メーカーに対抗するための心強いパートナーだということが分かるだろう。
次回は「3+3+3+3」のうち最後の3社であり、IT企業のEV進出に先鞭をつけた蔚来汽車(NIO)、理想汽車、小鵬汽車を紹介する。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。