東京オリンピック「やるなら医療への負荷」考えてと尾身氏がクギ。菅首相は会見冒頭で触れず

記者会見する菅首相と政府分科会の尾身会長(2021年5月14日)

記者会見する菅首相と政府分科会の尾身会長(2021年5月14日)

REUTERS

新型コロナの感染拡大に伴い、政府は5月14日、緊急事態宣言を北海道・岡山・広島に拡大すると決定した。

この日、東京オリンピックの開会式まで残り70日を切ったが、関心の高まっている東京五輪の開催是非について菅首相は冒頭発言で言及しなかった。

差し迫ったタイミングでの緊急事態宣言の拡大。対象には、五輪のマラソン競技が予定される札幌市を擁する北海道も含まれている。

これまでに政府分科会の尾身茂会長は、感染状況や医療負荷を考慮して五輪開催を判断すべきと指摘している。

菅首相と同席した尾身氏は会見で「開催するとすれば、前の日に(開催判断を)やるわけではないですよね?」「(オリンピック前に感染リスクと医療負荷を)評価するのは、オリンピックを開催する人たちの責任だと思います」とクギを差した。

質問かわし、またも登場した「繰り返し」フレーズ

記者会見する菅首相(2021年5月14日)

記者会見する菅首相(2021年5月14日)

REUTERS

感染収束が見通せず、日本国内では東京五輪への逆風は強い。

NHKの世論調査(5月10日)では「東京オリンピック・パラリンピックの観客をどうすべきか」という質問に対して、「中止すべき」と答えた人が最多の49%だった。

読売新聞が5月7〜9日に実施した世論調査でも59%が「中止」を求めた。

会見では、報道陣からオリンピックの開催条件を専門家と相談し、基準を設けて開催是非を判断しないのかと問う質問があった。

ただ、菅首相はこの質問に正面から答えなかった。

以下、その部分の質疑応答だ。

——質問:政府分科会の尾身茂会長は今日の国会で「感染状況を踏まえて医療への負荷を考慮して決めるのが合理的。最悪のことも考慮するのが当たり前」と指摘した。国民の命を守るために、改めて専門家にはかり、具体的な基準を設けて科学的な根拠に基づく開催是非を判断するべきではないか。

菅首相:オリンピックについてはさまざまな声があることは承知しております。

そうした中で、まずは感染拡大を食い止めて、国民の命と健康を守る。このことが最優先であります。

いずれにせよ、選手や大会関係者の感染対策はしっかり講じて、安心をして参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく。これが開催にあたっての基本的な考え方であります。

東京大会の医療体制については、地域医療に支障を来さないように確保できるよう調整をしているところであります。

現在、組織委員会が協力をする医療機関の確保とともに、現在勤務されていない潜在看護師の方々や、日頃から連携しているスポーツドクターに協力要請をしている。このように私、承知しています。

また、ファイザーから各国選手へのワクチンの無償提供が実現し、更に選手や大会関係者と一般の国民が交わらないようにするなど、厳格な感染対策を検討しております。

こうした対策を徹底することによって、国民の命や健康を守り、安全・安心の大会を実現することは、可能と考えており、しっかり準備をしていきたい。このように思っております。

菅首相の答弁のうち「選手や大会関係者の感染対策はしっかり講じて、安心をして参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく。これが開催にあたっての基本的な考え方」という言葉。

これは、5月10日の衆院予算委員会で東京五輪の開催条件や開催是非を尋ねた野党の質問に対し、正面から答えず、繰り返し用いたフレーズ部分とほぼ同じだ。

朝日新聞によると菅首相は国会答弁でも「国民の命と健康を守っていく」というフレーズを、計17回繰り返した。

尾身氏、オリンピックの医療負荷判断「開催する人の責任」

政府分科会の尾身茂会長(2021年5月14日)

政府分科会の尾身茂会長(2021年5月14日)

首相官邸/YouTube

質疑応答では、ジャーナリストの江川紹子氏が「海外報道陣など来日する人々をどうやって行動監視するのか」と質問。

菅首相は、行動制限に反した場合は「強制的に退去を命じる」ことを含めて検討していると答えた。

また江川氏は、尾身氏が国会で「五輪の感染リスクと医療の負荷を前もって評価してほしい」と述べた理由について尋ねた。

尾身氏は、一般医療やワクチン接種への負荷や、来日する人の中にも一定数の体調不良者が現れる可能性を指摘。

その上で「開催するとすれば、前の日に(開催判断を)やるわけではないですよね?」「(オリンピック前に医療負荷を)評価するのは、オリンピックを開催する人たちの責任だと思います」とクギを差した。

以下、質疑応答の内容だ。

——質問:1)政府は選手を守ることは色々な工夫をしていると思うが、選手以外に遥かに多い最大9万人の外国人が来日する。前回の会見で仏ラジオ局の記者が海外報道陣を例示し、行動監視は物理的に可能なのか質問した。首相は選手以外の方は様々な制約があるとした述べなかった。たとえ自主隔離を求めても守ると限らない。五輪関係者、競技団体を含めて同じだ。どうやって9万人もの行動をチェックするか。ホテルに滞在し、一般人と接触する可能性もある。具体的に示してほしい。

2)尾身先生は国会で、五輪の感染リスクと医療の負荷を前もって評価してほしいと述べている。これについて政府はどう対応するのか。色々なケースを想定し、国民に根拠とともに示せるか。

3)尾身先生には先程の感染リスクと医療についての評価が必要な理由についても教えてほしい。

菅首相:まず私から申し上げます。前回の質問の際に、えぇ、マスコミの方が…たしか3万人ぐらい来られるというような話だったと思います。

いまそうした方の…入国者と言うんですかね。そうしたものを精査しまして、この間出た数字よりも遥かに少なくなると思いますし、そうした行動も制限をする。そしてそれに反することについては、強制的に退去を命じる。そうしたことを含めていま検討しております。

ですから、一般の国民と関係者が来られた人とか、違う導線で行動してもらえるようにしていますし。

ホテルも特定のホテルに……国として、指定をしておきたい。指定をして、そうした国民と接触する事のないようにと。そうしたことをしっかり対応している途中だという報告を受けています。

——評価については…

内閣広報官:自席からのご発言お控えください。

——答えていただいていないので。感染リスクと医療の負荷について評価してほしいと尾身先生からの言葉について、これを実行するつもりはあるのか。

菅首相:行動指針を決める際に、専門家の方から2人メンバーになっていただいて相談しながら決めさせていただきます。

尾身氏:いまのご質問は、なぜ医療への負荷の評価をしなくちゃいけないかということですが。

実はなぜこれだけ多くの人がオリンピックに関係なしに不安に思っているかと言うと、感染者が500いった600いったということよりも医療の負荷というものが…。

つまり、一般医療に支障がきて救急外来も断らなくちゃいけない。必要な手術も断らくなちゃいけない。しかも命に非常に直結するようなところまでという状況になっている。

さらに、医療の逼迫というのが重要なのは、これからまさにワクチン接種というところに医療の人が…。

さらに、色々な人がオリンピックであろうがなんであろうが多くの人がくればコロナにかかる、かからないに関わらず、一定程度の人がなにか具合が悪くなる。

いずれ私は関係者の方は、何らかの判断を遅かれ早かれされると思う。仮に開催するとすれば、前の日にやるわけではないですよね?

当然X週間、Xデー、Xマンス、時間的余裕を持ってやるわけで。その時の医療への負荷というのはその時わかりますよね。

医療がかなり良い状況、中ぐらい、色々分け方がある。その時の状況に応じて、仮にやるのであれば、そのX週間後にどのくらいの負荷がかかるか。状況が悪ければ、さらなる負荷となる。

そのことをある程度評価するのは、オリンピックを開催する人たちの責任だと思います。ということで申し上げました。

どうなる?五輪の医療体制 首都圏の知事、専用病床はNO

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長。

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長。

REUTERS

菅首相は「東京大会の医療体制については、地域医療に支障を来さないように確保できるよう調整をしているところであります」と述べたが、これにも懸念がある。

各地では医療体制の逼迫も続いている。NHKによると、茨城県の大井川知事は5月12日の会見で「オリンピック選手専用の新型コロナウイルスの病床を用意してほしいという打診があった」と述べた。

一方で、大会組織委員会の武藤敏郎事務総長は「あらかじめ専用の病床を空けて欲しいとお願いしているわけではない」と、組織委として専用病床を要求した事実はないとしている

FNNによると、東京都以外で競技開催を予定している8つの自治体のうち5月13日時点では専用病床の確保の意向を示している自治体はない。

「選手とか関係者用に特別に病院のここをコロナ専用にしてくれと言われても、『はい、分かりました』と対応できる状況ではない」神奈川・黒岩祐治知事

「我々としては県民と五輪選手を分け隔てする必要性も感じていませんので、それについてはお断りしています」茨城・大井川和彦知事

「少なくとも千葉県が五輪関係者のために、県民が使えない形で貴重な県内のコロナ用の病床を確保したり占有することは、我々としては考えていない」千葉・熊谷俊人知事

「感染症法に基づいて、県民の皆さんと同じ判断基準で対応させていただく」埼玉・大野元裕知事

医療ボランティアは…

大会組織委員会はスポーツドクター200人、看護師500人のボランティアも募集している。

これについてはSNS上で批判もあったが、読売新聞などによるとスポーツドクターは約280人の応募があったと伝えている。

一方で、こんな事例もある。朝日新聞によると、茨城県立カシマサッカースタジアム(鹿嶋市)で選手らのケアをする予定だった看護師らの7割が辞退していた。

ボランティアの感染防止策も心もとない。菅首相は会見の中で「ファイザーから各国選手へのワクチンの無償提供が実現」と述べた。

ただ、大会を支えるボランティアのワクチンが確保できるかは触れていない。ボランティアが優先接種できるかは現時点で不明だ。

急転直下の「緊急事態宣言」拡大、専門家の危機感が背景に

今回の緊急事態宣言は急転直下で決まった。これは政府が政府分科会にはかった当初の諮問案を取り下げ、再諮問に追い込まれた結果だった。

政府が5月14日の政府分科会で最初に示した案は、岡山・広島は緊急事態宣言に準じる「まん延防止等重点措置(以下、まん延防止措置)」に、北海道はそれまでの「重点措置」に据え置く方針だった。

この政府案に分科会は「待った」をかけた。前日夜の時点で、政府は感染拡大が著しい北海道など宣言を打たない方針だったが、これに危機感を抱いたのが分科会の専門家たちだった。

5月13日、北海道内では712人の感染が確認され、1日の感染確認数で最多に。このうち札幌市が499人を占めた。鈴木直道知事も、政府に対して札幌限定での緊急事態宣言を要請する方針を表明していた。

「専門家の意見は、北海道、岡山、広島は非常に厳しい。だから今(緊急事態宣言を)打たないと、という認識だった」舘田一博・東邦大教授/朝日新聞デジタル

分科会の了承を得られなかった政府は方針を転換。北海道を加えた3道県にも緊急事態宣言を出す案に切り替えて再諮問し、了承された。まん延防止措置も、群馬・石川・熊本が加えられた。

政府が諮問案を取り下げのは初めてのことだった。

3度目となる緊急事態宣言が4月25日から東京・大阪・兵庫・京都に発出された時、当初は2週間限定(5月11日まで)の「短期集中」の予定だった。ところが変異株の拡大もあり、宣言は5月31日まで延長された。

さらに5月12日からは愛知・福岡が加わり、今回16日からは北海道・岡山・広島も対象に。

政府の「当初」の目論見は立て続けにはずれ、宣言の拡大が続いている。

気になるワクチンの接種状況は?

記者会見する菅首相(2021年5月14日)

記者会見する菅首相(2021年5月14日)

REUTERS

頼みの綱であるワクチンだが、首相官邸によると5月12日までに医療従事者・高齢者に接種したワクチンの回数は合計でおよそ530万回だ(※自治体から遅れて報告が上がってくることもあるため、その段階での正確な接種回数は多少変わることに注意)。

うち医療従事者向け接種は約470万回、高齢者向け接種は約60万回だ。少なくとも1回以上接種した人の割合は、約385万人と日本の人口(約1億2600万人)の約3%となっている。

GW前後から医療従事者向けの接種が安定して増え、GW明けからは高齢者向けのワクチンの供給も増加。直近では1日あたり30万回近くワクチンを接種できている日もあるため、確実にペースは上がっているといえる。

ただし、菅首相が表明した「1日100万回」のワクチン接種が実現できたとしても、高齢者約3500万人全員に最低1度でもワクチンを接種するには1カ月以上はかかる。

尾身会長は、14日の会見で「全国的なレベルでは実行再生算数は1前後。今の所、全国的なまん延という状況ではない」との見解を示した。

ただ、現時点で開催地である東京で感染を抑え込めていない中、70日後にオリンピックのようなイベントを開けるのか。「安心・安全」を繰り返す菅首相や政府の姿勢には懐疑の念が募る。

【UPDATE】専用病床の要求をめぐる組織委員会の見解を追記しました(2021/05/17 07:20)

(文・吉川慧)

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