5月になり携帯事業をもつ4社の決算がそろった。
出典:NTTドコモ/ソフトバンク/KDDI/楽天
5月の大型連休が明けて、通信各社の決算説明会が相次いで開かれた。
各社とも、菅政権による「値下げ要請」により、2020年末からオンライン専用プランの投入や大容量プランの値下げなどで、今後、通信料金収入が一時的に落ち込むと予想されている。
例えば、ソフトバンクは2021年度、携帯料金の値下げ影響として700億円程度の減収を見込む。
NTTドコモはahamoなどの値下げによるマイナス影響は具体的には明らかにしていないが、通信事業の営業利益は111億円の減収を予想している。
KDDIの髙橋誠社長は「ARPU※を計算すると4400円で、マルチブランド展開により4200円に下がりそうだ。ざっと計算すると600〜700億円の顧客還元(筆者注:つまり収入減)になるだろう」と語る。
※ARPUとは:
ARPUはAverage Revenue Per Userの略で、KDDIの場合は1通話可能な番号あたりの売上高を示す。
各社とも数百億円規模の減収となるが、今後は契約者を増やし、さらにケータイからスマホ、4Gから5Gへの移行を促進することで通信収入の回復を目指す。
オンライン専用プランは20GBという設定がメインだが、5Gスマホが普及すれば、数年で多くのユーザーが20GBでは足りなくなるという予想もある。オンライン専用プランから使い放題プランに移行を促すことで、一時的に落ちた通信料収入を取り返すのは時間の問題だ。
各社とも、通信量「以外」のビジネス成長を狙い、ユーザー基盤の広さを生かした事業を広げている。しかし、その強みと課題はそれぞれに違うのが現状だ。
筆者の論調をもとに編集部作成
ソフトバンクは「PayPay」「LINE」で攻勢
ソフトバンク社長の宮川潤一氏。
出典:ソフトバンク
そんななか、各社が注力しているのが顧客基盤を生かした事業だ。
ソフトバンクは、通信のソフトバンクに3800万人、ヤフーが8000万人、決済サービスであるPayPayに3900万人、LINEには国内8800万人のユーザーを抱える。彼らに対する広告ビジネスや、ネットショッピングやリアルで買い物をしてもらうことは、ソフトバンクにとって大きなビジネスチャンスになる。
PayPayはこれまで無料であった、加盟店への決済手数料を10月以降にも有料化する可能性がある。有料化されることで加盟店の“PayPay離れ”が発生することも予想されるが、すでにユーザーにはPayPay払いが定着しつつある。
PayPayを単なる“現金の代わり”にはしないソフトバンク陣営。
撮影:小林優多郎
また、単にPayPayを「現金払いの置き換え」として見るのは、本質を見誤ることになる。QRコード決済は、単に現金の置き換えだけでなく、スマホアプリを通して、顧客と店舗をつなぐ役割を果たしている。
ポイントカードや会員証の置き換えとして、店舗がユーザーに継続的にリーチできるツールとして機能するからだ。
仮にPayPayの手数料が有料化されても、こうした顧客接点としての価値を提供することができれば、店舗側としても、手数料を支払ってでもPayPayを継続利用したくなるはずなのだ。
もちろん、PayPayとしてもユーザーに継続的に使ってもらう努力は必要だ。そのため、支払いだけでなく、銀行やカード、投資、保険、公共料金支払いなど金融エコシステムを構築した「スーパーアプリ化」を突き進むことになるのだろう。
最後発の楽天は「金融」「EC」に強み。課題は設備投資
楽天の会長兼社長の三木谷浩史氏。
出典:楽天
金融やeコマースにおいて、既存3社をはるかにリードしているのが楽天グループだ。
2021年度第1四半期の業績を見ても、国内ECやカード、銀行、証券などは増収増益を達成している。
こうしたビジネスは楽天モバイルとの相性が良い。実際、楽天モバイルを新規契約したユーザーのうち、3人に1人は楽天市場、6人に1人は楽天ペイ、7人に1人は楽天カード、10人に1人は楽天銀行を、モバイル契約後、半年から1年以内に利用するという。
楽天モバイルを始めたことで、他の楽天サービスへのクロスユースが加速しているのだ。一方、楽天グループにとって重荷となっているのが、楽天モバイルの設備投資だ。
楽天の2021年度第1四半期決算のサマリー。
出典:楽天
当初、計画していた6000億円では足りず、日本郵政やテンセントグループ、創業者親族などから2423億円を第三者割当で調達。そのほとんどが基地局建設に使われる。楽天モバイルでは設備投資に1兆円規模を計画するが、本当にそれで足りるのかは不透明だ。
2021年1~3月期の営業利益(Non-GAAP)は316億円の赤字であり、ECや金融が絶好調でも、モバイル事業での販促費や基地局設置などの投資が足を引っ張っている状態だ。
楽天モバイルとしてはユーザーを獲得し、早期に全国カバーに目処をつけ、KDDIへのローミング費用の出費を抑えないことには、いつまで経っても赤字体質から脱却できないだろう。
NTTドコモは弱点だった銀行領域を三菱UFJ銀と協業
NTTドコモ社長の井伊基之氏。
出典:NTTドコモ
NTTの完全子会社となったNTTドコモが急ぐのがデジタルマーケティングの高度化だ。NTTドコモは8263万の契約を誇る。
当然、すべての人という訳ではないが、dポイントクラブの会員数を見ても、8195万という数字となっている。NTTドコモではdポイントクラブだけでなく、dマーケットやd払い、ドコモショップなどの顧客接点を持つ。
この顧客基盤を生かすことで、ユーザーにお得情報を配信しつつ、パートナー企業に対して送客や販促支援などのビジネス機会を提供できる。
NTTドコモはデータ活用人材を強化する。
出典:NTTドコモ
その際、必要となるのが「データを活用したユーザー理解」だ。そのため、NTTドコモでは、データエンジニアや機械学習エンジニア、データコンサルタント、マーケターなど1000人以上のデータ活用人材を拡充していく。
また、NTTドコモはdカードGOLDの会員数が800万を超えるなど、決済領域は好調だが、銀行領域が他社に大きく出遅れている。そこで、NTTドコモでは三菱UFJ銀行とデジタル口座サービスを共同開発するなど、ようやく銀行領域に本腰を入れ始めた。
「他社先行」に胸を張るKDDI、エネルギー領域も成長
KDDI社長の髙橋誠氏。
出典:KDDI
銀行を中心とした金融で他社を大きくリードしているのがKDDIだ。
ケータイが全盛だった2008年から「じぶん銀行(現・auじぶん銀行)」を開始。いまではauカブコム証券やau損害保険、auペイメント、auアセットマネジメントなど金融を幅広く網羅する。
髙橋社長は「モバイルを中心とした金融は他社に先行しており、いまでは駒がそろってきた」と胸を張る。KDDIとして、auの顧客基盤をベースに金融のみならず、エネルギー(auでんき)とコマースを成長戦略の軸に置く。
KDDIのコンシューマー向け非通信領域である“ライフデザイン領域”の現状。
出典:KDDI
菅政権からの値下げ圧力により、既存の3社は盤石であった通信料金収入が揺らぐ中、いかに顧客基盤を軸に金融で稼ぐか、成長の鍵となる。
また、新規参入の楽天は顧客基盤は大きいが、モバイルでいかに赤字体質から脱却できるかが、今後、数年の課題と言えそうだ。
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(MdN)がある。