本屋大賞・町田そのこさんインタビュー。「28歳まで自分には何もなかった」

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『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞した町田そのこさんが取材に応じた。

撮影:横山耕太郎

『52ヘルツのクジラたち』が2021年本屋大賞に選ばれ、今最も注目される作家となった町田そのこさん(41)は、一風変わった経歴を持つ。

福岡県出身で、3人の子を育てながら地元で執筆活動を続ける町田さん。20歳で県内の理容師専門学校を卒業後、理容師の職に就くものの1年で退職。その後、レストランの店員や100円ショップ、和菓子店、葬儀屋など職を転々とした。

「28歳までは、自分には何もなかった」と語る町田さん。当時、子育て中の専業主婦だった町田さんが、作家を目指したのは「ある人の訃報」がきっかけだった。

作家を志してからデビューまでの10年間、どんな思いで小説を書き続けてきたのか?

本屋大賞…2004年に創設。一般的な文学賞は、作家らの評議で決められるが、本屋大賞は書店員の投票によって選ばれるのが特徴。1次投票では、過去1年に出版された作品から書店員が3作品を選んで投票。2次投票では、1次投票の上位10作品のうちから3作品に投票する。2021年は全国の438書店、546人が投票に参加した。

家事の合間に執筆活動

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本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』。『本の雑誌増刊』では投票した書店員の感想などがまとめられている。

撮影:横山耕太郎

「本屋大賞を取ってから友人2人がおめでとうと言ってくれたくらいで、実はあまり実感はありません。いつも子どもの世話の合間に小説を書いているのですが、受賞後は近くに住む親が子どもの面倒をよく見てくれるようになりました。親は私の本を読まないのですが、応援してくれています」

5月上旬、町田さんはいつも原稿を執筆しているというリビングのパソコンから、Zoomで取材に応じた。背後からは時おり子どもの声も聞こえ、「騒がしくてすみません」と母親の顔ものぞかせた。

本屋大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』は、虐待や家族の崩壊を描いた作品。深刻な内容から、勝手に物静かなイメージを持っていたが、実際の町田さんははっきりとした口調に、快活な表情が印象的だった。

28歳まで「流されるようように生きてきた」

歴代の本屋大賞受賞作は、ベストセラーを連発。小川洋子さんの『 博士の愛した数式 』や、湊かなえさんの『告白』、三浦しをんさんの『舟を編む』など映画化された作品も多い。

『52ヘルツのクジラたち』も累計発行部数は41万部を突破し(2021年4月現在)。一躍、時の人となった町田さんだが、決して順風満帆な作家生活を送ってきたわけではない。

「作家を目指す前、28歳の時は自分がすごく空っぽでした。学歴も資格もなくて、身につけておいた方がいいものをほとんど持っていない。

流されるままに生きてきて、親に『もうそろそろいい歳だから結婚しなさい』と言われるから結婚して、流されるまま子どももできて。そんな自分がすごく嫌いでした」

町田さんが作家を目指すきっかけは、28歳の時。小学生の頃から親しんできた作家・氷室冴子さん(1957年~2008年)の訃報だった。

「小学校時代にいじめられた経験があり、その時に支えてくれたのが氷室さんの小説でした。小説の人物たちの強さにあこがれて『私もこうなりたい』、『次の作品が出るまでは生きていよう』と思えました。

幼い頃は作家になることを夢見ていたのですが、氷室さんが亡くなるまで、その夢はすっかり忘れていました

小説家を目指し「世界が変わった」

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2021年4月14日、「本屋大賞2021」が発表され、授賞式に出席した町田さん。

提供:中央公論新社

町田さんはまず、ケータイ小説を書いて投稿することから始めた。

「作家を目指すと決めてから、世界が変わった気がしました。それまでは、履歴書にかけるような経歴もなく、コンプレックスしかなかった。それが目標を持つことで自信がわいてきて、自分を取り戻した感覚がありました」

当時は長女が生まれたばかり。腕の中で寝かしつけ、空いた片手でガラケーを使い小説を打っていたという。やがてケータイ小説仲間から、「一般文芸系の作品の方があっているのでは?」と勧められたことがきっかけとなり、文芸誌を想定した短編小説に挑戦したという。

34歳の時、初めて「女による女のためのR-18文学賞」に応募。同文学賞は新潮社が2002年に創設し、作家の窪美澄さんらを輩出してきた。

一度目の挑戦では、最終選考にも残らず落選したが、その後2年間、長編小説を一冊書き写すなど独学で小説を学びながら執筆し、2度目の挑戦で大賞に輝いた。

たとえ小説家になれなくても「満足」

28歳で作家を志してからデビューまでは約10年かかったが、町田さんは「少しも辛いとは感じなかった」と振り返る。

「着実にステップアップしている実感がありました。最初は携帯で書いていたのですが、だんだんパソコンで書いてみたいと思うようになり、子育ての合間にパートに出てパソコンを買ったりもしました。まったくゼロからのスタートだったので、毎日が楽しかったですね

町田さんにとって大切だったのは、「作家になる」ということよりも、「作家になるという芯を貫くこと」だった。

町田さんは執筆時間は、特に決めていないという。家事や子育ての合間に時間を見つけ、リビングにあるパソコンに向かい、子どもが側にいる時に書くこともあるという。

私は今、結果的に作家になれましたけど『たとえ作家になれなくても、書き続けていれば満足して死んでいけたんじゃないかな』と思っていました。せめて人生に1本でも芯が通っていたい。作家を目指すという芯をもう二度と消してはいけないと思っていました。そうであれば『後悔はなく死ねる』と」

職を転々と……「結果的には役立った」

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撮影:横山耕太郎

作家になる前には、理容師や老舗和菓子店、100円ショップの店員や、葬儀屋など職を転々としてきた町田さんだが、それらの経験は作品に生かされている。

デビュー作を含む連作の短編集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(2017年)には、菓子店で働く女性が登場するほか、『うつくしが丘の不幸の家』(2019年)には女性の理容師も主人公の一人として描かれる。また死者の思いをテーマにした作品『ぎょらん』(2018年)は、葬儀屋でのアルバイトの経験から着想したという。

「たくさん遠回りしてきたことは、結果的にどれも役立っています。ポジティブすぎるかもしれませんが、自分が空っぽだった時期ですら、その虚しさも、今では大事にしようと思えています

町田さんの場合は尊敬する氷室さんの訃報が、作家を目指すきっかけになったが、「タイミングがいつ来るかは人それぞれ」と話す。

タイミングを迎えた時にすぐに動ける状況を整えておくことが大事だと思います。体調が悪かったり、仕事に忙殺されてタイミングが来ても向かえないとか、私のようにお金がなくてパソコンを買うまでに数年かかったりとか(笑)。簡単なことではないかもしれませんが、その時のために、自分を健やかに保っておくことが大事なんじゃないかな

初の長編で「虐待」をテーマにした理由

「このクジラの声はね、誰にも届かないんだよ」

少年が目を微か(かすか)に見開き、首を傾げる。

「普通のクジラと声の高さが —— 周波数って言うんだけどね、その周波数が全く違うんだって。クジラもいろいろな種類がいるけど、どれもだいたい10から30ヘルツっていう高さで歌うんだって。でもこのクジラの歌声は52ヘルツ。あまりに高音だから、他のクジラたちには、聞こえないんだ。~」(『52ヘルツのくじらたち』より引用)

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「いつもこのリビングで原稿書いています」と町田さんは言う。

撮影:横山耕太郎

本屋大賞を受賞した『52ヘルツのくじらたち』は、親から虐待を受け、その声が届かない少年らが描かれる。

町田さん初の長編小説となった今作で、なぜ虐待をテーマに選んだのか?

「長女を出産して退院したときに、家から十数キロの場所で赤ちゃんがドラム缶に捨てられていたニュースがありました。必死で子どもを育てようとがんばっているときに、一方で殺されている子がいる。それが衝撃的で、ずっと頭の中にありました

作品を書くにあたり、小説の終わり方には気を付けた。

「虐待という重要な問題を書く以上、『ファンタジーのような終わり方には絶対にするまい』と思っていました。小説では、現実的に少年を救う方法を自分なりに模索したつもりです。その方法が正しいかは分かりませんが、考えるきっかけになれば」

いじめられ「声を上げられなかった」過去

「誰にも聞いてもらえず埋もれてしまっているSOSがどれ程あるのだろう、と考えずにはいられません。もっともっと周りの小さな声を聞ける人が多ければと思うし、自分もそうありたいと思いました」(『本の雑誌増刊・本屋大賞2021』より書店員の感想)

『52ヘルツのクジラたち』を推した書店員からは、「自分の周りにある52ヘルツの声を聴きたいと思った」という感想が多く寄せられたという。

「私は小学5、6年生だった時にいじめにあい、クラスでブスとかデブとか言われて、ばい菌扱いもされました。でも自分では声を上げられなかった。作文にいじめのことを書いたのですが、自分では提出できませんでした。

結局、母が家にあった作文を見つけて先生に伝えたことで、いじめは収まりました。当時の私のように、『自分の声なんて誰も聞いてくれない』と諦めている人に、この小説が届けばと思っています」

すでに次回作も書き始めている。

「読み終わったら元気がもらえるような小説がすごく好き」と話す町田さん。

2020年に発表した『コンビニ兄弟~テンダネス門司港こがね村店』では、福岡県のコンビニを舞台に、女性客から絶大な人気を誇るコンビニ店長らの群像劇をコミカルに描く。社会問題にコミカルな喜劇にと、作風の幅広さも“町田作品”の魅力となっている。

もともと誰にも求められずに書いてきたので、開き直って、私が書きたい作品を書いていきたい。恋愛小説も書いていないので、まだまだ書き続けたいです」

(文・横山耕太郎

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