新電力ベンチャー「パネイル」民事再生法を申請。負債総額61億円、“未来のユニコーン企業”に何があったのか?

パネイルの公式サイトより。

パネイルの公式サイトより。

出典:パネイル

新電力ITベンチャー「パネイル」(東京・中央区)が5月18日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は4月末時点で約61億円(60億9168万9458円)。背景には、自由化された卸電力市場が夏に高騰したことや、合弁会社を舞台にした東京電力の子会社との対立も見えてきた

「有望なユニコーン企業のひとつ」だった。

パネイルは東工大卒、ディー・エヌ・エー(DeNA)出身の名越達彦氏が2012年に創業した電力小売りベンチャーだ。

2016年4月に電力の小売が全面自由化されると、次世代型エネルギー流通基幹システム「パネイルクラウド」を手掛ける同社も小売事業に参入。AIを活用し、効率的に電力調達や需給管理、料金請求ができるシステムは、地域密着型の営業販売もあって好調だった。

2017年9月期には売上高78億円、営業利益3億円まで業績を伸ばし、「有望な(未来の)ユニコーン企業のひとつ」(VC関係者)と見る向きもあった。

ところが、2018年9月期に営業損失15億円の赤字を計上。背景には卸電力取引所の価格の高騰があった。自前で電力生産設備を持たないパネイルは、電力需要の急増による電力仕入れ価格の値上がりで資本を大きく毀損した

こうした中、パネイルは市場価格に大きく左右される電力小売事業から事業方針を転換。小売事業を縮小し、パネイルクラウドなどを中心に創業当初からの目標だったプラットフォーム事業の拡大にかじを切った。

2018年4月には東京電力HDの電力小売子会社「東電EP」との合弁会社「PinT(ピント)」をすでに設立しており、さらに同年11月には丸紅の子会社「丸紅新電力」と組んで「丸紅ソーラートレーディング」を設立。パネイルクラウドのアライアンス事業をスタートした。

東電EPとの合弁会社「PinT」で、技術者の移籍めぐるトラブル

特にPinTは、東電EPとパネイルの双方にとってwin-winの事業になるはずだった。

東電側はPinTを通じて新規顧客の獲得につながり、パネイル側としてはパネイルクラウドを活用した事業でシステムの開発・運用や保守の委託料で収益を確保できるからだ。

出資比率は東電EPが60%(4億8000万円)、パネイルが40%(3億1900万円)。取締役はそれぞれから4名を選び、事業を進めることになっていた。設立時の社長は東電EPの田中将人氏だ。

実際、PinTは不動産管理会社向けに管理物件電力契約の一括管理サービスなどを提供。飛躍的に業績を伸ばした。

ところが、合弁開始から1年余りで東電EPとパネイルは深刻な対立に陥った。対立の大きな背景には「パネイルのCTO(最高技術責任者)がPinTに移籍した問題があった」と関係者は語る

Business Insider Japanが入手した資料などによると、この人物はS氏。内情を知る関係者によると、S氏はパネイルクラウドなど事業の中核技術を名越氏やパネイルの技術スタッフとともに担っていた。

そのS氏が2020年1月、退職届と取締役の辞任をパネイルに申し出た。同社の技術的なノウハウを知るS氏は、パネイルにとって最重要の人材でもあった。

パネイルが東京地裁に提出した民事再生手続の申立申請書には、以下のように記されている。

「株式会社PinTは、申立人にとってマイノリティ出資を行っている関連会社であると同時に競合他社であり、申立人の中核的技術であるパネイルクラウドが盗用された場合、申立人の競争優位性が阻害されるおそれがあった」

「特に、申立人はパネイルクラウドによるプラットフォーム事業を中核に据えた事業再生の途上にあり、その技術の盗用が申立人に及ぼす影響は軽視できないものであった」

パネイル側はS氏を慰留したが、止めることはできなかった。結局、S氏は2020年2月末に取締役を辞任し退職。辞職にあたり、S氏は競業避止義務に関する誓約書をパネイル側に提出。退職後3年間は競合関係になりかねない企業に就職しないことを約束した。

ところが、3月1日付けでS氏はPinTに移籍。即日、開発本部長に就任した

これを受けてパネイル側は同年4月21日、東京地裁に対し「S氏のPinTでの就業差し止め」「S氏がPinTから引き受けているシステムの開発、運用、保守等の業務受託の差し止め」を請求する仮処分を申請した。

東京地裁はパネイル側の申し立てを全面的に認め、担保金4500万円の供託を条件に2020年7月20日付で仮処分を決定した。S氏は決定内容を不服として、異議を申し立てたが、認められなかった

パネイル側は「共同不法行為」と主張、東電EP側は否定

また、パネイル側が証拠保全を申し立て、東京地裁の裁判官の立ち会いのもと、S氏の自宅などへの立ち入り調査を実施。パネイル側のライブラリがPinT側で複製されていたことが、S氏のパソコン内の記録から判明したという

パネイル側は「知的財産権はパネイル側にありライブラリを複製することを認めたことはない」とし、「対価等正式な契約の締結なくシステム関連の業務を提供してきたが、S氏の引き抜きによりPinTとの信頼関係が崩れた」「PinTに対価等正式な契約の締結を求めたが、PinTからこれを拒絶された」と主張。

「これらは、パネイルを共同事業から排除するための『新興いじめ』であるとともに、知的財産の無断複製であり、S氏、PinT、東電EPらによる『共同不法行為』」とも主張している。2020年9月11日、パネイル側はS氏に対し、PinTからの業務委託禁止や損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こしている。

東電EP側はパネイル側の主張を否定。また、東洋経済の取材に対し「パネイル社と元CTOの訴訟に関わる内容であり、当社としては、回答を控える」と答え、争点となっているライブラリの無断複製についても「知的財産権等はPinTにある」としている。

ただ、証拠保全で明らかになったS氏のパソコンの調査によって、2020年3月25日に東電EPの法務担当者がS氏に弁護士を紹介していたことが判明。S氏やPinTの田中社長に宛てて「本件については、Sさん、PinT、(東電)EPがタッグを組んで対応していきたいと考えております」とメールを送信していた。また同日、田中社長が東電EPの法務担当者に「パネイル戦線が加わりますが(中略)存分に戦ってまいります」というメールを送っていたこともわかっている。

「パネイル社と元CTOの訴訟に関わる内容」としつつも、東電EPが対パネイルで大きく関わっていることが伺える

2020年10⽉、パネイル側は証拠保全で⾒つかった証拠をもとに、PinTのガバナンスの⾒直しを主張。取締役の指名権を行使しようとしたが、東電EP側はこれを拒否。現在、PinTの取締役は東電EPから4名、パネイル側からは1名のみの体制が続いている。

大企業による「優越的地位の乱用」を公取は問題視

2018年4月に立ち上がったPinTの売上高は2021年には数百億円規模にのぼり、営業利益も数億円規模に拡大していると電力業界関係者は話す。

一方で、パネイルは業績が悪化。2020年後半からはリストラに着手し、事業所の集約や管理部門を除くほぼ全社員(90%)を2020年11月に削減。この間、再雇用のあっせんなどに取り組んできたという

前出の電力業界関係者は「2018年夏に小売電力の市場価格が高騰し逆ザヤが発生したことも背景の一つにある」と語る。

「電⼒の完全⾃由化の観点から見れば、発電事業者・送配電事業者・⼩売事業者が完全に分離していることが市場での公正な競争において望まれる」

「ただ、新規参⼊する⼩売電気事業者は現状、卸電⼒市場に依存せざるを得ない。消費者はもちろん、⼩売電気事業者にとっても安定的な電⼒供給には課題が多い。適切な競争環境のためにも、電⼒調達市場の整備が進んで⾏くことが必須だ」

無論、パネイル側にも経営上の問題があったと指摘する業界関係者もいる。とはいえやはり、東電EPとの競業が足を引っ張ったという見方は根強い。

パネイルの株主関係者からは「事業モデルの転換で得意としていたプラットフォーム事業に舵を切ったが、一連のトラブルでPinTからの収益が絶たれたことが大きい。 PinTの好調を見れば、パネイルには後悔があるだろう」という声も聞こえてくる。

公正取引委員会は2020年11月27日に「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」を発表。出資者である大企業などが連携するスタートアップ企業に必要な報酬を支払わなかったり、知的財産権の無償提供を要請したりなど「優越的な地位を濫用」した事例などを紹介している。

こうした「下請けいじめ」と言われる取引慣行について、VC関係者はこう指摘する。

「昨今では、スタートアップ企業と⼤企業の知的財産に関連した取引で、(大企業が)優越的地位を利⽤して⼀⽅的に取り上げるなどの事案が発⽣し、社会問題になっていると認識している」

「今後、適切なスタートアップと⼤企業の連携が公正・公平に進むようにしていくことが、産業を育てるという観点から、⾮常に重要だと思う」

パネイルは新たなスポンサーのもとで、事業再生を目指すという。

【UPDATE】タイトル表記を改めました。(2021/05/18 18:30)

(文・吉川慧)

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