左から春風亭一之輔さん、柳亭市馬さん、春風亭昇太さん、三遊亭小遊三さん。
撮影:吉川慧
東京都内の寄席が苦境に瀕している。コロナ禍の休業や入場制限で、各寄席では毎月200万〜300万円の赤字が出ており、今まさに存続の危機にあるという。
そんな寄席を救おうと、落語家など寄席に出演する芸人らが参加する「落語協会」(柳亭市馬会長)と「落語芸術協会(芸協)」(春風亭昇太会長)がタッグを組み、寄席への支援を呼びかけるクラウドファンディングをスタートした。
前年比70%減「借金状態の小屋も…」
新真打の昇進披露披露興行が企画されていた5月上旬の興行も、都内の寄席は3度目の緊急事態宣言に伴い休業に追い込まれた。
落語芸術協会の田澤祐一事務局長は5月18日に都内で開かれた記者会見で、2020年度の寄席の売り上げが「各席平均で前年度比70%減だった」と説明。
「想像もつかない数字だった」「いわゆる借金状態の小屋もある」と危機感を吐露し、直近では2021年4月の興行が「前年度比50%減」だったことも明かした。
今回のクラウドファンディングの目標金額は5000万円、期限は6月30日まで。支援額は3000円から1000万円まで、コースに応じてサイン入り色紙や千社札や手ぬぐいなど返礼品がある。
支援金はクラウドファンディングサービス「READYFOR」の公式サイトのほか銀行振込などでも受け付ける。
人気の落語家4人がクラファン呼びかけ
撮影:吉川慧
クラウドファンディングの発起人には「落語協会」会長の柳亭市馬さんや「落語芸術協会(芸協)」会長で「笑点」の司会でおなじみの春風亭昇太さんが名を連ねた。
この日の会見には両名に加えて、落語界の重鎮で「笑点」のベテランメンバーでもある三遊亭小遊三さん(落語芸術協会参事)とチケットが取れない人気落語家として知られる春風亭一之輔さん(落語協会)も登壇した。
4人の落語家は、自分たちを育ててくれた寄席への感謝とともに、ファンに寄席存続のための支援を訴えた。そのメッセージを紹介したい。(※読みやすさを考慮し、一部文章を整えています)
柳亭市馬「寄席はギリギリのところへきている」
撮影:吉川慧
おはようございます、市馬でございます。お集まりいただきまして、ありがとうございます。
寄席の世界ばかりではなく、どこの世界でもそうなのですが、去年の3月辺りから大変な世の中になりまして…寄席もご多分に漏れず、今お話にありましたとおりで大変なのです。
寄席というところは、我々噺家(はなしか=落語家)にとりましては、ただ芸を披露する場所だけのところではないので…。
とにかく土台と言ってもいいぐらい、みんなそこで修行をして、一人前の噺家になるわけで。そこで我々も習ったことをおこなって、なんとか食えるようになるわけで。
この寄席が無くなるなどということは想像したくないのですが、今、想像しなくてはいけないような状況になっております。
今、楽屋で一生懸命に座布団をひっくり返したり、お茶を入れたりしている前座たちのためにも、そしてこれから噺家になろうという若い人たちのためにも、寄席は無くすわけにはいかないものです。
ですから、皆さま方のお力もお借りして、お客さま方に広くご支援を願おうというわけでございます。
結構、大変でございますから、私の顔は今、それほど切羽詰まっていないように見えるかもしれませんが…。結構、寄席はギリギリのところへきております。
何とぞ皆さんのお力で存続させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
春風亭昇太 「廃業止むなしという声も…」
撮影:吉川慧
皆さん、お忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。
寄席という場所は、我々落語家にとっては特殊な場所でして。仕事場というよりは、道場のような一面があるところなんですね。
私もそうでした。全く無名のときに前座として寄席に上がって「他の落語家を楽しみに来たんだけど、前座もちょっと聞いてみようか」と聞いていただいて、その中で色々習得したものが現在に活かされているわけでありまして。
(寄席は)非常に大事なものなのですが、実際に今こういう時代になりまして「廃業も止むなし」という声も聞きますと、落語家のほうでもやっぱり落語に寄与しないといけないだろうと。
色々と考えた中、落語というのは大衆文化なものですから、お願いするのはやはり、落語をお好きな方、落語の文化、そういったものにご理解ある皆さまになんとかお願いしようということで、こういう道を選びました。
別に仲が悪いわけではないのですが、落語協会と落語芸術協会がそろって何かをするというのは非常に珍しいことでして。お仕事などはよく一緒にさせていただくのですが、共に何か落語以外のことで行動するというのはないのです。
それを今回やってるということで、落語が詳しいお客さんたちは(両協会が)一緒に会見をやっているというだけでも、現在の異常事態をご理解いただけるのではないかと思っております。
寄席っていうものは、一度なくなったら多分「もう一度やりましょう」と手を挙げる方はいないと思います。寄席というものは本当に特殊な、不思議な文化です。
ですので、ぜひ守っていただくために、協力いただきたいということでございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。
三遊亭小遊三「年内は持ちますように……」
撮影:吉川慧
おはようございます。今日はありがとうございます。
寄席については今、両会長がおっしゃったとおりでございまして……。噺家にとって、道場でもあり、ショーウインドーでもございます。
私たちは芸を磨かせていただいて、そして真打になって、披露興行をして、そして、そのウインドーに飾られるようになる。「一心同体」でございます。
それがこの度の緊急事態宣言でもって…もう3度目でございますかね。去年たしか「寄席休業」という…。今年に入って5月上席と、あと少々と…「休業」というのは。
それまで私たちは、そういう切羽詰まったところにいなかったものですから。最も切羽詰まっていたら噺家にはなっていないわけでございまして…。
うすぼんやり、噺家を続けさせていただいたら、このようなことになって、本当に背筋が寒くなるといいますか、「寄席が危ない」というのを実感いたしました。
こういう寄付を募るという…やっぱり日本はいい国だなぁとつくづく思います。
昨日ニュースを見ていましたら、横須賀で6000万円を匿名で寄付した男性がいらっしゃる。これ、どういうお金かというと、小学校1年のときからコツコツ溜めた6000万円と。
そんな人が世の中にいるんだなと思いまして…。ぜひ、そういう人を探したいなと…。
他の登壇者:いやいやいやいや…。
(会場から笑い)
まあ、寄席のことでございます。そりゃあ世間さまに比べれば…私たちにとって寄席は大企業でございますが、世間にとってはやはり大企業ではございませんで…非常に弱いものでございます。
ここは皆さま方のお力を得まして、なんとかこの企画が成功して…。うーん…もう、こんなことは言いたかぁないんですが、年内は持ちますように…。
よろしくご協力のほど、お願い申し上げる次第でございます。
春風亭一之輔「コロナに“粋”は通じない」
撮影:吉川慧
お忙しい中、ありがとうございます。
若手、でございまして……。代表、というほどじゃないんですが、一言ご挨拶を申し上げます。
高校生の時ですね。やることもなくて、なんかアテもなくふらっと入った寄席で「こんなのんきな世界があるんだ」なと…。
出てくる人も呑気そうだし、しゃべっている内容も「お酒が飲みたい」とか「お金が欲しい」とか…。なんか、グズグズ生きていきたいなという人間が主人公の世界というのは落語だけだなと思いまして。
歌舞伎とか他の芸能は、結構ちゃんとした人が出てくるんですけど、古典落語にはなんだかダラダラした人しか出てこないんですね。
そういうのを見て「こういう生き方もいいんだな」と。「こういう人が生きていてもいい世界というのはすごいな」と。そこで「寄席でしゃべってみたいな」と思って、落語家になって今、ここで会見に出ております。
寄付を募ったり、クラウドファンディングというのは、多分落語家とか、噺家とか、“粋”とかね、そういうものをモットーとしている人間からすると、外部の人から見れば「野暮なことをしているな」と思う方もいるかもしれませんが、コロナに粋は通じないんだなと思いましたので。
ぜひ、どうか一つ、野暮を承知で、我々もやると思います。若手を代表して、皆さんにぜひ、ご協力、寄席でまた落語を楽しく聞いていただきたいので、ぜひ何とぞよろしくお願いいたします。
「1日1000円しか“上がり”(収入)がなかった日も……」
浅草演芸ホール
撮影:吉川慧
質疑応答の中では、報道陣から寄席のいまの状況を尋ねる質問もあった。
小遊三さんは事務局から聞いた情報として「1日に上がり(収入)が1000円しかなかったという日もあった」と明かした。
小遊三:かなり厳しいと思います。事務局に聞きましたら、1日1000円しか上がりがなかったという日も……。
そんなことで成り立つわけがないんです。何十人もの人が働いていて、1日1000円のお金をどうしようという。これは本当に差し迫った状態でございます。
期限が年内とかっていうのは、それはもう当てずっぽうな話なんですが、そのぐらい差し迫っている状況。
5000万が高額だというお話がありましたが、寄席が5軒ありますので、仮に5で割ると1000万ずつ。ということは1年で月何百万にもならないというようなもんですからね……。できればもっと欲しいです……。
昇太:本当は「もっと目標金額を上げよう」という話もあったんですね。そうでないと実際分配するので難しい。
でも、もし集まんなかった時にかっこ悪いからって言って(笑)低めにしとこうということが、あったんです。
市馬:単位は低めに言っといたほうがいいと……。
昇太:本当は非常に困っているものですから、これで実際足りるのかというと小遊三師匠おっしゃったように、今年なんとか…。今ワクチンとか、いろいろやっていただいているじゃないですか。
そういったものが日本中に普及するまで、なんとか寄席、席亭さんに頑張っていただきたいっていう気持ちです。
リモートでの興行、収益確保は「難しい」
3度目の緊急事態宣言を受けて、鈴本演芸場が配信した寄席公演。
鈴本演芸場チャンネル
報道陣からはリモート寄席での公演継続は難しいのかと尋ねる質問もあった。
コロナ禍にあって、落語界でもリモート配信での落語界も開かれるようになった。鈴本演芸場を皮切りに浅草演芸ホールも配信に挑戦したり、AbemaTVや独立系のオンラインでの落語会も開かれている。
ただ、自身もYouTubeで落語会を配信したことがある一之輔さんは、寄席がリモートで興行を継続する難しさについて率直に語った。
一之輔:鈴本演芸場さんと浅草演芸ホールさんで、この間YouTubeで無料で配信したのですが、単発でやるのは手が回っても、常時それをやり続けるというのは従業員の方の人数も限りがありますし、やっぱりスタッフが足りない。
で、それが収益になるかと言えば、どうしてもやはり宣伝効果のほうが比重は大きくて、実際に高収益になるのは難しいです。
今は寄席が開けている状態ですから、これをなんとかするためには、やはりライブのお客さんに来ていただきたく……。
来ていただくためには、小屋がないとどうしようもないですからね。「ぜひ足を運んでください」と、大きな声で言える状況ではないのですが、来られる方には来ていただきたいと思います。
落語、講談、マジックに漫才も——。大衆演芸の殿堂「寄席」とは?
新宿・末廣亭
撮影:吉川慧
年間を通して落語や講談を楽しめる場所、これが「寄席」だ。
寄席では1カ月を10日間ずつ3グループ(上席・中席・下席)に分け、通常は昼の部・夜の部でそれぞれ異なる芸人が出演。寄席によって異なるが、昼・夜とも4時間ほどで20組ほどの芸人が登場する。
落語や講談の合間には、漫才やマジックに太神楽、三味線で都々逸(どどいつ)を披露する「粋曲」や漫談、さらには動物の鳴き声の真似や切り絵など様々な「色物」も堪能できる。
寄席の番組表。
撮影:吉川慧
これまで三度にわたる緊急事態宣言で休業や時短公演を余儀なくされたことも影響し、寄席はピンチを迎えている。
現下、3回目の緊急事態宣言に際しても、寄席は厳しい事態に直面した。
3度目の宣言発出前日の4月24日、都内4件の寄席(鈴本演芸場・新宿末広亭・池袋演芸場・国立演芸場)と落語協会・落語芸術協会は「観客あり」での興行継続を表明した。
東京都からの要請文に「社会生活の維持に必要なものを除く」の一文があったことから「(落語や漫才などの)大衆娯楽である寄席は『必要なもの』」と主張。感染対策を講じておりクラスターも発生していないことから、営業継続の正当性を訴えた。
ところが、政府は寄席の営業継続に「待った」をかけた。加藤勝信官房長官も4月27日の会見で協力を要請。無観客開催や公的支援の活用を呼びかけた。
ただ、会見では落語ファンを自称する加藤官房長官が「寄席(よせ)」を「よせき」と読み、物議を醸した。
4月28日、東京都は落語芸術協会に休業を改めて要請。これを受けて落語協会と芸協は寄席側と協議し、5月上席の休業を決めた。
緊急事態宣言の延長に伴う東京都の要請内容見直しを受けて、都内の寄席は5月12日から営業を再開している。
コロナ禍の寄席をめぐる動き
上野・鈴本演芸場
撮影:吉川慧
2020年4〜5月
・緊急事態宣言(1回目)による休業
※国からの補償金:1カ月分 50万円 x 2
・落語協会真打昇進披露興行(4月)延期
・落語芸術協会真打昇進披露(5月)延期
2020年6月〜12月
・入場制限により入場率50%(一部緩和有)
※鈴本演芸場・池袋演芸場は6月も休業
2021年1月〜3月
・緊急事態宣言(2回目)による営業時間制限
※国からの補償金:なし
※寄席が夜席を閉めて営業することは歴史初
2021年4月
・まん延防止法による営業時間制限
2021年5月
・5月1日〜11日 緊急事態宣言(3回目)による休業
※国からの補償金:なし
※4月25日に緊急事態宣言が発令された際は、当初は無観客開催要請が実態に即さないと興行継続を決めるも、のちに5月上席休業を決断。
・落語芸術協会真打昇進披露(5月)延期
現在(5月16日時点)
・5月12日〜 5軒の寄席にて興行再開
※入場率を50%に抑えての興行
※鈴本演芸場では夜の部は引き続き休席中
(文・吉川慧)