日本では、2020年7月からスーパーのレジ袋などのプラスチック製買い物袋の有料化が始まりました。
これにより、買い物の際にレジ袋を配布する際の辞退率が上昇し、11月の段階で70%を超えました。
小泉進次郎環境大臣は、有料化によるプラスチックゴミの削減に手応えを得て、次の一手として、スプーンなどを含めたプラスチック製品の有料化にも意欲的な姿勢を見せています。
プラスチックゴミを削減する流れの中で(啓蒙のために)有料化の動きが加速する一方、従来の石油由来のプラスチックに代わる、“新しい”プラスチックにも注目が集まりつつあります。
その中でも、今回注目するのは、環境に優しいとされている「バイオプラスチック」です。
バイオプラスチックを既存のプラスチックに置き換えることで、地球温暖化や環境汚染を防ぐことが期待されています。
5月の連載「サイエンス思考」では、東京大学大学院農学生命科学研究科でバイオプラスチックについて研究する岩田忠久教授にご協力いただき、バイオプラスチックとはそもそも何か、そして、現在プラスチックがどういった課題を抱え、バイオプラスチックがその解決にどう寄与するのかを解き明かしていきます。
なぜ今、バイオプラスチックなのか?
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OECDの調査によると、世界のプラスチック生産量は年々増加しており、2015年には、世界で年間4億トンを超えるプラスチックが製造されました。
日本では、年間約1000万トンのプラスチックを生産しており、このうち約900万トンが廃プラスチックとしてリサイクルされたり、そのまま処分されたりしています(参照:プラスチック基礎知識2020)。
一定数リサイクルできているとはいえ、環境への負荷を考えると、プラスチックの使用はできる限り削減しなければなりません。2020年7月から始まったレジ袋の有料化は、プラスチックが抱えるさまざまな環境問題(詳細は後述)に目を向けさせ、考えてもらうための施策でした。
そこでこの取り組みでは、環境に配慮したレジ袋であれば「無料配布」を認めています。
無料配布が認められたレジ袋3種類
- 再生可能な植物由来の「バイオマス素材」を25%以上配合しているレジ袋。
- 海の微生物によって分解されるプラスチック(海洋生分解性プラスチック)の配合率が100%のレジ袋。
- 繰り返し使用可能なプラスチックフィルムの厚みが50ミクロン以上のレジ袋。素材は問わず、結果的にゴミの量が減る。
海洋生分解性プラスチックはまだ日本ではあまり流通していないので、実際に私たちが手に取ることのある無料のレジ袋はバイオマス素材を配合されたもの(バイオマスプラスチック)か、厚みのあるレジ袋になります。
スーパーでこのような光景を見かけることも当たり前になった。
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このように、レジ袋には「有料化」しなくてもよい方法が用意されています。
プラスチックが抱える課題を考えてみると、なぜそれぞれの方法だと「有料化」をしなくても良いのかがよく分かってきます。
日常生活のあらゆる場面で使われているプラスチックは、石油から作られている以上、資源量には限りがあります。また、その製造や廃棄する工程の中で、地球温暖化の原因である温室効果ガス(二酸化炭素)を発生させてしまいます。
限りある資源の大量消費を減らすことや、世界的な脱炭素の流れの中で、従来のプラスチックの使用量を減らす必要があるといえます。
また、近年、プラスチックのゴミ問題も深刻化しています。
プラスチックは、自然環境では分解されにくいため、ゴミとして環境中に長い間残ってしまいます。
海に流れ出たプラスチックゴミが海洋を汚染することはもちろん、5mm以下の小さなプラスチック(マイクロプラスチック)によって、生態系だけでなく人体へも悪影響を与える可能性が示唆されています。
石油資源の問題、二酸化炭素の排出量の問題、そしてマイクロプラスチックによる汚染などのゴミ問題という課題を解決するために、代替プラスチックであるバイオプラスチックが注目されているのです。
「バイオプラスチック」の誤解
トウモロコシはバイオマスプラスチックの原料になる(写真はイメージです)。
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「既存のプラスチックの代わりとして注目されている『バイオプラスチック』は、微生物によって分解される『生分解性プラスチック』とバイオマス(生物資源)を原料に製造された『バイオマスプラスチック』の総称です。
それぞれにコンセプトがあるのですが、混同している人が多いです」(岩田教授)
バイオマスプラスチックは、トウモロコシや藻類、小麦などの生物資源(バイオマス)を原料としたプラスチックです。
ここで注意したいのが、バイオマスプラスチックはあくまでも「何を原料としているか」という部分に注目した表記であるという点です。
例えば、トウモロコシなどからバイオエタノールを生産し、そこからプラスチックとしてよく使われている「ポリエチレン」を作ることも可能です。
この場合「バイオポリエチレン」などと区別されることもありますが、プラスチックとしての性質は通常のポリエチレンと同等です。
ゴミとして海などに流れ出てしまうと、そう簡単には分解されません。
「植物を由来にしている」と聞くと、自然環境中で分解されると勘違いしがちですが、決してそういうわけではありません。
バイオプラスチックのメリットは、植物を原料としている以上、成長する過程で大気中から二酸化炭素を吸収している点にあります。
仮に焼却処分して二酸化炭素を排出したとしても、トータルで見ると大気中の二酸化炭素濃度に影響を与えない(カーボンニュートラル)と考えることができるのです。
バイオジェット燃料などを開発しているユーグレナ社は、藻の一種であるユーグレナ(ミドリムシ)を原料にバイオマスプラスチックの開発をしている。
撮影:三ツ村崇志
一方、生分解性プラスチックは、「原料に関わらず」自然界の微生物によって二酸化炭素と水に分解されるプラスチックを指す言葉です。
たとえ石油由来のプラスチックであっても、微生物によって分解されるものであれば、生分解性プラスチックに該当します。
ただし、石油を原料として作られた生分解性プラスチックは、バイオマスプラスチックのように石油資源の節約や、二酸化炭素の排出量を削減することには貢献しません。
生分解性プラスチックのメリットは、なんといっても環境中に放出されたプラスチックがマイクロプラスチックなどとして長期間残ることを防げるという点にあります。
「バイオプラスチック」と同じ枠組みで語られることの多いバイオマスプラスチックと生分解性プラスチックですが、その意味合いはまったく異なっているのです。
バイオプラスチックの普及が進まない理由
原料が植物性のバイオマスプラスチック。生分解性を持つ生分解性プラスチック。さらに、原料が植物性で生分解性を持つ、両方の性質を合わせたようなプラスチックも存在する。
出典:バイオプラスチック導入ロードマップ
環境省、経済産業省ら複数の省庁が持続可能なバイオプラスチック導入を目指し合同で策定した「バイオプラスチック導入ロードマップ」では、2030年までにバイオプラスチックのうちのバイオマスプラスチックを約200万トン導入する目標値が定められています。
プラスチック循環利用協会の資料によると、日本は年間で約1000万トンのプラスチックを生産しています。あと10年で、その2割をバイオマスプラスチックにしようというわけです。
しかし、2018年度のバイオプラスチックの出荷量は約4万1000トン。
バイオマスプラスチックの普及は、これまでなかなか進んできませんでした。岩田教授は、バイオプラスチックが普及しない理由を大きく2つ挙げています。
1つは、コストです。
バイオマスプラスチックを大量製造できれば、価格は安くなりますが、大量に生産するにはそもそも需要が必要です。現状では、従来の石油合成プラスチックと同じ性能を実現できても、価格が数倍に跳ね上がってしまう場合もあります。
4月27日には、化学メーカーのカネカが、同社の生分解性プラスチックから作られたストローがファミリーマートの一部店舗に採用されることを発表しました。
カネカ広報によると、具体的なコストについては明かせないものの、従来のプラスチックと比べるとやはりコストはかかってしまうといいます。
また、生分解性プラスチックやバイオマスプラスチックを開発している三菱ケミカルの広報は、Business Insider Japanの取材に対して、従来のプラスチックと比べておおむね数倍のコストがかかると回答しています。
ただし、レジ袋やスプーンなど、プラスチックといってもさまざまな製品があるため、製品によってもコストは変わってくるといいます。
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バイオプラスチックを普及させるうえで、コストは大きな課題です。高すぎれば、従来のプラスチックがどうしても選ばれやすくなり、需要が高まりません。
岩田教授は、「多少コストが高くても従来製品よりメリットがある(高品質な)バイオプラスチックができれば、需要が増える可能性はあるかもしれません」と、実際に研究を進めていると話します。
また、岩田教授は生分解性プラスチックがなかなか普及しない理由として、日本の消費者の心理も大きく影響しているのではないかとも指摘します。
「日本では、長持ちする製品が求められがちです。生分解性プラスチックは分解作用に一番の意味があるはずですが、『10年は使えないと困る』という要求があり 、これでは導入が進みません」(岩田教授)
要求水準が高ければ、その分当然コストも高くなってしまいます。
すぐにゴミとして捨てられてしまう、おにぎりのパッケージに使うプラスチックに、長期間の耐久性はいりません。
一方、登山などで使う安全管理用のロープなどには、絶対にちぎれないような強い耐久性が必要です。このように、本来用途によって許容できる性質には大きな差があるはずです。
「環境に優しい代替プラスチックが登場したからといって、あらゆるプラスチックと置き換える必要はありません。バイオプラスチック、石油合成プラスチックのそれぞれに適材適所があります。解決したい課題は何か、課題を解決するにはどのプラスチックを使えば効果的かを考えて決めるべきです」(岩田教授)
岩田教授は、最終的には現状の半分程度が「バイオプラスチック」に置き換えられるのではないかと想定しています。
代替プラ導入で変更必至のリサイクル制度
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バイオプラスチック以外にも、代替プラスチックの候補となる素材は多数開発されています。
生分解性プラスチック、バイオマスプラスチックなどと同様に、それぞれに強みと弱みがあります。
石油資源の問題、脱炭素への取り組みやマイクロプラスチック問題などを解決するためには、石油由来の従来のプラスチックを含めて、こういったさまざまな素材を適材適所に活用していくことが重要となります。
完全に石油由来のプラスチックをなくすことが現実的でない以上、既存の課題を解決するためには、代替プラスチックの導入に加えて「リサイクル」をうまく回していく仕組みづくりも重要になります。
ここでよく耳にするのは「代替プラスチックが普及すると、リサイクル工程がうまく機能しなくなるのではないか」という声です。確かに、既存のプラスチックリサイクルの工程に異なる成分を含んだ代替プラスチックが混入すると、リサイクルがうまくいかなくなることが想定されます。
しかし、岩田教授は、バイオプラスチックによってリサイクルが困難になるという指摘は誤りだと説明しています。なぜなら、これまでのリサイクル自体が十分に機能しているとは言えないからです。
ペットボトルのラベルやキャップは、ペットボトル本体とは成分が異なる。ラベルやキャップを外さなければならないのはこのためだ。
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プラスチックをリサイクルするためには、ポリエチレンやポリプロピレンといったように、プラスチックの成分ごとに回収しなければなりません。
しかし、既存のプラスチック製品は、さまざまなプラスチックを複合して作られているケースが多く、また回収時に汚れなどが付着しているケースも見られ、うまく分別できないことがあります。
だからこそ、現在、日本のプラスチックリサイクルでは、廃棄物を焼却する際に生じる熱(サーマル)を再利用するリサイクル方法「サーマルリサイクル」が56%を占めているのです(プラスチック循環利用協会の資料より)。
サーマルリサイクルでは、最終的にプラスチックを燃やしているため、回収されたプラスチックの成分がばらばらでも構いません。ただしこれでは、石油資源の消費を抑えられるわけでも、脱炭素に寄与できるわけでもありません。
この先、資源の節約や脱炭素など、持続可能な社会を目指す上でさまざまな代替プラスチックが普及していくことは避けられないでしょう。
社会全体がその流れにある以上、リサイクルのルールなどもそれに即した形に見直していく必要が出てくるはずです。その中で、バイオプラスチックなどの回収ルールも整備していけばいいわけです。
廃プラスチックの処理方法の内訳。単位は万トン。国内ではサーマルリサイクルの割合が大きい(プラスチックリサイクルの基礎知識2020のデータをもとに作成)。
Flourishを利用して編集部作成
現状のプラスチックリサイクルの問題は何よりも「成分ごとに回収しにくいこと」と、岩田教授は指摘します。
ペットボトルのように製造している企業ごとに形状に大きな差がなく、成分も決まっているものであれば、子どもでも簡単に分別することができます。しかし、そういった特徴が把握しにくいプラスチック製品を前にしたとき、すぐにその成分を分別できる人はそう多くはないでしょう。
プラスチック(代替プラスチック含む)を成分ごとにうまく回収するためには、ペットボトルのようにひと目見ただけで成分ごとに分別できるような工夫が必要になってくるのかもしれません。
また、冷蔵庫などの大型家電やパソコンなどは、現状でリサイクルが義務付けられています。事業者が責任を負って管理している以上、バイオマスプラスチックなどの代替プラスチックを導入しても、成分ごとにうまく回収できるはずです。
岩田教授は、
「一番良いのは全てをレンタルにすることかもしれませんね。
作った会社はどの製品のどのパーツにどんな成分が使われているのか把握しているので、確実にリサイクルできます。そういった枠に入らないもの、ゴミになるものは、リサイクルできないものとして生分解性プラスチックや、カーボンニュートラルなバイオマスプラスチックにすればよいのではないでしょうか」
とも語ります。
ただし、リサイクルを進めていく上では、そこに大きなコストがかかるということも忘れてはいけません。
この費用を補うのは消費者なのか、企業なのか。
いずれにせよ、これまでの石油資源の大量消費によって実現されてきた社会を変えていくためには、それ相応の努力や工夫、そしてコストがかかってくるという現実を直視しなければならないのかもしれません。