草間彌生「南瓜」1994。
撮影:末永幸歩
※この記事は2021年5月21日初出です。
あなたは今、溢れる情報に振り回されていないだろうか。誰かが言っていたこと、ネットの口コミだけを頼りに物事を判断していたら立ち止まって考えてみて欲しい。今ある誰かの作った正解は、あなたにとっての正解だとは限らないということを。
これからの時代により重要となるのは、情報の中から正解を見つけることではなく、自分を知り自分なりのものの見方をして答えを作っていくことだ。そして、そのためのツールとして有効なのが「アート的なものの見方=アート思考」だといわれる。
アートというと敷居が高く感じるかもしれないが、『13歳からのアート思考』の著者で美術教師の末永幸歩さんは「すべての人は子どものときアーティスト性を持つが、大人になってそれを喪失している」と言う。そこで本稿では、末永さんが草間彌生さんの「南瓜」を題材に直島で行ったワークショップをもとに、ゼロからアート思考を身に付けられる方法を解説する。
※編集部注: 末永さんが直島で行った「アート思考」のワークショップは、オンライン動画学習サービス「Udemy」で提供している講座の一部を抜粋したもの。草間彌生「南瓜」のほか、クロード・モネの「睡蓮の池」など、3つのアート作品を題材に「『アート思考』の授業」を展開している。
この日、ワークショップに参加してくれたのは中学生から大人まで。さまざまな年齢や職業の12名です。
今回は、草間彌生さんがどんな人なのか、彼女にとっての南瓜とは何なのかといった事前情報は一切なしに、先入観を持たずに自分の目で作品を鑑賞することからスタートしました。
アート思考への道(1)ディスクライブする
アートを“自分自身の目”で見るために有効な方法として「ディスクライブ」があります。
これは、気がついたことをとりあえず声に出したり書き出したりしていきます。
いきなり「作品の感想を発表しよう」と言われると難しいのですが、
「ポップな形だなあ」
「凸凹しているなあ」
「ドットがあるよ」
などといった、ディスクライブからスタートすると、鑑賞へのハードルがぐっと下がります。
この時、重要なのは数をたくさん挙げること。最低でも20個以上、気付いたことを書き出してもらいます。たくさん書こうとすることで、より深く対象を観察することにつながるからです。
気づいたことを書き出しているうちに、例えば「かわいいな」といった感想も自然と出てくるようになります。 感想が出てきたら「なぜそう感じたのか」と考えてみましょう。
最初は「南瓜かわいい」「なぜそう感じるのだろう?」「丸いからだ」といったシンプルな思考でもいいのです。何でもいいので感想が出てきたら書き留めていく。
これが、第一段階です。
アート思考への道(2)見方を変える
次に、作品を別の角度から見てみましょう。
最初のディスクライブで使ったのは、主に視覚です。ですので、ここからは視覚以外の五感を使うことで視点を変えます。
この時のワークショップでは
「どんな匂いがする?(匂いを具体的なものに喩えると?)」
「どんな音が聴こえる?(楽器や音楽に喩えると?)」
「温度を感じてみよう(温度を具体的なものに喩えると?)」
といった問いかけをし、(1)からそれぞれもう一歩ずつ、鑑賞を深めました。
また、
「架空の登場人物や生き物になって作品に入り込んでみよう」
「この作品をつくっている人の気持ちを想像してみよう」
といった、視点を変える問いかけもします。
それ以外にも、第一段階で「これは南瓜だ」と書き出した人であれば、「では、これが南瓜じゃなかったとしたら?」というように最初に自分がしていた見方をいったん否定してみるのもいいでしょう。
この段階では、ひたすら思考を拡散させます。「感じること」には、正解も不正解もありません。思いついたことは、なんでも箇条書きにしていきます。
ここで感じたことをさらに10個は書き出し、最初のディスクライブの20個を含めて、合計30個以上の気づいたこと、感じたことが手元にある状態にします。
末永さんが直島で行った「アート思考」のワークショップはオンライン動画学習サービス「Udemy」で提供している。
末永さん提供
アート思考への道(3)「自分なりの解釈」をアウトプットする
最後に、自分なりの解釈を生み出します。
具体的には、書き出した30個ほどの箇条書きの中から、ひとつ気に入ったものを選び出します。この時のポイントは、できるだけ人とかぶらなさそうなものを選ぶこと。
選んだアウトプットをもとに、
「100文字で短い物語を作ってみよう」
「勝手にタイトルづけをしてみよう」
「勝手に作品解説をしてみよう」
「問いを立ててみよう」
などのお題を決めて、自分なりの解釈を発表します。
この時参加してくれた中学生は、南瓜を虫に見立てた次のような創作ストーリーを作ってくれました。
「こんにちは僕は虫です。え、なんだか見るたびに大きくなるって? それはそうですよ。だって僕、生きてますから。食べないと死んでしまうでしょう? だからちょこちょこと一人で来られた方を食べているんです。あなたのように。いや、逃げたって無駄ですよ。ああもう聞こえないか。どうも、ご馳走様でした」
彼女の場合は、(1)と(2)の段階で「南瓜の形が何かに擬態している昆虫みたいだ」「見るたびに威圧感が増してるみたい」といったアウトプットが出てきて、そこからミステリー風のお話を連想したようです。
私の場合は、(2)の見方を変える鑑賞で、南瓜を軽く叩いてみたんです。すると、中がみっちりつまっていない、空洞になっているのが分かる音がしたんですよね。
その音の響きから「南瓜の表面にばかり目を向けてしまうけれど、中にはちょうどこの形に切り取られた暗闇があるんだ」と想像しました。ひょっとしたら、その暗闇は膨張したり萎んだりして形を変えているかもしれない。
さらに、
「表面にばかり目がいっていて、内部の存在を考えたことがないものって、実はいっぱいあるな」
と考えを進め、最終的には、
「私たちの身の回りには、目に映るものと映らないものがあるけれど、目に映らないものは無いのと同じなんだろうか?」
という問いを立ててみました。
ワークショップの参加者には、「海や空といった自然の中に、なぜ毒々しい色の組み合わせの、いかにも人工物を置いたのだろう?」 と考えたところから 「対極のものを配置することが、人の心にどんな感情を生み出すのか?」 といった問いを立てた人もいました。
みんなの気づきや問いをお互いに聞きながら、一つの作品に対して1時間くらいかけて鑑賞します。
アート思考を身に付けると他者に寛容になれる
思ったことを書き出すことで自分自身に目が向くようになる。
末永さん提供
今回のように、先入観を持たずに自分の答えを導き出す方法を経験した方々からは、大きく分けて2つの感想をいただきます。
ひとつは「普段は見えない自分の内面を見ることができた」という感想。
拙著『13歳からのアート思考』の中の言葉を引用して「 自分の『興味のタネ』を見つめるということなのか! 」という言い方をしてくれる方もいましたし、「対象を深く知ろうとすることは、自分を知るということなのだ」という言い方をしてくれた人も。
この「自分の疑問や興味に目を向けて、自分起点で考え、何かを生み出していく」という考え方は、まさにアート思考の主眼です。
いまある正解ではなく、まだどこにもないものを作っていくことが、アート思考によって可能になっていくのです。
そしてもうひとつ。よく聞く感想が、
「自分の意見が他の人と違って当たり前なのだ。人の感想も自分と違って当たり前なのだ」
という感想です。
ひとつめの感想にもつながりますが、自分の個性や答えを大切にすることは、他人の個性を認められることと表裏一体なのでしょう。
これは、私が普段教える中学校の教室でも同じです。生徒たちに「多様性を大事にしよう」と言葉で言ってもなかなか伝わらないのですが、このような授業を行うと、自然と「自分以外の人の意見も大切にしたい」と思うようです。
ビジネスに役立ち、日常生活も豊かになる
先ほど、「アート思考」とは「自分起点で何かを作っていく考え方」だと言いました。
この考え方は、いまの時代にとても重要だと思います。
これまで私たちは、先に課題やニーズのようなものがあって、それに対して今どこかにあるはずの答えをつなぎ合わせたり見つけ出したりすることを求められてきました。マーケットがあって、それに合わせた思考をするという考え方です。
もちろん、マーケティング的な正解を否定するわけではありません。
しかし、モノも情報も飽和した現代において、新しい発見や企画は、マーケットありきの方法だけでは生まれにくくなっていると感じます。
そんな時代に、「今ある正解ではなく、今はまだ誰にも見えていないような答えを生み出す」道筋になるのがアート思考と言えるのではないでしょうか。
そのはじめの一歩として、自分自身に目を向けることができるアート鑑賞は有効です。
もちろん、事前に作品解説を読んでから自分の考えをまとめてもいいのですが、今回のワークショップのように、先入観なし、情報なしで進めるアート鑑賞は、アート思考を鍛えるのにより向いています。
とくに、現代アートは、古典的な芸術作品と比較しても、役割や目的といった決まった答えがないのが特徴なので、自分の答えを作ることに向き合いやすい題材です。
アート作品の鑑賞でアート思考の方法に触れると、普段、テレビを見たり本を読んだり友人と会話したりといった日常生活の中でも、いったん自分なりのものの見方を考えるクセがつきます。
自然と、自分のビジネスにおいても、自分起点で新しい企画を考えるようになったという話も聞きます。
ぜひ、「自分の目で見るアート鑑賞」から、アート思考を身につけ、ご自身のビジネスと人生に役立ててみてください。
末永幸歩:武蔵野美術大学造形学部卒、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。浦和大学こども学部講師、東京学芸大学個人研究員。中学・高校で展開してきた「モノの見方がガラッと変わる」と話題の授業を体験できる『「自分だけの答え」が見つかる13歳からのアート思考』は16万部を超えるベストセラーとなっている。 オンラインで受講できるUdemy講座「大人こそ受けたい『アート思考』の授業ー瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨くー」を2021年5月に開講。