自分の好きな道を選び、チャレンジし続けている人たちは、どんなパートナーを選んでいるのでしょうか。
パートナーとしての決め手や、リスクをとる決断や心が折れそうなピンチを乗り越える時、どんな言葉が支えになったのかなど、妻と夫にあえて同じ10の質問をすることで掘り下げます。
第5回は、認定NPO法人ジャパンハート 理事長の吉岡春菜さんと、同団体の最高顧問である吉岡秀人さんご夫妻。
ミャンマーやカンボジアを中心に無償で医療を提供するために奔走してきたお二人は、お互いの存在をどのように受け止めているのでしょうか。
—— 出会いのきっかけと結婚の経緯は?
夫の吉岡と会ったのは医学生の頃。私が出入りをしていた小児外科教室に、吉岡が講師としてやってきたのがきっかけでした。すでにミャンマーで医療活動を始めていた吉岡は、現地の子どもたちを救うためにはより専門的な小児外科の知識・技術の習得が必要と考え、勉強の目的で一時帰国していたのです。
本来は兵庫の病院にお世話になるはずが、たまたま席が埋まっていて、私が在籍していた大学病院へ。ほんのちょっとの掛け違いがあれば、私たちは出会わなかったのだろうと思うと、少し運命的なものを感じますね。
自分の専門についての話しかしない医師が多い中で、吉岡は医療以外の分野への好奇心も旺盛で、「知ってる? この日本語の語源はね……」と話題が豊富。一緒にいると面白くて、興味を持っていろんな話を聞くうちに、「医療が届かないところに医療を届ける」という夢に惹かれるようになりました。
—— なぜ「この人」と結婚しようと思ったのですか?
誰のために医療をやりたいのか。明確な目的を持つ姿勢を尊敬できましたし、その目的にも深く共感できたからです。
実は、私はもともと結婚願望がなく、「ずっと一人で生きていくのかも」とぼんやり考えていました。育った家庭が両親ともに再婚のステップファミリーで、「家族」に対する明確なイメージが持てなかったからだと思います。
他人と一緒に暮らすことに対してもどこか抵抗があったのですが、吉岡はそういう壁を感じさせない不思議な空気をまとっていました。「この人と一緒になったら、普通じゃない生活を送ることになるかもしれんな。お金に苦労するやろな」と理屈で考えればいろんな不安も浮かんだかもしれませんが、私は直感で決めていました。私自身も医療者として経済的に自立できる見込みがあったから、生活については心配せずに済みました。
大学5年生の時に出会ってほどなくお付き合いが始まって、「私も一緒に同じ夢に向かって進んでいきたい」と強く思うように。私が大学を卒業した2003年の年末に夫婦になりました。家族だけの結婚式を挙げるためだけに吉岡がミャンマーから1週間だけ帰国し、また慌ただしく飛び立っていったんですよ。
翌年には私もミャンマーへ合流。一つ屋根の下で、看護スタッフも一緒に暮らしていたのですが、水も食料もなかなか手に入らず、大雨がシャワー代わりという、なかなか過酷な新婚生活でした。でも嫌だと思ったことは一度もなくて、むしろ楽しい思い出になっています。
子どもが寝たら1時間話す
—— お互いの自己実現を支援するために、大切にしてきたことは?
私たちは、性格は全然違う夫婦だと思います。私はどちらかというと感覚派で、理論立てて考えるのが苦手。吉岡は理詰めで結論を出し、行動する。タイプが違うから、ちゃんと話すことが大事だと考えてきました。
何か始めようとするときに、なぜそれをやりたいのか、お互いに腑に落ちるまで話をする。2本の直線を重ねるときに、最初にちょっとでもズレていると、そのズレの幅は時間が経つにつれてどんどん大きくなってしまいますよね。だから、最初に納得できるまで話すのが肝心なんです。
そして、「一度話したから」と安心するのも禁物。顔を合わせない遠距離の1カ月の間に、お互いの考えが微妙に変化し、認識にズレが生じる失敗も結婚初期にはありました。そのうち、「子どもが寝静まったら、夫婦で1時間は話をしよう」というのが、私たちのルールになりました。
吉岡はこれまで私の希望も尊重してくれました。次男がまだ2歳くらいだった頃、私は日本で子育てをしながら小児科医としてのキャリアを磨きたいと考えていました。愛知県の病院で3カ月ほど小児精神領域の研修を受けたいと相談したところ、返ってきた言葉は「やりたいと思ったことはなんでもやったほうがいい」。実現が難しい問題があるなら解決策を練ればいいのだと、一緒に考えてくれました。
結果、選択した方法は、同居していた義母も子どもたちも一緒に連れて、名古屋に引っ越すこと。活動拠点のミャンマーとのアクセスがいいように、中部国際空港の近くのマンションを選びました。どんなときでも打開策を柔軟に探ろうとする姿勢は、公私の両面で発揮されていると思います。
一方で、私自身もパートナーの可能性を広げる存在でありたいと思っています。4年前に吉岡からバトンを引き継いでジャパンハートの理事長に就任したのも、彼を医療の枠の外にまで“解放”させて、持てるものをどんどん社会のために使ってほしいと願ったからです。
実際、途上国での医療活動だけでなく、奄美大島の大島紬の伝統技術や岡山県の天然鰻の保護・普及活動、学校教育の支援など、領域を広げて動く姿はイキイキとしています。私には到底できないことだらけですが、彼の後方支援をするのが楽しいんです。ロケットを遠くまで安全に飛ばすのに欠かせない整備スタッフのような存在になること。それが私の喜びです。
—— パートナーから言われて、一番うれしかった言葉は?
「ありがとう」です。ささやかな言葉ですが、吉岡は普段からこまめに「ありがとう」と言ってくれるんです。特別な日だけでなく、日常の中で何度も。
今の日本社会では、子育てや家事はどうしても女性が担う場面が多く、同時に社会的な責任のある仕事を続ける女性も増えていますよね。そんな中、女性が全てのことにやりがいを持って取り組んでいこうと挑むときに、配偶者が日常的に「ありがとう」と言ってくれるだけで、女性は相当救われるのではないでしょうか。
ある研究では、感謝の言葉を掛け合う家族ほど、子どもに対する虐待も少ないという報告もあります。短くてつい省きがちな言葉ですが、大切にしたいですね。
「靴を揃える」ことで振り返る習慣を
—— 日頃の家事や育児の分担ルールは?
特に分担ルールはありません。吉岡は一人暮らし歴が長く、料理は私より上手です。「今日は忙しいから、作ってくれる?」とお願いすると、手早く作ってくれます。
同居しているお義母さんも、家事・育児の強力なサポーターです。関西人同士、気が合って楽しく暮らしています。
—— 子育てで大事にしている方針は?
息子たちが小学校に上がるまでに特に教えてきたのは三つ。靴を揃えなさい、挨拶をちゃんとしなさい、呼ばれたら返事をしなさい。
靴を揃えるという行動は、自分の後ろを振り返ることです。後ろから見ても恥ずかしくない行動ができているか、その意識を持てる大人になってほしいという思いがあります。
挨拶や返事は、対人関係のため。愛嬌があって周りの人に大事にされるコミュニケーションを身につけてほしいからです。
息子たちが将来就く職業については、特に「こうなってほしい」という願いはありません。両親共に医療者ですと、医療の道を考えがちかもしれませんが、私たちは世の中に役立つためにたまたまこの道を選んだだけ。広い視野で、自分の力を発揮できる道を見つけてくれたらいいと、吉岡ともよく話しています。
自分の行動一つで、誰かが幸せになる。この変化に喜びを感じられる人間になれたら、きっとどんな職業を選んでも豊かな人生が送れるのではないかと思っています。
つかみ合いに発展した「たこ焼き事件」
—— 夫婦にとって最もハードだった体験は? それをどう乗り越えましたか?
これといった危機はないのですが、あえて挙げるとしたら10年前の「たこ焼き事件」(笑)。
親戚が集まって子どもたちがはしゃいでいるときに、吉岡がたこ焼きを買って帰宅したんです。日中によほど嫌なことがあったのか、すごく不機嫌でした。「おーい、たこ焼き買ってきたぞ」と呼びかけても、遊びに夢中な次男から返事はなし。怒った彼は、パッと手を出してしまって、次男がコロコロと転がったんです。
普段は見ない光景にびっくりした私は「暴力はあかん!」とつかみ合いに。親戚が止めてくれたのですが、つい「こんなことするくらいなら帰ってこんほうがいいなぁ!」と言ってしまったんです。すると、本当にしばらく帰って来なくなっちゃって(笑)。どう解決したらいいのかと、吉岡が私の兄にまで相談していることが分かって、私から「ごめんな。帰ってきてな」と謝ったら、無事に帰宅してくれました。今となっては懐かしい、たこ焼き事件です。
—— これからの夫婦の夢は?
私たちの活動の原点であるミャンマーが、今とても大変な状況になっています。政治が不安定な国ほど、確実に医療が届く体制づくりが求められています。
私たちは2016年にカンボジアに医療センターを設立し、2018年からがん治療も始めています。ミャンマーにも同様に、100%チャリティーで運営する病院を設立するのが、私が描くこれからの目標です。日本の医療者が世界に貢献しながら研鑽できる機会を、これまで以上に増やしていけたらと思います。
夫婦は「幸せを倍増する仕組み」
—— あなたにとって「夫婦」とは?
あらためて振り返ると、夫婦とは「幸せを倍増する仕組み」なのだと感じました。一人ではなし得ないことも、夫婦だと可能になる。
夫婦は他人同士ではありますが、長い時間を共にする相手です。相手の人生が豊かになることは、自分の喜びでもある。建前ではなく本音で、一緒に幸せになれる。だから、お互いの夢を応援したくなる存在なのだと思います。
—— 日本の夫婦関係がよりよくなるための提言を。
お互いに過度に期待しない心がけを大切にしたいですね。「私はこれだけやっているのに」と不満を募らせるのは、あまり健康的ではありません。相手に何かしてもらうのを期待する前に、“自分が何ができるか”を考える。これがお互いにできれば、夫婦のいざこざは起こらないのではないでしょうか。
挨拶も自分からするほうが気持ちがいいように、夫婦間の思いやりも自分から。そして、こまめな「ありがとう」。私たちも心がけていきたいです。
(▼敬称略・夫編に続く)