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貧困家庭の子どもが直面する「体験の格差」と向き合う、ある児童養護施設の挑戦。

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一般家庭の子どもたちとの格差をなくそうと取り組む児童養護施設、至誠学園(東京都立川市)。

撮影:ヒオカ

生い立ちの環境によって、圧倒的ハンデを持つ子どもたちがいる。

その属性はいくつかあるが、貧困家庭、ヤングケアラー(大人が担うことが想定されている家事や家族の世話を日常的に行う子どもたち)、そして今回取りあげる児童養護施設の子どもたちも、象徴的な例だろう。

「普通」を手に入れるための途方もない道のり

筆者の父親は精神的な疾患を抱え、定職に付くことができなかった。父は障がい者雇用やアルバイトを転々とし、時折無職となった。筆者はそうした貧困家庭で育った。その後なんとか公立の大学に進学したが、その過程で、一般家庭の子どもたちとの違いを色濃く感じる場面が幾度となくあった

その体験を克明に書き記したnoteを公開したところ、数百件のメッセージが届き、「日本にこんな貧困があると知らなかった」「貧困は努力でどうにかなるものだと思ってきた。人生観が変わった」という声が寄せられた。

大学に行きさえすれば。就職できさえすれば。そうすれば、生まれ持った差は埋められる。ほとんどの人がそう思っているのだと知った。そんな声を聞くたびに、見えている景色のあまりの違いに、愕然とする。

実際は、育った環境の格差を埋め、「普通」を手に入れるためには途方もない過程が待っている

児童養護施設や里親家庭などで育ったことがある若者について、厚生労働省は初めての実態調査を4月に公表している。それによると最終学歴は、中学卒・高校卒が8割を占める一方、大学や短大、専門学校などを卒業したのは1割強にとどまった

また、退所に向けての不安や心配だったことをみると、「生活費や学費のこと」の割合が最も高く 47.0%(複数回答可)など、18歳での退所には多くの課題があることが伺える。

その中で、一般家庭の子どもたちとの格差を無くすための取り組みをしている児童養護施設がある。東京都立川市にある至誠学園。名誉学園長である高橋利一さんの話から、一般家庭との差がどんな場面で生じるのかを、5つの観点から描いていきたい。

1. 教育格差・大学進学率は12%

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至誠学園、名誉学園長の高橋利一さん。子どもたちの体験格差に注目し、サポートを続けてきた。

一般家庭で育った子どもと児童養護施設で育った子ども。その環境の違いの一つ目は、やはり教育格差だ。

児童養護施設の子どもたちは塾に通うことすら難しい。だが、学費が比較的安い国公立大学に進学したり、給付型の奨学金を受給したりするためには、バランスの取れた学力を身に着ける必要がある。

至誠学園では、慶応義塾大学の学生たちが、ボランティアで学習指導を行っている。大学進学率の全国平均が約50%に対し、児童養護施設の子どもたちは約12%

その中で、2020年3月に至誠学園を卒業した子どもたちのほとんどが大学、専門学校への進学を果たしている。過去には難関大学合格者も輩出しており、そうした先輩たちが大学進学を希望する子どもたちをサポートしている。

進学を後押しする中で、課題はないのだろうか。高橋さんはいう。

「比較的早い段階(年齢が低い)で施設にきた子どもたちは、進学を見据えた長期的な計画を立てやすく、進学に向かえることが多いです。一方、高校生になってから施設に来た子どもたちは、家庭で負った傷や抱えている課題を解決することが優先で、(進学に集中することが)なかなか難しいです

2. 圧倒的な「体験の差」

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学園の広大な敷地には、滑り台などの遊具のほか、家庭菜園や、鶏小屋も。圧倒的な「体験格差」を埋める環境を用意している。

高橋さんは、一般の子たちと施設の子たちの違いに、学力だけでなく圧倒的な「体験の差」を挙げる。施設ではその差を埋めるためにカヌーまであった。敷地のすぐ隣を流れる川で、子どもたちとカヌーをするのだという。

施設の子どもたちはガール/ボーイスカウトへも参加している。以前、「施設の子どもが奉仕活動」と新聞に掲載されたた時、子どもたちの中から「施設の子どもではなく、普通の人間として見られたい」という声が上がったという。ガール/ボーイスカウトへ参加し、地域の子どもたちとともに奉仕活動をする中で「普通の子ども」として見てもらえる喜びと達成感は、自己肯定感を育てることになるというのだ。

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木の温もりを感じさせるおもちゃ。幼少期から成人してからも、学園は子どもたちが訪れる場所になっている。

撮影:ヒオカ

筆者が以前取材をした地方の児童養護施設の生徒は、「施設の子どもはほとんど成人式に参加しない。参加できたとしても振袖が着られません」と話していた。至誠学園では、七五三の際は全員に晴れ着を着せ、近くの神社でお参りをしているという。寄付された着物を施設で保管し、成人式の際は貸し出している。18歳で施設を出た子たちも晴れ姿を見せに、施設を訪れるのだという。

筆者が「晴着を人生で一度も着たことがなく、成人式にスーツで参加したことが心残りです」と話すと、「今からでも遅くないと思いますよ。写真は、見返すときによっても感じることが違います。一生残るものなんです」と高橋さんに笑顔で語りかけてもらえた。

3. マナーや金銭感覚といった社会勉強

テーブルマナー

筆者自身、外食に行くことがほとんどなく、またナイフやフォークを使う場面もなかったため、いまだに人と食事をするときは「ヒヤヒヤする」。

Getty Images/Tetra Images

さらに至誠学園では社会に出た時のために、マナー、金銭感覚を身に着けるための取り組みもしている。

至誠学園には、一軒家で共同生活をする「グループホーム」という仕組みがある。施設での食事は職員が作るが、このグループホームでは子どもたち自らスーパーに一緒に買い出しに行き、野菜の値段を見比べて予算内に収める練習もするという。台所に一緒に立ちながら、コミュニケーションを取るそうだ。

退所後は食事も自分で作り、家計もやりくりしなければならない。職員に頼りっぱなしではなく、自立を見据えた生活力を、身に着ける機会があることも興味深かった。

「都心に仕事で行くとき、差し支えない案件の時には子どもたちも連れていきます。大人同士が、どのような挨拶をし、コミュニケーションを取るかを見せるのです。そしてそのあと、近くのレストランに寄って、食事のマナーを教えます。一人のお客として扱ってくれることの快感を覚えてもらうのです」(高橋さん)

筆者自身、外食に行くことがほとんどなく、ナイフやフォークを使う場面もなかったため、いまだに人と食事をするときは仕草がぎこちない。”育ちがばれてしまわないか”、ヒヤヒヤしながら、相手をこっそり見て真似してやり過ごすことも多い。テーブルマナーや、ビジネスマナーを身に着け、社会に出たときに遜色なく振る舞えることは、とても大事なことだと思う

至誠学園では年に一度、スピークアウト、と呼ばれる退所者の発表会の場が設けられている。退所者が進路や、そこでの学びについて、在園する子どもたちや地域の後援者の前で発表するのだ。

スピークアウトはホテルで行われ、後援者は施設の子どもたちのランチ代を参加費として寄付する。施設で出た後に多種多様な進路に進んだ子どもたちの体験を聞くことで、施設の子どもたちは将来を考える機会になる。

4. 20歳までの居場所の確保にもハードル

児童養護施設には「措置延長」という制度がある。進学など必要に応じて、20歳まで施設にいられる制度だ。しかし、児童相談所の判断と承認が必要で、児童相談所の解釈によっては、制度はあっても適用されずに退所していく子どもたちもいる。

施設による制度への理解や利用された前例に差も生じている。かつて筆者が取材した、別の児童養護施で育った別の女性は、「同じ施設内で『措置延長』を利用した例がなく、年下の子たちからなんで残るの?と疑問に思われ、気まずく思われたくない」と話した。

また、この女性は職員から「20歳まではここにいる権利があるけど、それまでここで暮らすなら、”いさせてもらってる”という意識を持ってね」と言われたそうだ。「施設の人と揉めたくない。ありがとうございました、と言って退所するには一人暮らしするしかなかった」と、複雑な心境を吐露してくれた。

午後8時という門限など、高校生までを想定したルールしか存在せず、大学に進学後の活動に支障が出ることも懸念したという。

5. 進学、就職、結婚と続く困難の多さ

就活生

退学や就職先でうまくいかない子どもたちにも、学園ではサポートを続けているという。

Getty Images/RunPhoto

措置延長は、最終的に児童相談所が下す。高橋さんは児童相談所に対し、子どもたちそれぞれの事情や状況を詳しく伝えるなど積極的に交渉している。こうして至誠学園には措置延長にこぎつけた子どもも何人もいる。

明確な門限を設けないなど、大学生が残りやすい環境作りもなされている。

もちろん措置延長に至らない子や、退所後に退学したり、就職先でうまくいかなかったり子もいるという。その際は、子どもたちの住んでいるところまで赴き、就職先を一緒に探したり、職場とやり取りしたりしている

結婚の際には、施設出身ということで偏見にさらされ、親族に反対されるケースもあるという。そんな時は、親代わりとなって相手のご両親と話し、結婚を許してもらったこともあるそうだ。

進学、進学後や就職後、結婚。その後も続く社会生活の中で、いくつもの困難が子どもたちを待ち受ける。

筆者自身、やっとの思いで進学した後も、PCや教材が買えなかったり、実家にお金を送らなければならなくなったり、格安シェアハウスでのストレスで入院して貯金がなくなったり、あらゆるトラブルに見舞われた。

ぬかるんだ地を歩きながら、足を取られている隣で、舗装された道路を歩く友人たちをみて、なんとも言えない虚無感にさいなまれたものだ。

しかし、だからこそ思うのは、当事者にしか見えない、地続きの困難が可視化されることの必要性だ。自己責任ではなく、公助や共助で格差その差が埋められ、機会の平等や、健康で文化的な最低限度の生活が守られなけらばならないはずだ。

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