同時発売の専用キーボード「Magic Keyboard(ホワイト)」とセットで。ノートPCに近い使い勝手になる。
撮影:西田宗千佳
「同じ見た目で劇的な進化」
今回のiPad Proを一言で表すならこうなるだろう。「Pro」だけに高価(12.9インチモデルの場合、12万9800円から)ではあるが、その価格にふさわしい性能を備えている。
では、どう変わったのか?それを1つずつ見ていこう。
初の「M1搭載」でiPad Proがさらに高速化
iPad Pro 12.9インチモデル。カラーはシルバー。今回試用したのは、ストレージ1TBのモデル。
撮影:西田宗千佳
新iPad Proには、進化点が大きく分けて4つある。そのうち3つは11インチモデルにも共通するもので、最後の1つが12.9インチモデルのみにある要素になる。
まず共通要素からいこう。
1つ目は「速くなった」。プロセッサーが、新世代のMacに使われている「M1」になったからだ。
iPhoneやiPadが使っている「Aシリーズ」はM1の元になったプロセッサーであり、M1は「Macのようなパーソナルコンピューターにより向いたもの」を目指して開発された。その結果、M1搭載Macは「性能が高いわりに消費電力が低く、発熱も小さい」製品になった。
2021年モデルのiPad Proでは、プロセッサーがM1になり、結果としてスピードが上がっている。ベンチマークソフト「GeekBench 5」の結果でみると、だいたい4割の高速化だ。
GeekBench 5でのベンチマーク結果。白(2021年モデル)は黒(2020年モデル)に比べ大幅に性能が向上している。
撮影:西田宗千佳
参考まで同じテストをM1搭載のiMacで行った場合の値。iPad Pro・2021年モデルとほぼ同等である。
撮影:西田宗千佳
実のところ、この値は見事に「すべてのM1搭載Mac」の結果とほぼ同じものだ。現状、どのMac、どのiPadに搭載されているM1も「同じもの」であり、同じように高速なのだ。
iPadにM1を搭載するメリットは体感できるか
では、iPadだとそれはどうメリットが出るのか?
コンテンツを見る・文章を書く程度では、もはや差はわからない。けれども、写真や画像を扱うと差が出てくる。
アドビの写真管理アプリ「Lightroom」を使い、144枚のRAW写真をJPEGで書き出す所要時間時間を計測したところ、2020年モデルでは約152秒かかったものが、2021年モデルでは約96秒に短縮された。37%作業時間が短くなったことになる。これは、ベンチマークソフトで見た性能差とも合致する。
iPad Proはクリエイター向けと言われるが、確かにこの速度はクリエイターにはありがたい。別にプロに限らず、写真や動画、イラストを趣味にする人も多いだろうが、そうした人々にも大きな価値かと思う。そして、この特性はもう一つの新要素に関わってくるのだが、それは最後に説明しよう。
ビデオ会議でのジレンマを解消した「センターフレーム」
2つ目が「カメラ」だ。と言っても、本体外側のメインカメラでなく、いわゆるインカメラのほうだ。
iPad Proのインカメラはもともと画質が良く、マイクも質がいい。だから、ビデオ会議にはPCやMacより向いている……と言いたいところなのだが、1点問題があった。カメラの位置の問題で、本体を横にして使う(Magic Keyboardや純正カバーと一緒に使うとそうなりやすい)場合、「自分がカメラに写る位置が真ん中ではなかった」のだ。
そのカメラ位置のため、ビデオ会議が始まると「iPad本体か自分の位置をずらさないといけない」。細かいことだが、微妙に頭を悩ませる話だった。
2021年モデルではこの問題が解決される。
カメラの位置が変わるわけではない。新機能「センターフレーム」によって、顔の位置に合わせて映像が自動的に調整されるからだ。
左が2020年モデル、右が2021年モデルでZoomを起動した「直後」の画面。iPadの位置や自分の座る位置は同じだが、表示されている場所が変わっている点に注目。
撮影:西田宗千佳
どう変わるのかは、以下の動画を見ていただくのがわかりやすいだろう。Zoomを使い、自分の映像がどうなるかを、2020年・2021年モデルの双方で比較したものだ。
自分で座り直している2020年モデルと、自動で画角が変わる2021年モデルの差は大きい。
なぜこれができているかというと、2021年モデルのiPad Proでは、カメラがより広角なものに変わったからだ。iPad Proはそこから顔を認識し、映像を切り出してビデオ会議に使う。
センタフレームは自動的に効くようになっており、アップルの「FaceTime」はもちろん、Zoom、Teams、Google Meet、WebExなど、主要ビデオ会議サービスですぐに使える。
ただ、Zoomは先行して対応を始めていたようで、「切り替えボタン」が設定の中に現れた。アプリ側での対応が進むと、Zoomのようにセンターフレームのオン・オフを簡単に切り替えられるものが増えるのかもしれない。
3つ目は「5G」だ。セルラーモデルを購入すると、日本の主要携帯電話事業者の5Gサービスが使える(ミリ波には対応していない)。
今購入するハイエンド製品なら、対応通信規格が4Gのまま、というのはちょっと問題がある。5G対応は当然の選択だ。
ミニLEDの「コントラスト改善」で立体感が向上
最後の4つ目のポイントが、12.9インチモデルのみに関係する要素。液晶への「ミニLED」の導入だ。
ミニLEDとは液晶ディスプレイに使われるバックライトのことだ。
2020年モデルのiPad Proを含む一般的なPCやタブレットの場合、液晶のバックライトは「横」にあり、画面全体を一様に照らしている。
それに対して、ハイエンド液晶テレビなどで使われているのが「直下型バックライト」。液晶の「後ろ」にLEDを並べ、表示する映像の明るさ・暗さに合わせてLEDをコントロールする。これによって、液晶が苦手とするコントラストと発色の改善を目指すものだ(くっきり、パキッとした高品質な映像になる)。
ミニLEDも直下型バックライトの1つであり、小さなバックライトを多数使うものを指す。iPad Proの場合には、1万個のバックライトを使っている。結果的にコントラストはカタログ値で「100万対1」に改善された。
それがどんな結果を生み出すのか?
以下の写真を見てみよう。これは、同じ写真・動画を2021年モデル(左)と2020年モデルで表示し、撮影したものだ。見え方が大きく違っている点に注目していただきたい。
なお、表示比較の写真はソニーの一眼「α7 III」をマニュアル設定にて撮影している。
シンプルにすぐ気づくのは、夜景での照明が非常に明るく感じること。そして白がより美しく見えていることだ。
特に見るべきところは、明るさ以上に「立体感」だ。例えば、床のタイルや角が飛び出している様子、雲が手前に伸びている様子などは、同じ平面の写真なのに、コントラストが高い2021年モデルの方が写実的で、立体的に見える。
その結果として、色もはっきりと、より再現性が上がったように感じる。
これが、「映像のコントラストが上がる」ことの効果だ。
2020年モデル(右)は黒が完全な黒ではないが、左の2021年モデルはちゃんと「黒い」。この差は実物だと、肉眼でも十分にわかる。
撮影:西田宗千佳
実のところ、こうした効果は、有機ELや直下型バックライト液晶を使った「テレビのハイエンド製品」や、質の良い有機ELを使ったスマートフォンでも確認できる。同じアップル製品同士で言えば、iPhone 12シリーズとiPad Pro・2021年モデルの画質傾向は近い印象を持つ。
ただiPad Proの場合、テレビに比べると弱点も見つかる。明るい部分の光が暗い部分に漏れ出て不自然な輪郭ができる「ヘイロー」という現象が出やすい。これは、バックライトと光る領域のコントロールが未成熟な場合に起きやすい。ミニLEDの使いこなしという意味では、アップルはまだテレビメーカーにかなわないところもあるようだ。
「プロの道具」は必ずしもオーバースペックではない
とはいえ、これだけ高画質なディスプレイが「13インチクラスのタブレットに入っている」ことには、極めて大きな意味がある。
映像編集や写真編集に使えるのももちろん魅力だ。
映像を楽しむ「ファン側」の目線に立っても、「映画やドラマの画質が上がる」ことになる。通常の映像でも十分に差がわかるが、「HDR撮影されたビデオ」や「HDR対応の映画・ドラマ」では、より明確に差が出る。パーソナルなサイズの動画視聴ツールとしては最高級の画質といって差し支えない。
また、コントラストが上がるということは、「そこまで明るくしなくても文字や絵が見やすくなる」ということでもある。ウェブなどを読む場合、輝度を落とした場合でも、2020年モデルに比べ見やすい。黒がより黒くなり、視認しやすくなるからだ。夜などにバックライトを抑えて使いたい人にも向く。
ウェブを表示。白がより明るく見えて、全体的にはっきりする。なので、輝度を2020年モデルよりも絞っても快適に感じる。
撮影:西田宗千佳
他方、これだけリッチな画質のディスプレイが搭載されているため、12.9インチモデルのiPad Proは、11インチモデルに比べて高価だ。12万9800円から、という価格は、やはり「こだわりに対して相応のコストを払える人」向けのものだ。厚さも重量も、2020年モデル比べほんの少し増えている。
左が2020年、右が2021年モデル。わずかだが厚くなっている。ただ、持ち比べてわかるレベルではないだろう。
撮影:西田宗千佳
裏面。ミニLED採用でわずかに厚くなったものの、デザインそのものは特に変わっていない。
撮影:西田宗千佳
比較すれば「12.9インチ・2021年モデル」に見劣りするとはいえ、「12.9インチ・2020年モデル」(旧型)や「11インチ・2021年モデル」(新型11インチ)も、画質は決して悪くない。
コストパフォーマンスで選ぶ、という選択肢もあるだろう。
1つ言えるのは、プロ向けにこだわったディスプレイには、それだけの価値がある画質と体験がしっかりとあった、ということに尽きる。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』(朝日新聞出版)、『ソニー復興の劇薬』(KADOKAWA)、『ネットフリックスの時代』(講談社現代新書)、『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』(エンターブレイン)がある。