リーダーのビジョンには望ましい「語り方」がある。経営学の最新知見に学ぶ【音声付・入山章栄】

今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。

リーダーがビジョンを語ることの重要性は、今さら強調するまでもないでしょう。でも意外に知られていないのは、「どんな語り方をすれば、全従業員にブレることなく共通のイメージを持たせられるか」。

この問いに答えてくれる経営論文を、早稲田大学ビジネススクールの入山ゼミで取り上げ議論したそうです。果たしてその中身とは?

【音声版の試聴はこちら】(再生時間:10分22秒)※クリックすると音声が流れます


リーダーはどのようにビジョンを語るべきか

こんにちは、入山章栄です。

僕はいま、早稲田大学ビジネススクールという社会人大学院で、多くは大手・中堅企業の社員であるゼミ生たちと、海外のトップ学術誌に掲載された最先端の経営学の論文を読んでは、ゼミ生たちの仕事の現状と突き合わせるということをしています。まさに「抽象と現実の、究極の知の往復」です。

最先端の学術知見と、今ビジネスの最前線で働いている若い社会人の声を突き合わせることで、とても深い学びができるのです。僕も新しい知見や洞察を得ることがよくあります。

この連載の第57回でもこの入山ゼミで学んだことをみなさんにシェアしましたが、今回はその第2弾です。

今回ご紹介するのは、2014年に『Academy of Management Journal』という経営学のトップ学術誌に掲載された“A (Blurry) Vision of the Future: How Leader Rhetoric about Ultimate Goals Influences Performance”という論文です。書いたのは米ペンシルべニア大学のアンドリュー・カートン等の、若手研究者たち。

この論文を一言で言えば、「リーダーは、どのようなに部下にビジョンを語りかけるべきか」を研究した論文です。

この連載で何度も強調しているように、ビジョンは会社にとってとても大事です。「われわれの会社は何のためにあるのか」「どういう未来をつくって、世界に貢献していくのか」といった長期のビジョンを掲げ、それを社員に伝えていくのは、リーダー・経営者にとって最も重要な仕事のひとつです。

社員たちはそのビジョンに共感・納得するからこそ、仕事を頑張れるわけですね。会社の進む未来への「腹落ち」があるから、多少の困難があってもビジョンに向かって一緒に前進していけるのです。

とはいえ、日本の企業の多くはそもそも経営者のビジョンが弱いのも事実です。でも、どの企業にもイノベーションが求められる変化の激しい時代に、大きなビジョンを持って社員を納得させられない会社は淘汰されていくでしょう。

実際、その背景もあってか日本の大手・中堅企業でも、ビジョンを語るトップは増えてきたように思います。ベンチャー業界では、トップがビジョンを語るのはすでに当たり前ですよね。

逆に言えば、欧米などの海外では経営者がビジョンを語るのは当たり前。だからこそ、「リーダーはどのようにビジョンを語ればいいのか」を研究する論文もあるのです。

映像が浮かぶような表現を使うこと

そもそも今回のカートンらの論文以前にも、「リーダーがビジョンを語るときに大事にすべきこと」についての研究はありました。その代表的な研究の主張は、「リーダーがビジョンを語るときは、『イメージ型』の言葉を使うといい」というものです。

イメージ型の言葉とは、聞く人がその頭の中に情景が浮かぶような言葉のことです。なぜなら人間は、抽象的な概念で説明されても、あまりピンとこないからです。でも、その情景が浮かぶような、比喩的な表現を使えば、それを聴いた人は概念ではなく、情景の浮かんだイメージでリーダーの言葉を受け止める。結果として、その言葉に「納得・腹落ち」しやすくなるのです。

例えば「頑張れ」というのは概念ですよね。でも「汗をかけ」と言われたらどうでしょう。皆さんが額を濡らす汗や、体が熱くなる感じがイメージできますよね。

他にも、「根本にある」というよりも「根っこにある」というほうが、ゴツゴツした木の根っこの映像が脳裏に浮かびます。「私たちは新事業を始めました」というよりは、「われわれの事業は、大海原に漕ぎ出した」というほうが、ワクワクした気持ちになるはずです。


BIJ編集部・常盤

BIJ編集部・常盤

それは興味深い。入山先生もこの連載の第39回で、豊かなイメージを想起させる言葉の重要性についてお話しされていましたね。


はい。このようにイメージ型の言葉をリーダーが使うことの重要性は、カートンらの2014年の研究以前にも主張されていました。

では、今回のカートンらの研究が過去の研究と何が違うかというと、一言で言えば、それを会社の経営者(=CEO)に当てはめた、ということです。実は従来の研究は、アメリカの大統領の就任演説のデータを使うなど、同じリーダーではあっても政治家などのデータを使う研究ばかりでした。他方で、経営者が従業員にイメージ型の言葉を使ってビジョンを語ることの重要性を検証した研究はなかったのです。

そこで、カートンたちはアメリカの92の心臓外科を扱う病院を対象としました。民間病院も立派な企業組織であり、そこの経営者は従業員である医師や看護師、さまざまなスタッフたちに、自分たちのビジョンを伝えていく必要があります。実際アメリカでは、ビジョンとバリューがしっかり定めてある病院が多いのです。

カートンらは各病院のビジョンやバリューをテキスト解析し、その内容と病院の業績指標(ROAなど)の間の関係を分析しました。その結果、やはりイメージ型の言葉をビジョンに使う経営者のいる病院ほど、業績が高くなる傾向が示されたのです。

経営者が語る上で重要なもう一つの要素

ただし、カートンらの研究はこれだけでは終わりません。経営者が語る上で重要なのは、ビジョンの他にもう一つあります。

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