イスラエル・ハマス停戦合意は一時的か。“火に油を注ぐ”イランの「ロケット弾支援」

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イスラエル軍とハマスら武装組織の戦闘で破壊されたガザ地区の建物群。停戦後の5月23日、子どもを抱きしめる母親の姿。

REUTERS/Mohammed Salem

5月20日(現地時間)、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム武装勢力「ハマス」と、イスラエルが停戦に合意した。仲介したのはエジプトだった。5月10日に始まった戦闘はいったん停止されることになった。パレスチナ側が240人以上、イスラエル側も12人以上の死者を出した。

ことの発端は、首都エルサレムでイスラエル警察とパレスチナ人による衝突が起きたことで、ハマスはそれをきっかけにエルサレムと周辺地域に向けてロケット弾による攻撃を開始した。

ハマスによるロケット弾攻撃はこれまでもしばしば行われていて、そのたびにイスラエル軍はガザ地区に反撃してきた。今回、これほど大きな戦闘へとエスカレートしたのは、ハマスの攻撃がきわめて大規模だったからだ

今回のようなガザ地区での大規模な攻防は、イスラエル軍が地上侵攻した2014年以来になる。

実はそれ以降も、ハマスが数十発のロケット弾を撃ち、イスラエル軍が空爆で応えた事例は何度も発生している。しかし、ハマス側が反撃を控えたことで、それ以上はエスカレートせずにおさまっていた。

ところが今回、ハマス側は数百発のロケット弾攻撃を連日続けた。最初の1日だけで470発を発射しているが、2014年の衝突時は最大でも1日192発だったのと比べると圧倒的に多い。発射されたロケット弾の総数も4000発以上に達する。

また、今回はハマスが初めから長い射程のロケット弾を使用し、イスラエルの首都エルサレムや最大の商業都市テルアビブを標的にしたことも決定的だった。

米ニューヨーク・タイムズ(5月13日付)によると、最初の2日間に発射されたロケット弾の約17%が長距離射程のものだった。2014年の大規模衝突時に比べてほぼ倍増している。イスラエル側からすれば、ハマスの戦力はその脅威を増したことになる。

ロケット弾戦力の実態は

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イスラエル南部の都市アシュドッドで発見されたロケット弾の残骸。ハマスらの戦力はこの7年間で大幅に向上した。

REUTERS/Amir Cohen

これらの事実は、2014年の衝突で大きな痛手を負ったハマスが、この7年間にロケット弾の戦力をかなり強化したことを意味している。

5月10日の衝突開始までにハマスがどれほどの戦力を確保したのか、正確なところは不明だが、前出のニューヨーク・タイムズ記事は「イスラエル情報機関は、ハマスと他の過激派組織はガザ地区にロケット弾と迫撃砲弾合わせて約3万発を隠しているとみている」と報じている。

ハマスなどが保有していた迫撃砲弾は数千発以上とみられるので、ロケット弾の保有数は、ハマスと他の過激派組織を合わせて、多ければ2万数千発ということになる。

他方、地元紙エルサレム・ポスト(5月17日付)は「ハマスが保有していたロケット弾は1万4000発」と指摘する。

ガザ地区ではハマス以外にもいくつかの武装組織が活動しており、エルサレム・ポストの別記事(5月11日付)によれば、そのうちイラン直系の「パレスチナ・イスラム聖戦(PIJ)」は独自に8000発のロケット弾を保有している。

ハマスの保有分と合わせると、ロケット弾の総数は2万2000発になり、ニューヨーク・タイムズの報道ともそれほど違わない数字になる。

ちなみに、ハマスの軍事部門「カッサム旅団」の兵力は約4万人、イスラム聖戦もおよそ9000人の兵士を擁する。ガザ地区でイスラエルと戦っているのはハマスだけでないことを忘れてはならない。

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パレスチナ自治区のガザ地区を行進するハマスの兵士たち。

REUTERS/Mohammed Salem

エルサレム・ポストによると、今回の衝突前の時点でハマスが保有していたロケット弾は、イスラエルのほぼ全土を攻撃できる射程100~160kmのものが数十発、エルサレムやテルアビブを攻撃できる射程70~80kmのものが数百発、南部アシュドットなどいくつかの都市を攻撃できる射程40~55kmのものが5000~6000発で、それ以外の大多数は短距離射程のロケット弾という。

イスラム聖戦も、射程100㎞以上のロケット弾をごく少数、射程40~55kmのものなども保有するが、大多数はそれより短射程とみられる。

今回の衝突で、ハマスとイスラム聖戦は合計4000発以上のロケット弾を発射しているが、2万数千発という推定数を踏まえると、未発射のロケット弾がまだ多数あることになる。

ただし、長距離射程のロケット弾に限っていえば、前述したようにもともと大量に持っていたわけではないので、今回の攻撃でかなりの割合を実戦使用したことになる。

また、イスラエル軍は今回、約1600カ所の標的を攻撃したとしているが、停戦にあたってイスラエル軍が発表したところでは、「100㎞以上の地下トンネルを破壊し、数百基のロケット砲(=ロケット弾の発射機)と関連施設を破壊し、ロケット弾製造能力に深刻な打撃を与えた」とのことだ。

イスラエルが2014年の大規模衝突時のような地上侵攻まで至らずに停戦を受け入れたのは、空爆と砲撃だけでハマスの戦力および軍事拠点をある程度破壊できたと判断したからだろう

ハマスらの戦力強化はすべて「イランの工作」

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戦闘の始まった5月10日、ガザ地区から飛来するロケット弾を撃墜するイスラエルの対ロケット弾迎撃システム「アイアンドーム」。

REUTERS/Amir Cohen

ハマスが今回きわめて大規模な攻撃に出たのは、エルサレムで起きた衝突に反応しただけでなく、15年ぶりに行われるパレスチナ自治評議会選挙(5月下旬予定だったが延期)で、ハマスと対立する組織「ファタハ」(=ヨルダン川西岸地区を本拠とするパレスチナ暫定自治政府の主流派)に対し優位に立つ狙いがあったとの分析も、メディアなどでみられる。

しかし、そうした政治的意図に関する推測より、客観的な事実として見過ごせないのは、前節で触れたようにハマスとイスラム聖戦がこの7年間でロケット弾の戦力をこれほどまでに増強していたことだ。

イスラエル軍の対ロケット弾迎撃システム「アイアンドーム」により、結果としてはほとんどが撃ち落とされたものの、ロケット弾の増強、さらには多数を同時に発射する能力の向上により、従来にない大規模な攻撃が可能になったことは特記すべきだろう。

そして、何より重要な事実は、こうしたハマスとイスラム聖戦の戦力強化がすべてイランの工作によって実現したということだ

パレスチナ・イスラム聖戦は、1980年代初頭の創設時からイラン機関の下部組織のようなもので、同じくイラン直系のレバノン民兵(イスラム教シーア派)組織「ヒズボラ」や、イランと関係が深いシリアのアサド政権と協力関係にある。

イランは1979年のイスラム革命後、「革命の輸出」と称して国外のイスラム勢力支援に乗り出しているが、同じシーア派だけでなく、スンニ派のイスラム過激派の武装闘争も支援してきた。

そうした対外工作を担当したのがイラン・イスラム革命防衛隊の「コッズ部隊」で、同部隊からイスラム聖戦は全面的な支援を受けてきた。

他方、ハマスはもともとエジプトを本拠とするスンニ派組織「モスレム同胞団」のパレスチナ支部だったグループで、シーア派のイランとは一線を画していたが、そのうち上記のコッズ部隊から資金援助を受けるようになり、連携が進んだ。

例えば、ハマス政治指導部は1990年代にヨルダンを本拠にしていたが、その後同国から追放されてカタール、さらにシリアに拠点を移動。アサド政権およびイランとの関係を深めた。

その後、2011年にシリアで民主化闘争が勃発すると、同国内に暮らすパレスチナ難民をアサド政権が弾圧したため、シリアとハマスの関係は悪化。しかし、資金難を背景に、ハマスはイラン・イスラム革命防衛隊のコッズ部隊からの支援を受け続けた(なお、ハマスの政治指導部は現在、カタールに本拠を置く)。

こうした経緯から、イラン直系のイスラム聖戦はもちろんのこと、ハマスも武器に関してはほぼ完全にイランのコッズ部隊からの支援に依拠しているのである。

パレスチナ・イスラム聖戦とイランの関係

なお、こうしたイランとの関係は秘密でも何でもなく、ハマス・イスラム聖戦ともに以前から公の場で喧伝している。

例えば、イスラム聖戦幹部のラメス・アルハラビは5月7日、イラクのアル・アハドTVにインタビュー出演し、イランに対する感謝をまくしたて、イスラム聖戦はイランの革命防衛隊に訓練され、武器の資金はすべてイランが拠出したと語っている。

アルハラビは同インタビューで、イラクで米軍に殺害されたコッズ部隊のカセム・ソレイマニ前司令官への敬意を強調し、「ガザ地区のほぼすべての家にソレイマニの写真が飾られている」などとも語っている

また、イスラム聖戦のジアド・アルナハレ事務局長も2021年1月、イランのアル・アラムTVのインタビューに応じ、「ソレイマニがいなければ、ガザ地区は戦えなかった。すべて彼の功績だ」などと礼賛。

さらに別のインタビューでアルハナレ事務局長は、ソレイマニ前司令官の工作によって、パレスチナの若者数千人が国外で軍事訓練を受けたとも証言している。

イランからハマスへの支援の実態

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2020年1月に米軍に殺害されたイラン・イスラム革命防衛隊のカセム・ソレイマニ少将(コッズ部隊司令官)。パレスチナ自治区を含む海外での破壊工作を自ら采配していた。

REUTERS/Aziz Taher

一方、ハマス幹部もイランへの感謝を公の場で力説している。

例えば、停戦を受けて5月21日、ハマス最高指導者のイスマイル・ハニヤ政治局長は、テレビ演説で「イランの資金と武器の提供に感謝する」と強調した。

さらに興味深いのは、ハマス指導部のサレ・アルアロウリ政治局次長が2020年5月、レバノンのマヤディーンTVのインタビューで次のように語っていることだ。

「関係が冷たくなった時期(筆者注:ハマスとシリア・アサド政権の関係悪化を指す)でさえ、イランは我々を支援してくれた」

「私が初めてソレイマニに会ったのは2010年か11年。その後に何度か会い、私自身もイランを訪問した」

同インタビューによれば、アルアロウリ政治局次長は最初のイラン訪問時にハメネイ最高指導者と会見。ハメネイはその場でソレイマニにパレスチナ支援を指示し、それ以降、コッズ部隊との関係が深まっていったという。

また、ハマスのガザ地区代表であるヤヒヤ・シンワルも、2019年5月の会見で「イランの支援がなければ、我々はテルアビブにロケット弾を発射する能力は持てなかった」と断言する。

レバノン民兵組織ヒズボラのハッサン・ナスララ最高指導者も2020年12月、「ガザ地区の武器のほとんどはコッズ部隊が供給している」「彼らはスーダンにガザ地区向けの武器工場も持っている」などと発言している。

なお、ヒズボラの機関紙アル・アクバルは2020年1月、ガザ地区に武器を密輸するために、ソレイマニ前司令官は次のような手法を確立したと報じている。

イランからの武器密輸はもともと、船舶でいったんスーダンに移送し、そこからエジプト経由で陸路ガザ地区に持ち込むルートだったが、モスレム同胞団(前出、エジプト拠点のスンニ派組織)を敵視するシシ政権がエジプトで誕生すると、当局による取り締まりが強化され、その武器密輸ルートは使えなくなった。

そこでソレイマニは、武器を固定した樽(たる)を海上で投棄し、海流にのせてガザ地区方面に流すルートを考案したという。

その手法で大型の武器を密輸するのは難しいとしても、ロケット弾を製造するのに必要な材料・部品は送れるのかもしれない。

もっとも、密輸ルートはおそらくそれだけはない。これも大型の武器は無理だろうが、民生品にまぎれ込ませた密輸が現在も試みられているものと思われる。

前出のニューヨーク・タイムズやエルサレム・ポストの記事によれば、ハマスやパレスチナ・イスラム聖戦はイラン・コッズ部隊のお膳立てによって、ガザ地区で独自にロケット弾を製造する能力を獲得している。

イスラエル軍の不発弾や、さまざまな民生品が利用されている形跡があるが、どうしても自前で製造できない一部の材料や部品については、さまざまな手法でエジプトやスーダンなどから密輸する必要がある。

そうした工作およびそれにかかる経費も、すべてコッズ部隊が負担しているという。

停戦は一時的なものにすぎない

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2019年5月、ラマダン(断食月)のさなかに反イスラエルを叫んで集まったテヘラン市民。イスラエルとアメリカはイランにとって対決すべき敵。

Meghdad Madali/Tasnim News Agency via REUTERS

ガザ地区の攻防戦はイスラエルとハマス、イスラム聖戦こそが戦いの当事者だが、背後ではイランの工作機関が武装強化支援を通じて深く関与している。

しかも、それは単なる軍事支援ではない。コッズ部隊の対外工作の手法は、ただのスポンサーに留まらない。戦い方を指南し、作戦を指導する。つまり、ハマスやイスラム聖戦にイスラエルとの戦闘をけしかけるのだ。

それは、あくまでイスラエルに力で抵抗しようとするハマスにとっては、誰よりも力強い味方ということになるが、見方を変えれば、イランによってパレスチナの流血が助長されているともいえる。

紛争の原因としては、イスラエル側によるパレスチナ人弾圧や国際法違反の入植地拡大などがあるが、ハマス側にもこうした問題があることは無視できないだろう。

今回の戦いが地上侵攻に至らず停戦を迎えたことはもちろん朗報なのだが、実のところ問題は何ひとつ解決していない。

今後もイランがハマスやイスラム聖戦への軍事支援を続けることは間違いなく、いずれ再び同じような事態が起こる可能性は、残念ながらきわめて高いと言わざるをえない。

(文:黒井文太郎


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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