こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
CNNの報道によると、アメリカでは少なくとも一度はワクチン摂取を受けた成人の割合が60%を超えました。
CDC(疾病予防管理センター)も、ワクチン摂取を終えて2週間以上経過した人であれば室内でもマスク着用をしなくてよいと発表しました。実際に街を歩いているとマスクをしていない人が増えています。
また、私の周りのシリコンバレーの住人たちの中には、夏休みにメキシコにバカンスに行く予定を立てた人などもいます。明らかに2020年の同時期とは異なり、少しずつ「ノーマル」に戻ってきている行動が見受けられます。
今回は、ノーマルに戻りつつあるということを、データを見て仮説検証する「データドリブンな消費者動向検知」の事例についてご紹介したいと思います。
「人々がプリンをカートに入れるか」で日常に戻ったかが測れる
Kristi Blokhin
食料品の即日配達サービスを提供する米インスタカート(Instacart)が提唱する「プリンパック指数」をご存知でしょうか。インスタカートは、コロナ下で企業価値が4兆円以上(390億ドル)になったことでも知られます。
米インスタカートのブログ記事によると、プリンパック指数とは、ある特定の食料品群の売り上げデータから算出される「生活がノーマルに近づいているのか」の指標だそうです。
同社が取り扱う膨大な食料品の中で、具体的にどんな食品からこの指標を算出したかというと、何とプリンパック、グラノーラバー、フルーツスナックなど、「親が子供用のお弁当に入れている典型的な商品だった」からだと言います。
ポイントは、他のカテゴリーの食料品では、プリンパック以上に「ノーマル」と密接な関係性が見られなかったという点。非常に意外で興味深いです。
それでは、コロナ禍におけるプリンパック指数の変遷を時系列順に見てみましょう。
2020年4月
政府からステイホームの要請が出された最初の月に、プリンパック指数はパンデミック前の基準レベルから48%も急落。
2020年6月~2021年2月
その後、各家庭がニューノーマルな生活に慣れてきたことから、プリンパック指数はパンデミック前の基準値より20%低い水準まで上昇。
2021年3月~4月
ワクチンが普及したことにより、パンデミックが始まって以来、最も高い割合でプリンパック指数が上昇。
2021年5月
現在、プリンパック指数はパンデミック前の「ノーマル」の水準を9%強下回っている。
インスタカートによる、「プリンパック指数」の変化をとりまとめたグラフ。確かに、アメリカの感染状況と経済的停滞と相関関係があるように見える。
出典:Instacart
この結果から、プリンパックの消費動向は、確かに学校や会社の再開、休暇の取得など、人々の「ノーマル」と密接に関連していることが読み取れます。
プリンパックを買うのは主に「子を持つ親」なのになぜ?と思われるかもしれません。が、アメリカにおいて、「親の消費動向」は社会全体の消費動向の指標となっていると言っても過言ではなく、その点では、子供がいる人、いない人に関係なく、「プリンパック指数=ノーマル指数」として、色々な業界に関係してくるということなのでしょう。
Airbnbのデータに見る「コロナ警戒度の変化」
REUTERS/Mike Segar/File Photo
同じようにデータを見ることでコロナ禍の消費者動向の変化検知を行い成功したのが、民泊大手のAirbnbです(注:Business Insider Japanは、2020年9月に、AirbnbのCEO、ブライアン・チェスキーの独占インタビュー記事を掲載しています)。
Airbnbはパンデミックが起こった2020年5月に、社員の25%にあたる1900人を解雇することを発表しました。CEOのブライアンは10%という超高金利で20億ドル(2200億円近く)の借金をするなどして乗り越えようとしましたが、2020年当時の売り上げが前年比で半分以下になることが予想されたこともあり、解雇に至ってしまったそうです(下記で紹介する本人出演のポッドキャストによると、この20億ドルの借金は、たった72時間で調達したそうですが)。
さらに、企業価値はIPOを予定をしていた時の半分程度となり、8週間で売り上げの80%を失うという危機的状況であったと、ブライアンは当時を振り返って述べていました。
ブライアンが当時社員に送ったE-MAILの内容がAirbnb公式ページのNewsとして公開されていますが、その中で予測不可能なことが2つあると述べています。
- いつ人々が旅行を再開するか予測不可能である
- 元に戻ったとしても、旅行のあり方が変わってしまった
アメリカでは2020年5月当時、失業者が急増しており、過去7週間で失業保険申請の数が3300万件を超えていました。また、多くの州が閉鎖されたことでAirbnb上では10億ドル(約1000億円以上)相当の予約キャンセルが殺到したとのことです。
そんな中、経営陣はあるデータを見て、「今までとは本質的に異なる何かが起きている」と気がつきました。それは、今までは都市部に集中していた旅の予約や検索ボリュームが、地方や過疎地に移行してきたということです。
例えば、自宅から数百マイル以上も離れた過疎地への旅先を検索している人が増えていることに気がつきました。旅先と顧客の分布が都市部に集中していたものが、より平坦化し、多くの人が地方を旅先として選ぶようになってきたのです。
この検索ボリュームに関する変化検知の後、ブライアンは「ロックダウン中でも人々は旅をしたがっている。ただ、その旅先が人が密集している観光都市ではなく地方になる」という仮説を立て、一気にHPのレイアウトやデザインを変更しました。
具体的には、
- より長期的な滞在に向いた印象形成
- 地方のホストに対する訴求メッセージ
- コロナ対応の衛生プロトコルの実施
- 新しい評価バッジの導入
などを実施したのです。
結果的に2020年12月に無事、IPOを遂行しました。初値は公募・売り出し価格の2倍にまで上昇し、時価総額は一時1000億ドル(約10兆4400億円)を記録しました。ブルームバーグによると、これは上場日の上昇率としては過去最大級だったとのこと。
また、5月13日発表の最新の決算発表において、ブライアンは「データを見ると、人々は旅をする準備ができていることが分かる」と述べています。例えば、英国では2021年2月にボリス・ジョンソン首相がロックダウンを解除する計画を発表した直後に予約が急増し、フランスでも5月の旅行規制緩和後に予約が急増しました。
また、ワクチン導入の恩恵を最初に受けた米国の60歳以上の顧客に関しては、2021年2月から3月にかけて、Airbnb上での夏の旅行に関する検索が60%以上増加したとのことです。
データ分析をめぐるWeWorkの「ミス」
Shutterstock/YuniqueB
逆に、ビジネス仮説ありきでデータを取捨選択して失敗する例もあります。
例えば、シェアオフィスを運営するWeWorkで新しくCEOに就任したサンディープ・マトラニ氏は、5月12日のWSJの取材でリモートワークに関して、以下のように述べました。
「会社との関わりが非常に深い人は、少なくとも3分の2はオフィスに行きたいと思っている一方で、会社にあまり貢献していない人たちは、自宅で仕事をすることを良しとしているようだ」
この発言を受けて、ツイッター上では「タバコ会社のCEOが喫煙は体にいい、と言うようなものだ」「コカコーラのCEOがコーラを飲む従業員は優秀で(競合の)ペプシを飲んでいる従業員は優秀ではない、と言うようなものだ」という意見であふれ、炎上しました。
伝えたいメッセージがある時に、一つの側面に偏ったデータの取捨選択をしてしまうと、認知バイアスの1つである「確認バイアス(自分が確認したい情報ばかりに注目してしまうこと)」が発生しやすくなります。ビジネス仮説ありきでデータを探すことは、必ずしも悪いことではなく、例えば効率的にデータ収集できるという利点もあると考えられます。
が、必ず「自分の仮説を否定するようなデータがあるかどうか」を併せて見なければいけないでしょう。
Airbnbのように、ビジネスKPIに関するデータをフラットに見た結果、コロナで変わってきた消費者の動向を捉えた例は興味深い事例です。新たな仮説を再構築し、素早いピボットに成功できた例は、データドリブン経営の重要性を理解する上でとても大事だと考えます。
(文・石角友愛)