コロナ禍で大きな打撃を受けた業界といえば、真っ先に思いつくのが外食産業やレジャー関連の企業ではないでしょうか。「ステイホーム」がこれほど長引けば、業績低迷にあえぐ企業が続出するのも無理はないでしょう。
しかしそんななか、アウトドア関連を中核事業としながら、前年比17.6%増・15期連続増収という驚異的な成長を見せている企業があります。アウトドア用品を扱う株式会社スノーピーク(以下、スノーピーク)です。
売上高だけではありません。利益面においても、営業利益は前年比61.6%増、当期純利益は前年比146.4%増と、目を見張る業績です。
驚くのはこれだけではありません。実はスノーピークは「マーケティングをしない会社」としても有名です。現会長である山井太氏の過去の著書(※1)やスノーピーク従業員のインタビュー(※2)でも「マーケティングはしない」「広告宣伝費はゼロ」といった発言が目につきますし、実際、過去の有価証券報告書には広告宣伝費の記載がありません。
近年はさすがに広告宣伝費ゼロとはいかないようで、直近の決算説明資料には広告宣伝費が2.7億円計上されているのが確認できます。とはいえ、売上に占める比率で言えばわずか1.6%。かなり少ないことは間違いありません。
実際、これがどれほど低い値なのかは、この連載で過去に取り上げた企業の一例を見ても明らかです。
例えば第34回、第35回で取り上げたSlackなどは売上の50%を顧客獲得のための販売とマーケティングにつぎ込んでいますし、メルカリ(連載第6回〜第10回)やSansan(同第39回)といった成長企業も、基本的には多くの広告宣伝費をかけています。
もちろん業界が違えば広告宣伝費のかけ方も変わりますが、後述するようにアウトドア用品でスノーピークよりも売上高が大きいゴールドウィンでも、売上高に占める広告宣伝費の割合はスノーピークよりも大きいのです(※3、図表3)。
(出所)メルカリ:2020年6月期有価証券報告書、Sansan:2020年5月期有価証券報告書、ゴールドウィン:2021年3月期決算説明資料、スノーピーク:2020年12月期決算説明資料をもとに筆者作成。
顧客獲得単価と顧客から生涯得られる収入(生涯顧客価値、LTV:Life Time Value(※4))を踏まえ、「生涯顧客価値>広告宣伝費」となるように多額の広告宣伝費をかけて顧客を獲得する——これが、現在のスタートアップ企業のような成長著しい企業の間で主流になっている成長セオリーです。
ところがスノーピークは、こういったセオリーに沿って広告に費用を投じることはしていないのです。では、スノーピークはどうやって顧客を増やしているのでしょうか?
そこで今回は、マーケティング費を多額にかけることなくコロナ禍でも際立った成長を見せるスノーピークの強さの秘密を、会計とファイナンスの視点から分析していくことにしましょう。
金物問屋から国内アウトドアのパイオニアへ
スノーピークは、アウトドア関連商品の国内メーカーとしては業界3位の売上規模を誇ります。
(出所)mont-bell:上場していないためホームページ記載の2019年度の売上高。ゴールドウィン:2021年3月期決算説明資料に記載の売上高のうちアウトドア関連。スノーピーク:2020年12月期決算資料。なお、ワークマンはアパレルが中心でキャンプ用品の取り扱いがないため、除外している。ゼビオHDはキャンプ用品の小売のため除いている。mont-bellとゴールドウィンについては売上においてアパレルが占める割合も多いため、キャンプ用品の製造が中心のスノーピークとは大きく売上に差が出ている。
今ではアウトドア用品として有名なスノーピークですが、その前身は現社長の山井梨沙氏の祖父・山井幸雄氏が1958年に新潟県三条市で創業した金物問屋です。その後、登山用具などの製造事業にも手を広げていきました。
アウトドア製品事業へと本格進出したのは、幸雄氏の息子である山井太氏(現会長)がスノーピークに入社した1980年代後半ごろのこと。
当時のアウトドア市場では、テントと言えば9800円と1万9800円という低価格帯のほぼニ択しかありませんでした。しかし「もっとしっかりしたテントを」との思いから、太氏は16万8000円もする最高品質のテントの制作・販売を決断。「売れないのでは」という社員の懸念は杞憂に終わり、初年度になんと100張も売ることに成功しました。日本のアウドドア史に、ハイエンドのキャンプ用品市場が産声を上げた瞬間です。
その後スノーピークは、オートキャンプ市場やファミリーキャンプ市場を次々に開拓していきます。
2014年にはマザーズに上場、翌2015年には東証一部上場を果たしました。2020年には太氏の娘である山井梨沙氏が社長に就任。いまや時価総額は約800億円と、パソナホールディングスやWOWOWといった企業と肩を並べる規模にまで成長しました。最近では、アパレル分野にも注力して実績を挙げています。
わずかな広告費でなぜ成長できるのか?
ここで、本稿の冒頭で提起した「スノーピークは広告に多額の費用を投じていないのに、どうやって顧客を増やしているのか?」という疑問に立ち返りましょう。
先ほど私は、次のように述べました。
顧客獲得単価と顧客から生涯得られる収入(生涯顧客価値、LTV)を踏まえた上で、「生涯顧客価値>広告宣伝費」となるように多額の広告宣伝費をかけて顧客を獲得していく——これが、現在のスタートアップ企業のような成長著しい企業の間で主流になっている成長セオリーです。
この連載で過去に扱ったメルカリ、Sansan、そしてSlackなど成長著しいIT企業の多くは、売上のかなりの割合を広告宣伝費に投じることで顧客基盤を広げる努力をしています。
しかしスノーピークは売上高対比で言えばそれほど巨額の広告宣伝費はかけていません。ではどうやって顧客を増やしているのか。
要因としてまず考えられるのは、キャンプ市場自体が大きく伸びているということです(図表5)。
(出所)日本オートキャンプ協会「オートキャンプ白書2020」をもとに筆者作成。
有価証券報告書や決算説明資料を見る限り、スノーピークは2020年に新店舗を7店舗オープンさせています。つまり同社は、キャンプ市場の伸長の波に乗って店舗数を増やすことで供給を増やし、顧客を獲得しているのだろうと考えられます。
ただし、スノーピークの成長は「キャンプ市場自体が成長しているから」という理由だけでは片付けられなさそうです。というのも、スノーピークは、キャンプ市場の成長を上回る勢いで新規顧客を獲得しているからです。
その証拠を見てみましょう。
スノーピークでは年間購入額もしくは累積購入額の金額に応じて、ポイントカードのランクが6種類に分かれています(図表6)。
現在の詳細な内訳は開示されていないものの、2014年時点では、スノーピークはプラチナカード以上の保有者を「ロイヤルカスタマー」と位置づけており、その人数は全体の6〜7%とのこと。一方で、これらロイヤルカスタマーによる売上はなんと、全体の4分の1を占めるのだそうです(※5)。
このカードランクはスノーピークにとって重要な指標で、ロイヤルカスタマーがどれだけいるかが同社のKPIのひとつになっています。また過去のデータから、カードの新規獲得数と売上高に相関があることも明らかになっています。
スノーピークのポイント会員数は、2016年第1四半期は20万人弱だったのに対し、直近の2020年第4四半期では52.5万人と、2.6倍以上に増えています。実に、毎年20%以上もの割合で新規獲得が増えている計算になります(図表7)。
(出所)スノーピーク「2020年12月期 決算説明資料および中期経営計画について」(2021年2月17日)より。
先ほど図表5で示したとおり、オートキャンプ参加人口の伸びは2016〜2019年の期間で約1.04倍の増加ですから、それと比較してもスノーピークの成長率がいかに突出しているかがお分かりいただけるでしょう。
スノーピーカーのLTVはどれほど高いのか?
ここまでで、スノーピークの強さの源泉は、同社の製品を熱心に買ってくれるユーザーたち(「スノーピーカー」と呼ばれます)によって支えられているようだということが分かりました。
ただし、こんな疑問を持つ方もいるかもしれません。「いくらスノーピークの製品を気に入っているとはいえ、テントは1張持っていれば十分だろうし、一度買ったらそんなに頻繁にお金を落とす機会もないのでは?」と。
実はそんなことはないのです。
ブラックカード会員は累計100万円以上、サファイアカード会員は累計300万円以上の購入金額というステータスからも分かるように、スノーピーカーは「テントは1張買って終わり」ではありません。
キャンパーとして熟練してくると、TPOに応じていろいろなテントの使い分けができるようになってきます。すると必然的に、複数のテントを揃えたくなる。なかには20張以上のテントを持っているスノーピーカーもいるというから驚きです(※6)。
つまり、スノーピーカーによるLTVは高いのです。
おそらくスノーピークは、カード会員をランク分けすることで、それぞれのカードランクのLTVを計算しているのでしょう。その上で、チラシやメールを使ってプロモーションをかけ、新規顧客を獲得する方法を丁寧に分析しているはずです。
実際、ポイントカードでは、顧客のアウトドア熟達度に応じてランクが上がるように設計されています。
例えば、レギュラーカードからシルバーカードに到達する目安は、アウトドアの入り口として適切な「春夏キャンプに必要な製品」を一式購入した段階。もっとキャンプを楽しみたい人は1年中キャンプに出かけるようになるので、それに応じて必要なものを揃えていくと自ずとゴールド会員になっていきます。
さらに上のブラックやプラチナになると、スノーピーク製品全般に興味を持ち、新製品をこまめにチェックするレベルに達します。このことを端的に表しているのが、スノーピークの決算説明資料にある図表8です。
売上高は客数×客単価で計算できます。先ほど見たように、スノーピークの顧客数は現在毎年20%以上で伸び続けています。さらに、スノーピークポイントカードを通じて、顧客にさまざまな野遊びを提供していくことで、顧客単価を上げる努力もしています。
仮に、ロイヤルカスタマーと言われるブラック会員以上がポイントカード会員の5%を占めるとしましょう。現在のポイントカード会員数は約50万人ですから、ロイヤルカスタマーは2.5万人ということになります。
ブラックポイントカードの条件は購入金額が累積100万円以上ですから、もしロイヤルカスタマー全員が100万円分購入してくれれば、それだけで累計の売上は250億円になる計算です。この金額は、過去最高の売上となる2020年12月期の160億円の売上をはるかにしのぎます。
この先も、スノーピークのポイントカード会員数が継続的に増えていき、各会員のランクも上がっていけば、継続的に売上は増加していくでしょう。
加えて、現在スノーピークはECにも力を入れています。ECを介したポイントカードのサービスを通じて顧客との接点を持つということは、顧客のデータをとれるようになるということ。これはまさに、連載第41回で取り上げた資生堂が目指す「OMO(Online Merges with Offline)」や「DX」化に近い状態です。
つまり、スノーピークは自社のユーザーの購買状況をデータで確認できるからこそ、ポイントランクに応じたプロモーションができるようになるのです。
アップルすら凌駕する粗利率
ここで、スノーピークの強さが伺い知れる数字をもうひとつ見てみましょう。
図表9は、スノーピークの粗利率を他の3つと比較したものです。粗利率とは売上高に占める粗利の割合のこと。ここで粗利とは売上総利益のことで、売上−原価(製造原価含む)で計算されます。
スノーピークの業種は「その他製造業」に分類されますが、このグラフを見ると、同社は製造業の平均や同業他社と比べても高い粗利率を誇っていることが分かります。
(出所)スノーピーク有価証券報告書、Apple Reports 2020 Fourth Quarter Results、平成28年企業活動基本調査確報より筆者作成。
製造業では世界最高レベルとも言えるアップルでさえ粗利率38.2%であることを考えると、スノーピークの粗利率がいかに高いかがお分かりいただけるでしょう。
このことが何を意味するか。高い粗利率を達成できるということは、それだけユーザーに「高い価格を支払ってでもその商品が欲しい」と思ってもらえているということに他なりません。つまり、スノーピーカーにとって同社の商品は、機能的価値は言うまでもなく、精神的価値も高いということです。
今回の記事を執筆するにあたり、アウトドア好きな友人知人にヒアリングをしました。その中でもスノーピークの商品を使っている人たちは口々に「おしゃれで性能も良く、値段は高いものの、コストパフォーマンスで見れば抜群」と絶賛していました。
実は私も先日、せっかくこの連載でスノーピークを分析するのだからと、中学の林間学校以来となるキャンプに1人で行ってきました。いわゆるソロキャンです。
参加したのはスノーピークと提携するキャンプ場での「手ぶらキャンプ」。食材さえ持参すれば必要な道具はすべてレンタルできる。もちろん、テントからまな板まですべてスノーピーク製だ。
筆者提供
キャンプ場に着いてさっそくスノーピークの製品を使ってみたところ、これが想像を超える良さでした。特に素晴らしかったのが、お米を炊くために使ったクッカー(キャンプ用の調理鍋)です。
初心者のソロキャンはみなさんが思う以上に過酷です。慣れない手つきで火をおこし、焚火をコントロールしつつ調理。これをすべて1人でやらなければいけません。
クッカーの底に勢いよく当たる火を見ながら、これではきっと黒焦げだろうと腹をくくっていたのですが、いざクッカーの蓋を開けてみると、お米はふっくらとおいしく炊き上がっていました。
もしこれが黒焦げだったら翌朝まで空腹を抱えて過ごさなければならなかったわけですから、スノーピーク製クッカーの性能の良さには感謝せずにいられませんでした。今後もし友人にキャンプについて聞かれたら、私も間違いなくスノーピークのクッカーを勧めるでしょう。
このように商品に満足したユーザーは、周囲に口コミでその良さを広げてくれます。既存顧客が新たな顧客を連れてきてくれることで、スノーピーク自身は広告宣伝費をかけなくても自然と顧客基盤が大きくなっていきます。おそらく現在のスノーピークは、そんな好循環のサイクルに入っているのだと推測できます。
ここまでで、スノーピークの強さの源泉が「スノーピーカー」と呼ばれる熱狂的なファンの存在にあることが分かりました。
ではそもそも、スノーピークはなぜこのような熱狂的なファンを生み出すことに成功したのでしょうか。後編ではその点について考察していくことにします。
※後編は5月27日(木)公開予定です。
※1 山井太『スノーピーク 「好きなことだけ!」を仕事にする経営』日経BP、2014年。
※2 鎌田慎也「広告費ゼロのSnow Peakに聞く、ブランディングとは。」『AdverTimes』2017年6月19日。
※3 スノーピークは広告宣伝費以外にも販売促進費を約3億円計上しています。仮にこれを加えても売上高に占める割合は3.4%であり、ゴールドウィンの半分以下です。
※4 LTVについては、Slackについて取り上げた連載第35回で詳しく分析しています。
※5 山井太『スノーピーク 「好きなことだけ!」を仕事にする経営』日経BP、2014年。
※6 山井太『スノーピーク「楽しいまま!」成長を続ける経営』日経BP、2019年。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。