撮影:竹井俊晴
この1年で個人の生活様式は大きく変わった。とりわけ「娯楽」という観点で生活様式の変化をみていくと、20代を中心に、興味深いトレンドが発生していることがデータにもあらわれてきた。
公的な経済統計や現金を含む消費全体を捉えた消費動向指数「JCB消費NOW」※を活用して、コロナで成長した娯楽ビジネスを見ていこう。
※JCB消費NOW:
JCBグループ会員のうち、匿名加工された約100万会員のクレジットカード決済情報をもとにJCBとナウキャストが算出した消費動向指数。
3度目の緊急事態の「効果薄」は消費データにも現れた
5月25日時点で、10都道府県に緊急事態宣言が発出されているが、対象地域のGDPが日本全体に占める割合は50%であり、日本経済への影響は大きいと考えられる。
しかし、前回の記事「消費データが示す緊急事態宣言の限界」で指摘した通り、緊急事態宣言が人流を抑制するのはせいぜい1カ月程度。どこまで「効果」が続くのかは疑わしいと思っている。
JCB消費NOWの交通に対する消費指数の推移を見てみよう。コロナ前の水準との比較をするため、今回は2年前比の伸び率を使用している。過去2回の緊急事態宣言とは違い、3度目の緊急事態宣言においては、交通に対する消費指数がマイナス幅を大きく縮めていることが分かる。
注:網掛け部分は緊急事態宣言発令期間を表現。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
交通にはバスやタクシー、電車などへの支出が含まれているため、やはり既に人流を抑制する効果が薄くなっていることがデータから分かる。
通勤通学以外の「外出先」に流行のヒントがある。実は……
撮影:竹井俊晴
それでは、人々はどこに出かけているのだろうか? 同じくJCB消費NOWにおいて、小売り3業態(百貨店、スーパー、コンビニ)と外食3業態(喫茶店・カフェ、ファミレス、居酒屋)における消費指数の推移を見てみよう。
コロナ前(2020年1月)の水準を100として指数化したものが下図だ。
注:2020年1月を100として指数化。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
外出自粛の影響もあり、住宅街に店舗を構えるスーパーやコンビニは自宅から徒歩圏内にあることが多く、これら店舗での消費はコロナ前の水準か、それ以上となっている。
一方、大型駅に隣接・併設することが多く移動が伴う百貨店での消費は冷え込んだままだ。外食に至っては3業態ともコロナ前の水準から3割近く落ち込んだままである。
このデータだけを見ると、人々は依然として外出を自粛しているように見える。しかし、人々が交通機関を利用する行き先が、実は2つある。
1つは通勤・通学。そしてもう1つは密な環境を避けられるアクティビティーの場だ。
データに出現した、20代で盛り上がる「ゴルフ熱」
Ned Snowman / Shutterstock
2020年4月、初めて緊急事態宣言が発出されたときは在宅勤務になったという人は多いだろう。ただ、それ以降の2度目、3度目の緊急事態宣言の時はどうだろうか?
なぜか在宅勤務ではなく出勤している人も多いのではないか。筆者の周りでもそのような人は多い。これが、交通の消費指数のマイナス幅が縮小している理由の1つではあるだろう。
それでは密な環境を避けられるアクティビティーとは? その代表的なものが、意外なことに「ゴルフ」だ。
経済産業省が発表している「特定サービス産業動態統計調査」によれば、1回目の緊急事態宣言時を除けば、コロナ禍においてもゴルフ場やゴルフ練習場の売上高がコロナ前よりも高水準にあることが分かる。
出所:経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」のデータを基に著者作成。
もう少しゴルフについてデータを深堀りしてみよう。JCB消費NOWにおけるゴルフの消費指数を5歳刻みでみていくと、現役世代がコロナ禍においてゴルフにお金を使っていることが分かる。なかでも顕著なのは20代の盛り上がりだ。
注:青線は20~64歳までの平均値、赤線は65歳以降の平均値を表現。
出所:JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」のデータを基に著者作成。
日本最大級のゴルフ専門ポータルサイト「GDO」を展開する上場企業のゴルフダイジェスト・オンラインが2020年9月に公表したデータによると、2020年4月に発出された緊急事態宣言が明けて以降、若年層(20~30代)の予約数が前年の約2倍に増加した。
ゴルフがソーシャルディスタンスを保ちやすいスポーツであるという印象があるから、という理由だけではないらしい。
レストランでの昼食を省略した「スループレー」や、仲間とともに予約しない「1人予約」、2人1組でプレーする「2サム」など、ゴルフ場側も新しいプレー様式を取り入れるなどの工夫が功を奏したようだ。
ワクチンが日本経済再起動のカギ?
東京の大規模接種センターの外観(2021年5月16日撮影)。
撮影:吉川慧
1年以上も続くコロナ禍において、人々の生活様式は大きく変化してきた。買い物はEC、娯楽もコンテンツ配信、外でのアクティビティはゴルフなど3密の環境がさけられるもの。
このように人々は与えられた条件の中で行動を最適化しているが、経済の正常化が望まれるのは間違いない。それでは、そのきっかけは何か? 1つはワクチンということになるのだろう。
消費者態度指数の2020年末からの変化率と、ワクチン接種率を調べてみると、ワクチン接種率が高まるほど消費者心理が改善する傾向がみられる。既に欧米ではコロナ禍で見られたネットサービス業の会員数の増加ペースが減速する一方で、外出を伴うサービス消費は回復傾向にある。
感染しても重篤化リスクが抑えられるという心理的な安心感が外出を伴う消費を押し上げることは十分に考えられるため、日本でも年後半からワクチン接種率の上昇に伴って消費が回復していくのではなかろうか。
森永康平:証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。現在はキャッシュレス企業のCOOやAI企業のCFOも兼任している。著書に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)や『親子ゼニ問答』(角川新書)がある。日本証券アナリスト協会検定会員。