コロナ禍でも15期連続増収増益を続ける株式会社スノーピーク(以下、スノーピーク)。その強さの秘密を解く鍵は、「スノーピーカー」と呼ばれる熱狂的なファンにありそうだということが前回の分析で分かりました。
キャンプ市場自体が拡大中とはいえ、スノーピークのポイント会員数は毎年20%以上と、キャンプ市場の伸びを上回るスピードで増えているわけですから、その秘訣がどこにあるのかが気になります。
そこで本稿では、スノーピークが熱狂的なファンを生み出すことに成功した要因を探っていくことにしましょう。
苦境から生まれた「スノーピークウェイ」
今でこそ過去最高業績を叩き出すほど絶好調なスノーピークですが、ここに至るまでの道のりは、決して順風満帆ではありませんでした。
現会長の山井太氏が、父・幸雄氏が経営するスノーピークに入社した1986年当時は、売上高は5億円ほどでした。しかしその後、オートキャンプブームが到来。1993年には売上高は5倍の25億円強にまで増えました。
ただし追い風もそう長くは続きません。オートキャンプのブームが去ると、売上は6期連続で下がり、1999年には14.5億円ほどになってしまいました(図表1)。
業績が低迷し、「スノーピークに存在意義はまだあるのか」と太氏(当時は社長)が苦悩するなか、ある社員がこんなことを口にしたそうです。
「自分たちの存在意義はよくわからないが、それでもユーザーの顔を見ると仕事を頑張れる」
この言葉をきっかけにして、1998年、顧客と社員とが一緒にキャンプを楽しむイベント「スノーピークウェイ(※1)」が生まれました。イベントを通じてスノーピークの魅力や目指す方向を直接ユーザーに伝えようというものです。
スノーピークウェイの最大のハイライトは「焚火トーク」です。焚火を囲みながら顧客と社員がアウトドアの楽しみ方について語り合うだけでなく、製品についてさまざまなレビューをしてもらうのです。
スノーピークはこうしたユーザーの声を丁寧に拾い上げ、経営にも反映させてきました。例えば、第1回のスノーピークウェイでは「スノーピークの商品は高い」「品揃えの良い店がない」といった声が顧客の間から聞かれました。
そこで、当時社長だった太氏は大胆な意思決定をします。商品を少しでも買いやすくするため、長年付き合いのあった問屋との取引をやめて流通コストを下げたのです。また、品揃えの良さを担保するために、直接取引による専門店のネットワークを全国につくっていきました。
顧客の声を聴き、そのユーザー視点を実際に経営にも反映させる。こうした努力の積み重ねが数字となって表れ、スノーピークの売上は2000年以降、図表2の通り急激に拡大していきました。
スノーピークウェイの焚火トークにはおそらく、「顧客の声を聴いて製品改良につなげる」という以外にもうひとつ、極めて重要な効果があります。
それを読み解く鍵が、一橋大学の野中郁次郎名誉教授らが提唱し、今では世界的にもよく知られる知識創造のプロセス「SECIモデル」です。
SECIモデルを簡単に説明すると、こういうことです。知識には「暗黙知」と「形式知」があります(※2)。個人の持つ暗黙知を形式知化し、その形式知を組織で共有することで組織内に新たな暗黙知が生まれ、それをさらに形式知化していく……この一連のループを言います(図表3)。
組織が暗黙知を獲得するための鍵は「共体験」です。経験を何らかの形で共有しないかぎり、他者の思考プロセスに入り込むことは非常に難しいと言われています。
このことを踏まえてスノーピークの焚火トークにもう一度目を戻すと、このイベントはまさに、経営陣、従業員、ユーザーが焚火を囲んで会話をすることで共体験を実現するSECIモデルの実践の場であることが分かります。
事実、山井太会長は、スノーピークウェイを通してこれまでに10万人のユーザーとキャンプをしてきたといいます(※3)。もちろん山井氏以外の従業員たちも、スノーピークウェイを通じて数限りなく顧客の声を直接聴いてきたことでしょう。顧客の生の声をこれほど聴いたことのある企業は、世界中を見回してもそう多くはないはずです。
またユーザーとしても、製品開発に至るまでの暗黙知や、経営陣や従業員が考えているミッションやビジョンを直接聴けるのも魅力的です。実際、私の知人もキャンプ好きの友人に誘われてスノーピークウェイに参加し、スノーピークのファンになったそうです。
スノーピークの製品は永久保証
もうひとつ、スノーピークという企業を特徴づける取り組みがあります。
スノーピークの商品には保証書がありません。保証をしないという意味ではなく、むしろその逆で、スノーピークの商品はすべて「永久保証(※4)」になっているということです。
ユーザーにしてみれば、もともと商品の品質が高くて故障しにくいうえに永久保証までついているのですから、安心して使い続けることができます。
スノーピークがそれだけ自社の商品に自信を持っているということの証ともとれますし、何より、企業によっては初めから商品の買い替え需要を狙っているようなところも少なくないなか、永久保証を掲げるスノーピークの姿勢はユーザーの目には誠実だと映るでしょう。
こうした取り組みからもまた、スノーピークの商品を使い始めたばかりの新規ユーザーを、やがて熱烈なファンへと変える秘訣になっていると考えられます。
ちなみに、永久保証は財務上どの程度の負担になっているのでしょうか? 2018年12月期からの3年間で、売上高に占める製品保証引当金の割合を見てみると、図表4のとおりです。
2020年12月期は、売上高167億円に対し、製品保証のために新たに計上した引当金は1621万円、率にして0.1%です。100万円売って1000円に満たない引当金繰入額ですし、スノーピークの営業利益率9%を考慮に入れると、この水準なら十分に吸収可能です。つまり、永久保証はスノーピークの財務にとってそれほど大きな負担ではないということです。
ファイナンス的な視点で見れば、製品の品質を高めることで、将来発生する修理費用をコントロールしつつ、ユーザーのロイヤリティを高めることもできるという点で賢い投資と言えます。ハイエンド製品かつ熱狂的なファンがいることで成り立つ、スノーピークならではのサービスと言えるでしょう。
もちろんユーザーとしても、もともと品質には信頼を置いているスノーピークの商品に永久保証までついているのですから、値段が多少高くても満足のいく買い物ができるはずです。
さて、ここまでお読みいただければ、スノーピークがなぜ熱烈なファンを生み出すことに成功しているのか、その理由の一端がお分かりいただけるでしょう。
スノーピークは、世の中やマーケットの状況から判断して商品開発をしたりターゲット層に購買を促したりするような、いわゆるマーケティングはしません(※5)。その代わりに、スノーピーカーたちの声に耳を傾け、自社のミッションステートメント「The Snow Peak Way」に照らして、やるべきことを戦略に落とし込んでいるのです。
(出所)スノーピーク「2020年12月期 決算説明資料および中期経営計画について」より。
このミッションステートメントには、スノーピークが進むべき方向が明示されています。例えば、ここに書かれている「自然志向のライフバリューを提案し実現する」ために、スノーピークは2011年、新潟県燕三条市にある本社を、市街地から同市内の広大な5万坪の土地へと移転させました。
この本社施設「Headquarters」は、目の前がキャンプフィールドになっています。いや正確に言うと、5万坪のキャンプフィールドの中に1600坪の本社施設があるというものです。
本社で働く従業員の中には、オフィスで1日働いてから、家に帰らずに目の前のキャンプフィールドにテントを張って1晩過ごし、翌日にはそこから出社する人もいるようです。内定者や新人は、ここでキャンプ研修も体験します。
これはまさに、ミッションステートメントの「私達は、自らもユーザーであるという立場で考える」という宣言そのものです。
広告宣伝費はかけないが投資には積極的
先述したように、スノーピークは顧客獲得のための広告宣伝費は多額にかけないものの、投資には積極的です。過去5年間の投資額は、累計で100億円近くにもなります(図表6)。
(出所)2016年12月期〜2020年12月期の有価証券報告書をもとに筆者作成。
投資キャッシュフロー(CF)のうち約半分は営業CFでまかない、残りの半分は財務CFでまかなう。これは、連載第9回で解説したキャッシュフロー計算書の8つのパターンのうちの「積極投資型」に当てはまります。
スノーピークの有価証券報告書を見ると、この投資は主に有形固定資産への投資です。投資を積極的に進めた結果、数年のうちに売上が大幅に増えただけでなく、同様のペースで総資産も増えています(図表7)。
(出所)2014年12月期〜2020年12月期の有価証券報告書をもとに筆者作成。
では、スノーピークはこれほどの額の資金を何に投資しているのでしょうか?
図表8をご覧ください。これは2016年12月期と2020年12月期のそれぞれの有価証券報告書に記載されている、主要な設備をグラフ化したものです。2016年12月期には合計20億円ほどだったものが、わずか5年で60億円近くまで増えています。主な投資先は、スノーピークの本社となる3つのHeadquarters(HQ)です。
(出所)スノーピーク 2016年12月期および2020年12月期の有価証券報告書をもとに筆者作成。
加えて、2020年12月時点で、既存の設備とは別に30億円近くもの資金を投じて新しい施設の建設計画が記載されています。なかでも目を引くのが、スノーピークの本拠地である新潟県燕三条に2021年12月完成予定の、25億円規模のスパリゾートです。
この投資を通じて、HQの敷地面積を現在の約16万5000平方メートルから約50万平方メートルへと広げ、隈研吾氏がデザイン設計したスパリゾート施設も開業させる予定のようです。
(出所)2020年12月期の有価証券報告書をもとに筆者作成。
スノーピークがこれほど積極的に投資を進める理由。それは、アウトドアを楽しむ人を増やすためには以下の4つが重なる必要があると考えているからです(※6)。
- キャンプの優れたギア(道具)があること
- 関連する売り場があること
- キャンプ場があること
- 指導する人がいること
スノーピークが製品をつくるだけでなく、店舗をつくり、キャンプ場を運営しているのはそのためです。ミッションステートメントで謳われている宣言に紐づくこうした取り組みすべてが、スノーピークの価値を生み出しているのです。
目指すは「人間性の回復」
スノーピークはこの先、同社のミッションやビジョンを通じてどんな社会を実現したいと思っているのでしょうか。
スノーピークの社会的使命(ミッション)は「人間性の回復と自然思考のライフバリューの提供」です。
私たちが生きる現代は、あらゆるものが便利になる一方で、人が自然から遠のいてしまい、人間性が低下していく時代だとスノーピークは考えています。ではどうしたらよいか。
その鍵は「野遊び」にこそあり、これによって人間性の回復を実現できるのではないか、とスノーピークは考えています(図表10)。
現在の日本のキャンパーの人口は7%ほど。スノーピークはこの値を20%程度にまで伸ばすことを目標に掲げています。ですが仮にこの数字を達成したとしても、まだ80%は非キャンパーです。
そこで、残り80%の非キャンパーに向けた事業展開に踏み出すためにスノーピークが考えついたのが「人間性の回復」というコンセプトです。
アウトドアを通じて体の状態や心の状態をリフレッシュさせることは、非キャンパーにとっても重要だとスノーピークは考えました。その結果、スノーピークは非キャンパーも含む100%の人口に向けた、社会問題解決型事業に変わろうとしているのです。
実際、上述した25億円もの投資を行うスパリゾートを通じて、HQに非キャンパーも呼び寄せ、現在約5万~7万人の年間来場者数を、約15万人に引き上げることを見込んでいます。
このHQについて、社長の山井梨沙氏は「衣食住働遊の聖地とするべく、未来に必要な価値観や生き方を可視化し、その発信源へと育てていく」と話しています(※7、図表11)。
(出所)スノーピーク「第57期ビジネスレポート」より。
ここ数年、スノーピークはミッションステートメントを軸に、アパレル、アーバンアウトドア、ビジネスソリューションといった新たなビジネスへと取り組んできました。
アーバンアウトドア事業は、ベランダにアウトドアのテーブルやチェアを置いたり、公園でアウトドアスタイルの食事を楽しんだりするなど、都市生活者に対してもスノーピークの製品を通じて人と自然をつなぐことで人間性の回復を目指しています。
また、ビジネスソリューションズはオフィスビルの緑地にテントを張って会議を開いたり、キャンプ用品をオフィス家具として顧客に使ってもらう「キャンピングオフィス事業」を推進しています。
これらのビジネスはコロナ禍においても徐々に伸びてきており、特に梨沙氏が社長に就いてからは、アパレルを中心に成果が出始めています(上記図表11)。
このようにスノーピークは、経済に対しても社会に対しても価値を創造しながら、何よりスノーピーカーをはじめとしたユーザーにとっての共通価値を高めているのです。
クリエイティブディレクターの佐藤尚之氏は著書『ファンベース』で、ファンとは「企業やブランド、商品が大切にしている『価値』を支持している人」だと定義しています。スノーピーカーはまさに、スノーピークが大切にしている価値を支持している人たちであり、彼らの熱烈な支持があるからこそコロナ禍での最高業績を実現できたのだと考えられます。
今回は、コロナ禍でも業績が好調なスノーピークの競争力の秘密について、ミッションやCSVの観点も交えながら分析してきました。
1996年から24年にわたって社長を務めてきた太氏が、娘の梨沙氏に社長のバトンを渡して1年。新体制で臨んだ2020年12月期は、コロナ禍でも過去最高の売上と利益というものでした。
スノーピークはこの先、新たな事業を通じて「人間性の回復」という共通価値を社会にどうやって提供していくのでしょうか。これからの動きに注目したいところです。
※1 ちなみに、1988年に作られたスノーピークのミッションステートメントも、このイベント名称と同じ「The Snow Peak Way」です。
※2 暗黙知とは特定状況に関する個人な知識であり、形式化したり他人に伝えたりすることが難しい知識のことを言います。これに対して形式知とは、形式・論理言語によって伝達できる知識を言います。
※3 山井太『スノーピーク「楽しいまま!」成長を続ける経営』日経BP、2019年。
※4 なお、保証の対象にしているのは製造上の欠陥に関係することのみで、素材自体の摩擦や経年劣化などについては保証の対象外になっています。
※5 山井氏は著書の中で、「経営戦略上を決定する上で市場を調査し、同業他社の取り組みを研究したりしながら『競合に対してどう手を打つか』」を考えることを「マーケティング戦略」であると定義しています。
※6 山井太『スノーピーク「楽しいまま!」成長を続ける経営』日経BP、2019年。
※7 「スノーピーク 本社キャンプ施設を3倍に 来春、スパリゾート開業」繊研新聞社、2021年4月27日。
(執筆協力・伊藤達也、サムネイル写真撮影・鈴木愛子、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。