筆者がTwitterで新入社員にアンケートをとったところ、「転職活動を始めた」「転職を検討し始めた」が合わせて4割を超えた。
撮影:今村拓馬
2021年は、コロナウイルスの影響を受け、初めて説明会やインターン、面接までオンライン中心で就職活動を行った人たちが入社した。
4月には「新社会人がんばれ」とか「社会人とは!」のような、おなじみの激励やアドバイスのツイートがTwitterのタイムラインに並んだが、当の新社会人たちからの発信はあまり見られなかった。
街には例年通り、初々しい黒スーツの新社会人がちらほら見られたが、緊張したどこか浮かない表情で歩いている。当事者たちは、新社会人の生活をどのように感じているのだろうか。
就職情報サイト運営の企業で、普段から学生と接する筆者が気になってTwitterでアンケートをとったところ、「転職活動を始めた」「転職を検討し始めた」が合わせて4割を超えた。
アドバイスに盛り上がる先輩たちと冷静な新社会人
実際に声を聞いてみた。
「今研修中ですが、大学の講義と変わらないです。変わったのはスーツ着てることくらいですね」
「覚悟はしていましたが、選考を受けていた時とイメージが違って驚きました」
「社員の方って入社した後に態度変わっちゃうんですね。やっぱりかって感じです」
「リモート暇すぎてこわいです。同期と転職ツールについておすすめとか教えあっています」
ホームページや、Zoomなどのオンライン説明会では、働くイメージがわかなかったという。
とはいえ彼ら彼女らは、おそらく上の世代が思うより冷静だ。入社後ギャップに対して極端に悲観する声は聞こえない。
何より、かつての新入社員と違うのは「転職」というオプションを最初から持っていることだ。終身雇用が崩壊していることはもう誰もが知っている。今は、転職を視野に入れながら就職活動をするのはもはや一般的だ。
個人の仕事選びに大きな変化が起きている。それを支えているのは個人の声や行動の可視化だ。
大卒者の入社3年目までの離職率は1990年代後半から、30%前後で推移し(厚生労働省調べ)、3人に1人に相当する。転職が一部の限られた人の特別なものでなくなって久しいことは、データが示している。
そしてそのデータ以上に、先輩や同年代の「意外と大丈夫だった」「やりなおせる」という身近な人たちの声の存在は大きい。これまで不透明だったキャリアのログ(記録)は個人の声によってこれからも可視化されていく。
「先輩も数カ月で辞めたけど、今は転職先でイキイキと仕事をしている」「インターンをしていた会社からいつでも戻っておいでと言われていたので、一度相談に行くことにした」
新入社員のこうした声は珍しくない。
「お前にいくらかけたと思っているんだ」というロジック
転職や出戻りは、もはや「普通のこと」になりつつある。
「石の上にも3年」「うちで務まらないやつはどこに行ってもダメだ」
「目の前のことを頑張れないやつは、新しいことも頑張れない」
こうした指摘は、精神論として自分で自分を奮い立たせる言葉としては、一定の価値があるように思う。しかし、悲しいことに企業が都合よく個人を管理するために悪用されてきてしまった。
「お前に(会社は)いくらかけたと思ってるんだ」という謎のロジックは、筆者も会社を辞める時に言われたことがある。怒らせてしまって悪いなあと謝りつつ、結局、具体的にいくらかけられていて、何年で採算が合うのか、筆者には理解できなかった。
そしておそらく言った本人も算出できていなかったと思う。
転職や離職の現実、企業内の実態について言論統制を強いたところで、今はインターネットがある。
この管理できない横の「つながり」が、大人たちがつくった「うちで務まらないやつはどこに行ってもダメだ」といったような「虚構」を暴いてしまう。
違和感は鮮度が命。感情と身体は、正直。
「やりたいこと」はなくてもいい。
撮影:今村拓馬
もうしばらく前になるが、筆者が新卒で就職した会社でも、入社後1カ月の集合研修があった。連日に渡る集団行動、座学、運動会、日誌など、同じ服、同じ髪型の人間が、同じセリフを言い、同じことをする。
1週間でその状況に、悪酔いしてしまった。40度の熱が出て下がらなくなった。部屋でひとり寝ていて、何でこんなに体調が悪いんだろうと不思議に思っていた。
しかし、周囲は平然とその苦行をこなしているように見えた。「適応できない自分が悪い」とだましだまし、結局4年以上働いた。しかし結局、身体に異常をきたし辞めることになってしまった。
転職するときには、なかなかの給料をもらってしまっていたため、「どこに行っても200万円は下がります。」と言われた。
まず1年、もう1年。ここで耐えて頑張ればきっと。そう信じて耐えた先にあったのは、体調不良と、これまでの経験が社外で通用しないという現実と、大幅な年収ダウンだった。
個人がつながった今、企業は変われるか
裏表のないオープンな採用は個人にも企業にも必要だ。
撮影:今村拓馬
インターネットやSNSが企業の内外の現実を可視化する時代。
採用では学生ウケのいい情報を出し、入社が決まったら「これまでは学生気分が許されたが、今日からは社会人としての自覚を」と態度を変える。こうした多くの企業のお家芸とも言える「掌(てのひら)返し作戦」は、すでに機能しなくなりつつある。
実際、入社してすぐに会社を辞めた新入社員を採用ターゲットとする「即辞めマーケット」は、人材業界にすでに形成されている。そうしたミスマッチ後の人材を求めている企業があるのも、また事実だ。
まだまだ仕事選びにおける、入社前の情報開示には課題があること。そして、「いつでも辞められる時代」には、裏表のないオープンな採用こそが、結局は個人にとっても企業にとっても必要であること。
この事実が、「4割が1週間で転職を検討/活動開始」(筆者Twitter調べ)という衝撃的かつ意外性のない事実をきっかけに、もっと広く伝わればいいと思う。
今後の企業の採用のあり方が、もっとオープンになることを願っている。
辛ければ、やめても全然大丈夫。そういう時代になった。
「会社はいつでも辞められる」という時代に、筆者が伝えたい大切なことがもう一つある。
撮影:今村拓馬
筆者が初めて転職をしたのは7年前だ。当時は今より多くのことが不透明だった。
当時、辞めようとしていた同じ会社の優しい先輩に「大丈夫。(辞めたところで)会社なんて星の数ほどある」と励まされた。それを聞いて「こんな地獄が星の数ほどあるなら、いっそ人間すら辞めたい」とすら思ったことを覚えている。
今になって思うのは、自分の感情にフタをして身につくものと失うものは、何かをよく考えるべきということだ。
たまたま最初に入ってしまった居心地が悪い場所への「ストレス耐性」を得て、あなたが20年間いろんな人に育んでもらった「感性」を失うとしたら?
これから必要かよく分からない「居心地悪い場所へのストレス耐性」スキルなどは丁寧に返品すればいい。相手へのリスペクトは前提だけれど、会社はいつでも辞められるし「ここで通用しなければどこでも通用しない」などということはない。
そして「会社はいつでも辞められる」というここまでの話を前提に、筆者が伝えたい大切なことがもう一つある。
会社が面白くないと思っている人へ
たまたま入った会社は面白くなくても、仕事自体は楽しいということは、実はあったりする。今は、信じられないかもしれないけれど。
仕事は、社会の中で価値をつくること。才能を生かして価値をつくれば感謝される。
「がんばれないやつはダメだ」など、若者が“悪者”にされがちなこの社会に「居ていい感覚」だって少しずつ得られることもある。会社に毎日我慢して行くことが、仕事なわけではない。
思った以上に、会社の外側に広がっている社会は広い。だから、もしたまたま新卒で最初に入った会社に絶望していても、仕事には1ミリでもいいから希望を残しておいてほしい。
ブロックでもパズルでも、絵を描くことでも。何かつくることがもし純粋に楽しかったのなら、きっと大丈夫。
今の会社がつまらなくても大丈夫。
焦らず、外の景色でも見ながら、つくることの喜びを思い出しておいて欲しい。その先にはきっと「会社はいろいろあるけれど、仕事自体はけっこう楽しい」という実感を得られる日もあるはずだから。
(文・寺口浩大)