撮影:小林優多郎
「ロボット配送の方が、人に頼むよりいいんです」
デジタル慣れした若者の感想のように聞こえるが、驚くことにこれは、ロボット配送導入地域の“リピーター”になった60代の利用者の声だ。
楽天と西友、横須賀市は2021年3月23日から4月22日まで、神奈川県横須賀市馬堀海岸にある住宅地でロボット配送の実証実験を実施した。同実証は西友 馬堀店から、オーダーをした周辺の対象地域の住民の自宅に、公道を走る自動配送ロボットを使って直接、品物を届けるというもの。
筆者は、実証実験最終日に実証の様子や、楽天担当者および利用者を取材。そこには、近い未来に“当たり前”になるような、ラストワンマイルのリアルな姿が見えた。
ロボットの運転精度は実用レベル
パナソニック製の自動配送ロボット。長さ115cm×幅65cm×高さ115cmとコンパクトで、最大積載量は30kg。
撮影:小林優多郎
今回の実証実験で最も注目したい点は、「公道を使ったロボット配送サービス」であるというところだ。
公道を走ったのはパナソニック製の最大積載量30kgのロボットで、サイズはほぼシニアカーや電動カートといった車両と同じくらいだ。
配送ロボットは、ゆっくりと周囲をカメラやレーダーで周囲の状況を把握しながら走行する。
撮影:小林優多郎
実証の舞台になった馬堀海岸2丁目は人口1069人(2021年4月1日時点)、東京湾に面しており、坂道がほとんどない。雰囲気は平穏そのもので、街中を歩いていると住民はお年寄りが多いようだった。
そんな街の一画を真っ赤な車体のロボットが、トコトコと走る。最高走行速度は時速4kmと、シニアカーの制限速度(時速6km)よりも遅い。
また、右折の際には「右に曲がります」、路上駐車されている車の横を通る際は「通ります」と発声する。試しに、楽天の担当者に走行するロボットの前を横切ってもらったが、ロボットは一時停止し「お先にどうぞ」と横切った人へ声をかけていた。
実証実験のため、ロボットから少し離れた後方には担当者が常時見守っているが、ロボットは特に問題なく走行していた。担当者によると、期間中に(デモンストレーションなどを除き)33回の走行をしたが、一度も事故は起きていないという。
注文したユーザーの家の前に向かう配送ロボット。
撮影:小林優多郎
そうこうしているうちにロボットは、商品を注文した人の家の前に到着する。
家の前にいた女性はあらかじめ設定されている暗証番号をロボットに入力して扉を開け、商品を取り出すだけ。扉を閉めると、ロボットは「ご利用ありがとうございました」と言いながら、西友付近の拠点へと帰っていった。
「重い荷物を運べる」「気兼ねしない」がロボットを使う理由
ユーザーは4桁の暗証番号を入力して、注文した商品を取り出す。
撮影:小林優多郎
この何の変哲もない“日常感”には、心底驚いた。
ロボットが他の住人や車を避けて走る様子も、家の前で荷物を受け取った女性の手さばきにも、これが“当たり前の日常になっている”という印象しか抱かなかった。
楽天から「リピーター」として紹介された60代女性は「物を運んでくれるならロボットでも人でも変わらない」「むしろ、人よりロボットの方が気兼ねなく頼める」と、筆者に語った。
この「むしろロボットの方がいい」という声は複数のユーザーから挙がっており、楽天側にとっても「意外な発見」だったという。
米など、重い荷物が”人気商品”。
撮影:小林優多郎
ちなみに、ロボット配送を利用する主な理由は「重いものを運んでもらえる」から。楽天によると、今回の実証実験内では米や水などの食料品に加え、庭付きの分譲住宅が多いという土地柄の影響か「園芸用の土」が人気商品だ。
前出の女性に注文や操作などで困ったりはしないのか尋ねてみると、「慣れてしまえば問題ない」と答えた。
今回の実証実験ではスマートフォンから注文してもらう方法と、西友 馬堀店の有人サービスカウンターで購入した物品を後から家に届けてもらう方法の2種類が用意されているところが功を奏したようだ。
扉を閉めると配送ロボットは、帰路につく。
撮影:小林優多郎
実証実験と聞いていて「アーリーアダプターでもない人が、日常にロボットを受け入れるわけはない」と斜に構えていた筆者は、取材を終える頃には良い意味で“裏切られた”気持ちだった。
本格的な社会実装は「秒読み」のリアル感
5月13日に実施された楽天の2021年度第1四半期決算会見でも、この実証実験の意図が説明された。
出典:楽天
楽天がこの実証実験を始めたきっかけは、宅配の需要拡大と物流業界の人手不足、高齢化社会が進むにつれて、いわゆる“買い物弱者”が増加するなどの課題感があったからだ。
コロナ流行より前から、今回の実験のような取り組みは続けていた。2019年7〜9月には神奈川県横須賀市の無人島「猿島」へのドローン配送、2019年9〜10月には同市内の「うみかぜ公園」へのロボット配送の実証実験を実施した。
楽天のドローン・UGV事業部 UGV事業課でシニアマネージャーを務める牛嶋裕之氏。
撮影:小林優多郎
過去2回と今回の1回の実証実験を踏まえて、楽天担当者の牛嶋裕之氏は「(本格的な社会実装まで)秒読み」と、手応えを語った。
その根拠は、いずれの実証実験でも大きな事故はなく、またユーザーにもドローンやロボットといった“新しい手段”が受け入れられていたからだ。
なお、今回の馬堀海岸の公道を使った実証実験では、関東運輸局による基準緩和認定と神奈川県浦賀警察署による道路使用許可を受けて実施されている。現時点では自動配送ロボットの公道使用は、一般的には認められていない。
ただし、2020年12月8日に閣議決定された「国⺠の命と暮らしを守る安⼼と希望のための総合経済対策」によると「来年度のできるだけ早期に、関連法案の提出」とあることなどから、牛嶋氏は「事業化ができるよう今後整備される」と見込んでいる。
自動配送ロボットの制度整備(内閣官房、警察庁、国土交通省、経済産業省)
公道走行実証の結果を踏まえて、遠隔で多数台の低速・小型の自動配送ロボットを用いたサービスが可能となるよう、来春を目途に制度の基本方針を決定し、来年度のできるだけ早期に、関連法案の提出を行う。
ロボットに関わる人数やコストは乗り越えるべき課題
今回の実証実験では、常に配送ロボットの“見守り担当者”がついていた。
撮影:小林優多郎
もちろん、事業化までに乗り越えるべき課題はまだある。
とくに大きいのは自動運転ロボットと言えど、今は複数の人間の目で常時監視をしているという点だ。
馬堀海岸の実証実験では、前述のようにロボットの後方で見守る担当者に加え、遠隔地で担当者が1名モニタリングを常時している。遠隔地にいる担当者はロボットを操作できる。実際、一時停止からの再始動時や路上駐車の車両を横切る際などは、自動運転から遠隔操作に切り変えている。
車を避ける配送ロボット。上部のランプが”緑”になっているときは、自動運転ではなく遠隔地からの”手動運転”中であることを示す。
撮影:小林優多郎
この「(走行中のロボットに関わる)人を減らす」ことが、目下重要な課題であると牛嶋氏は語る。将来的には後方で見守る保安要員をなくし、遠隔地での監視担当者も1人につきロボット1台ではなく、1人につき複数台のロボットとすることが目標だという。
また、馬堀海岸の実証実験では雨天時の走行不可、生鮮食品や冷凍食品などの運搬は不可という制限があったが、これは車両装備の改良で十分に対応できるという。
西友 馬堀店で配られていたチラシ。実証実験の時期や配送料が無料であることが記されている。
撮影:小林優多郎
今回は実証実験のため、特に追加の手数料などは発生せずにロボット配送を利用できたが、ロボットでも充電やメンテナンス費などのコストはかかる。前出の利用者の女性は「(もし手数料がかかるとしたら)200円程度なら」と話していたが、事業化の際のコストの目安は「今後検討していく」(牛嶋氏)としている。
牛嶋氏は「ロボットという手段があるからこそ、新たにできるサービスもある」と話し、スーパーからの配送だけでなく楽天市場などに加盟する小売店や飲食店などからの直接配達も視野に実証実験でさらに実績を積ねていくという。
なお、楽天は日本郵政との資本業務提携し、物流事業の新会社・JP楽天ロジスティクスを7月に設立する。それに伴い、既存の配送事業「楽天エクスプレス」を5月末に終了するが、「ドローン・UGV(自動走行ロボット)の取り組みとは全く関係ございません」(楽天広報部)としている。
(文、撮影・小林優多郎)