ソニー会見中継をもとに編集部作成
ソニーグループが2021年度の経営方針説明会を開催した。
同社の吉田憲一郎・代表執行役会長兼社長CEOは「今回の説明会は、パーパス(目的、存在意義)で説明することを狙った」と話す。
吉田CEOの語るソニーの「存在意義」の一つが「顧客に感動体験を届けること」であり、それに必要なのが、顧客とのつながりの強化だ。
現在、ソニーが直接繋がっている消費者の数は1億6000万人。吉田CEOは、将来的にこれを「世界中の10億人にまで広げたい」とする。
ソニーのビジネスにおいて、個人と企業が直接つながる「Direct to Consumer(DTC、D2Cとも呼ばれる)」の領域が大きな価値を持つようになっており、その将来的な姿が、吉田CEOが示した「10億人」という数なのだ。
経営方針説明会で示された情報からソニーの2021年の戦略を探ってみよう。
ソニーにとっての転機は「2014年」だった
2020年度決算でも示された通り、現在、ソニーグループの経営状況は非常に健全かつ、好調だ。株式の時価総額も順調に伸びている。
ソニーが示した時価総額の推移。8年間で順調に拡大している。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
吉田CEOは、前任者である平井一夫氏の時代を含め、2012年からの状況を振り返るところからスタートした。
9年間に進めた構造改革のポイントは3つある。
ソニーグループの吉田憲一郎・代表執行役会長兼社長CEO。この9年間の大きな構造改革の柱。それぞれの成功が現在のソニーを支えている。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
1つは「ソニーブランドのハードウェア事業の立て直し」だ。
これは、ソニーを冠する高付加価値家電事業のことを指す。テレビで言えば「BRAVIA」、カメラなら「α」などがこれに当たる。
吉田CEOは「2014年が転換点だった」と説明する。2014年にはPC(VAIO)事業の売却、テレビ事業の分社化、そして株主配当なし、という3つがあった。これらによって「構造改革が進み、本社内の情報の流れや意思決定が加速した」と振り返る。結果として、ハードウエア事業は安定的な収益を生み出す事業領域へと変化している。
イメージセンサーは今後も注力。自動車向けは2022年から利益貢献
それと同時に進められたのが、経営資源の「CMOSイメージセンサー」への集中だ。
過去のCMOSセンサーへの投資額。ソニーはCMOSセンサーへの集中投資で難局を乗り切った。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
過去に手がけていた「有機ELパネル・バッテリーなどの分野からは撤退」する一方、CMOSイメージセンサーには積極的に投資を行い、競争力の維持に努めてきた。今後も積極的な研究開発投資・製造投資を続け、他社に対する優位性を維持する。
スマートフォン向けのイメージセンサーについては「スマホそのものの数量は落ち着くものの、今後も大型化・多眼化が進む」(吉田CEO)と予測しており、減少フェーズではない、と見ている。一方で、過去に特定顧客案件の減少が大きく業績に影響したことも多く、リスクが存在するのは事実だ。
「顧客の多様化にも取り組む」(吉田CEO)としているものの、同様に重要視しているのが、新しい領域である「自動車やIoTへの拡大」だ。
ソニーは3年前から、「イメージングだけでなく、センシングでも世界ナンバー1となる」という長期目標を掲げている。同社はイメージセンサーの「裏側」にAIの処理などが可能なプロセッサーを搭載する技術を持っており、即応性とデータ量削減、消費電力低減が特徴だ。
ソニーが得意とする一体型イメージセンサー。背面にAI処理用LSIを直接搭載し、処理を高速化・効率化する。
出典:ソニーグループ
ただしこれまで、やはり収益を出すのはスマートフォン用のカメラ向けが多く、自動車向けなどは先行投資の意味あいが多かった。
とはいえ、これも収益化の道筋が見えてきた。
「自動車向けとして最初に作ったのが2014年。ずっと売り上げよりR&Dコストの方が大きい時期が続いてきたが、我々の実感として、来年くらいから出荷量をかなり増やし、利益貢献できるのではないか」
と吉田CEOはいう。ただし、IoT向けは「もう少し時間がかかる」とする。
自動車向けセンサーには大きな可能性があるが、ソニーとしては2022年度からの利益貢献を見込む。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
なお、5月26日に日刊工業新聞などが「経済産業省主導により、ソニーグループが台湾TSMCと合弁で、熊本に約1兆円をかけて半導体の新工場を建設する」と報道した。この真偽についても質問が及んだ。
これについて吉田CEOは、「記事へのコメントは差し控えるが、一般論として、半導体の安定供給は日本の国際競争力維持に重要」と答え、否定はしなかった。
DTCの手本は「ゲーム」と「インド」
そして、ソニーがこれからのビジネスの核として期待しているのが、冒頭でも挙げた「DTC事業」だ。
DTC事業とは、サブスクリプション契約やネットサービスなどで、企業が消費者とつながる形のビジネスである。
その典型例はゲーム事業だ。PS4の立ち上げがあった2013年度とPS5立ち上げの2020年度ネットワーク事業の売上を比較すると、約10倍にまで伸びている。
ゲームのネットワーク事業は、PS4世代の間に10倍の規模に成長した。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
「PS5は弊社の体験テクノロジーを提供する上で最大のチャレンジだった」と吉田CEOはいう。そして今後、PS5と連携し、センシングテクノロジーを生かした存在として出てくるのが「次世代バーチャルリアリティシステム」だ。
今後、PS5と連携する次世代VRデバイスを開発し、収益の柱とする。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
ゲーム以外で、直接的なサービスの伸びを期待しているのが「インド」だ。
インドで展開中の映像サービスである「SonyLIV」は、今年4月までの12カ月で有料会員数が約560万人に成長した。これは前年比8倍という非常に大きな伸びだ。
コンテンツ・IPへの積極投資で「DTC10億人」へ
とはいえ、ソニーが提示した個人と企業がつながる「DTC」領域の定義は広い。
ゲームのように、自社が直接サービスを提供するものだけでなく、パートナー企業が提供し、そこにコンテンツや技術をソニーが提供する……という形も含む。
例えば映画・ドラマ事業では、自社で作った作品を長期安定供給するために、ネットフリックスやディズニー(特に米Hulu向け)と長期契約を提携している。このような事業も、自社サービスではないが「DTC」領域と言える。
こうした展開に重要になるのがコンテンツの知的財産(IP)だ。
ソニーはゲームだけでなく、音楽レーベルやコンテンツを持つ企業、コンテンツ開発に必要な企業への投資を積極的に続けてきた。それらから潜在顧客の興味をかきたて、モバイル上で提供し、ソーシャルメディア上で関係を構築することを目指している。
ソニーの戦略投資分野。まずDTC・IP関連、次に技術、最後に自社株取得という形での投資プライオリティとなっている。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
吉田CEOが「特に価値創造がうまくいった例」として挙げたのが「鬼滅の刃」だった。テレビアニメから映画になり、ソニー・ミュージック所属のアーティストであるLiSAが主題歌を歌ってこれもヒットし、海外でもヒットを続けている。
大ヒットした「鬼滅の刃」は、DTC向けのコンテンツバリューチェーンの優等生だ。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
同様の流れとして、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の持つヒットゲームのIPを活用し、映画やドラマを作る動きも加速し、「すでに10本以上の企画が動いている」(吉田CEO)という。
サービス・モバイル・ソーシャルでの「感動バリューチェーン」を作り、顧客との接点を最大化する狙いもある。特にアーティストとしてLil Nas XとYOASOBIに言及した点に注目しておきたい。両者に共通するのは、どちらもSNSとネットの時代を象徴する日米のアーティストであることだ。
サービス・モバイル・ソーシャルでの「感動バリューチェーン」の例として挙げられたアーティストが、アメリカのLil Nas Xと日本のYOASOBIだった。
出典:ソニーグループ2021年度 経営方針説明会より
冒頭で述べたように、こうしたDTC事業でソニーは10億人の顧客基盤を狙う。
現実的には、今からさらに10倍近く、顧客数を伸ばすのは大変だ。戦略的パートナーシップも必要になるだろう。その中では、ソニーがいかに「グループ」としてリソースを最大限に発揮するかが求められている。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。