ニューヨークの老舗高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア」の完成予想模型を製作したマイケル・ケネディ氏。
Crystal
ニューヨークを象徴する高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア(Waldorf Astoria)」の大改修が進んでいる。大金を投じて制作された完成予想模型も、その豪華絢爛な復活劇の一部だ。
マンハッタンの富裕層向け不動産物件の販売に際しては模型がツールとしてしばしば使われる。ただ、ウォルドーフほどの歴史的建造物の改修後の姿を描き出すには、他とは一線を画する費用が必要だった。
その額、実に100万ドル(約1億1000万円)。富裕層の永住を目的としたランドマークとしてのウォルドーフ・アストリアの新たな姿を、一定の縮尺で表現した。
マンハッタン地区ミッドタウンにあるこのホテルは、米ニューヨーク・タイムズの報道によれば、2015年に中国の安邦保険集団に19億5000万ドル(約2100億円)で買収された。
ホスピタリティ(接客)産業における史上最も高額な買収のひとつに数えられるこの取引成立後、ホテルの一部はコンドミニアム(=日本で言うところの分譲マンション)に改修されることになった。
改修工事は現在も進行中で、建物のほかの部分もリノベーションの真っ最中。宿泊施設と居住エリア(レジデンス)のいずれも2023年上半期のオープンを予定している。
上層階では1400の客室を375戸のレジデンスに変更する改修工事を行う一方、低層階はホテル用途のままで、再設計をへてヒルトンが運営する。
ニューヨーク・タイムズによれば、アールデコ調47階建てのウォルドーフ・アストリアの改修費はおよそ10億ドル(約1100億円)。新設される375戸のレジデンスには124種類の異なる間取りが用意され、その多くは富裕層向けのプライベートテラス・家具付きで即入居可能な住戸となる。
ニューヨーク・マンハッタン地区にあるウォルドーフ・アストリアのエントランス。こちらは実物の写真。
Noë & Associates/The Boundary
パークアベニューに面する一等地に陣取るこのホテルとレジデンスは、マンハッタンの東49丁目から50丁目に広がる1ブロックをまるごと占める。
「ザ・タワーズ(The Towers)」と命名された新設のレジデンスは、スタジオタイプ(ワンルーム)から2戸限定のペントハウス(最上階の特別仕様)まで、さまざまな価格帯の住戸が用意される。
建築専門誌アーキテクチュラル・ダイジェストによると、1ベッドルームの間取りが180万ドル(約2億円)、およそ280平方メートル(約85坪)ある4ベッドルームの間取りだと1850万ドル(約20億円)前後になるという。
銅製屋根のピラミッド型をした最上階部分に位置する2つのペントハウスを含め、複数階の住戸もある。
由緒あるウォルドーフ・アストリアの頂上部。
Noë & Associates/The Boundary
この歴史的建築物のモダン改修を担当するのは、「AD100」(=前出のアーキテクチュラル・ダイジェスト誌が毎年発表しているトップデザイナー・建築家リスト)に選出された著名インテリアデザイナー、ジャン・ルイ・ドゥニオ氏だ。
富裕層向けの住戸を購入してもらう手法として、建物のデザインを縮尺した模型で細部まで表現して見てもらうのは常套手段のひとつだが、ウォルドーフはこの完成予想模型を別次元にまで引き上げた。
模型デザイナーのマイケル・ケネディ氏とそのチーム(ケネディ・ファブリケーションズ)は、建物全体を表現する3種類の模型をつくり上げるのにほぼ1年を費やしたという。
ケネディ氏は今回、完成した模型をInsiderの取材でお披露目してくれた。
ウォルドーフ・アストリアの完成予想模型(メイン部分)。
Crystal Cox/Insider
ウォルドーフ・アストリアのマンションギャラリーに置かれた完成予想模型は、4650平方メートル(約1400坪)のホテル・レジデンスを3分割して圧縮。パークアベニューに面する建物を細部までカスタムメイドでつくり込んで再現してある。
メイン部分の模型は重さ300ポンド(約136キロ)、高さ2.7メートル超。富裕層向けのドールハウス(人形の家)といった具合で、金箔貼りの箇所もあり、ホテルと住宅の両方に合計4200個の照明が組み込まれている。
製作歴30年というベテラン模型デザイナーのケネディ氏は、Insiderの取材に対し、一般的な模型は3〜6カ月あれば完成するところだが、ウォルドーフ・アストリアには過去最長となる1年の時間を要したと語る。
Crystal Cox/Insider
製作にあたっては、緑地やレストランなど構成要素ごとに照明の異なる周辺エリア模型のため、フルレンジで階調を表現できるマトリックス照明システムを開発。
また、ホテル・レジデンス模型についても、内部の「スターライトプール」や「ウィンターガーデン」を可視化するために屋根が持ち上がるよう、油圧式のリフトシステムを開発した。
完成予想模型のプール部分。
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高級マンションの販売には高級感のある3D画像やサンプルが宣伝材料として使われることが多いが、ケネディ氏が製作した100万ドルの完成予想模型はそうしたものとは次元が違う。家具や壁材、鉢植えなど細部に至るまで正確に再現されている。
Crystal Cox/Insider
実物の再設計を担当したデザイナーのジャン・ルイ・ドゥニオ氏は初めてこの模型を見て、衝撃を受けたという。
美しいフレンチスタイル家具から象嵌細工をほどこした床や壁、ごく小さなビリヤードボールまで、ドゥニオ氏がデザインを手がけた作品が見事に縮尺されて再現されていたからだ。
「あらゆる細部まで気が配られていて、非常に痛快だよ」とケネディ氏。これだけ精度の高い完成予想模型なら、実物の雰囲気までよくわかってもらえると太鼓判を押す。
Crystal Cox/Insider
こうした細部まで凝りまくった模型をつくるのは、当然のことながら相当に骨が折れる仕事だ。ケネディはまず科学的に再現可能な範囲にしぼり込む作業を行った。建物のオリジナルの図面を縮尺して調整することから始めて、段階的に模型をつくり上げていく。
空間を複数のコンポーネントから成るレイヤーに分解し、3Dプリンターやレーザー機器を駆使してそれぞれのコンポーネントを製作する。
完成予想模型のエントランス。
Crystal Cox/Insider
ケネディ氏は1990年代から3Dプリンターを活用していたが、現在はボストンに本拠を置くフォームラボ(FormLabs)製の3Dプリンターを使って、より精細なオーダーメイド模型を開発しているという。
Crystal Cox/Insider
模型の製作プロセスでは、各コンポーネントを担当するグループと、外装や塗装を担当するグループに分かれて作業を進めた。ケネディのほかに12〜15人のスタッフが加わり、9〜12カ月かけて模型を完成させたという。
ウォルドーフ・アストリアのマンションギャラリーをたずねれば、この精巧きわまりない完成予想模型を実際に見ることができる。
(翻訳・編集:川村力)