幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
近年、「1on1ミーティング」を導入する企業が増えてきました。
従来、上司と部下の「面談」といえば、「目標設定」「進捗管理」「成果の振り返り」「今後のキャリアパス」など、何らかのテーマを決めて話し合うもの。一方、「1on1」は、部下を起点とし、部下の現状や気持ちなどを自由に話してもらう場として設けられます。
近年、上司が部下を「終業後に飲みに誘う」ことがパワハラと見なされたり、働き方改革が進む中で効率化が重視され、仕事の合い間の「何気ない雑談」が減ったりと、業務以外でのコミュニケーションが希薄になりつつあります。
しかも、コロナ禍でリモートワークに移行してからはさらに、上司が部下の状態を把握しづらくなっています。
そうした背景から、1on1を設定してコミュニケーションを図ろうとする組織が増えているのですが、悩みの声もよく聞こえてきます。
「人事からの指示で部下との1on1を始めたものの、どうもコミュニケーションが噛み合わない」
「プレイングマネジャーとして自身も多くの業務を抱えているので、部下の話にじっくり耳を傾ける余裕がない」など。
特に、新しくチームに加わったメンバーの場合、信頼関係が十分に築けていないうちから、「何か困ったことはある?」と尋ねても、なかなか本音を引き出せませんよね。
さらに、リモートワークが中心となれば、1on1コミュニケーションはさらに難しいものとなります。
そこで今回は、リモートワーク環境下でメンバーとの1on1をより有意義な時間にするために、私が工夫していることをご紹介します。
部下が身構えることなく、素直な感情を出せるように
私が運営する会社・morichでは、出社は週1回のみで、あとはメンバー全員がリモートワークをしています。
私はメンバーとの1on1を「週1回はやる」と決めています。メンバーもそう心得ているので、普段から「1on1で相談したいこと」を整理しておいているようです。
ただし、あらかじめ1on1の日程を決めることはしていません。「この日に面談」と予定を入れておくと、お互い身構えてしまうからです。
ですから、そのメンバーに対して気になることがあったタイミングで、「ちょっと話そうか」と1on1を持ちかけます。
例えば、お客様とのオンラインミーティングが終了し、お客様が退席した後、次の予定が詰まっていなければ、そのまま30分~1時間程度、1on1に入ります。
すると、事前に身構えていない分、素直な感情が表れやすく、その人の状態を理解することができるのです。
「雑談スレッド」では、メンバーの異変を察知できる
では、メンバーに対する「気になること」をどうキャッチするか。
オフィスで顔を合わせていれば、「何だか元気がないな」「口数が少ないな」などと変化を察知できますが、リモートではそうはいきませんよね。
私の会社では、チャットツールに「雑談スレッド」を設けています。
仕事・プライベート、どんな話題でもOK。改めて報告するほどでもなく、誰かに答えを求めるわけでもない、けれど「誰かに聞いてほしい」という出来事や気持ちなどを投稿するスレッドです。
例えば、「お客様からこんな嬉しい言葉をいただきました」「娘がこんなプレゼントをくれました」など。メンバーたちは「よかったね!」のメッセージや、「いいね」「ハート」などのマークで反応します。落ち込んだこと、腹が立ったことなども同様です。
始めた当初は、まず私が些細な出来事を率先して投稿。メンバーは「こんなことも言っていい場なんだ」と理解し、皆が投稿してくれるようになりました。
私が業務に追われ、メンバーとのコミュニケーションが長時間遮断されている間も、メンバー同士でやりとりがされています。
それを後で見ることで、メンバーたちの状況をつかむことができます。
ある時、メンバーの1人にちょっとした異変を感じたことがありました。スレッドへの反応がいつもと違うのです。普段は同僚たちの投稿にこまめに返信しているのに、どうもリアクションが鈍いのです。
そこで夕方、彼女のスケジュールが空いたタイミングを見計らって声をかけ、30分程度の1on1を行いました。話を聴いてみると、家庭に変化があり、心穏やかでないことが分かったのです。
彼女は「皆に心配をかけてはいけない」と黙っていたようですが、私と会話したことで、少し気持ちが落ち着いたようでした。
「相談するほどでもない」ことを流してしまわないように
リモートワーク下でのマネジメントの課題の一つが、「部下が何となく感じている“もやもや”を吸い上げにくい」。
業務に関する大事な相談であれば、部下は1on1の場に限らず、上司に投げかけるでしょう。しかし、日々の中で感じている「ちょっとした」疑問や不安、悩みなどは、なかなか切り出しにくいものです。
オフィスにいれば、「こんなことがあったんですけど」「これってどうなんでしょうか」……などと話しかけ、数分の雑談レベルで解消されるようなことも、リモート環境ではそのままになりがち。
部下は、「チャットで相談するほどでもない」「1週間後に予定されている1on1まで溜めておくほどでもない」と、発信することなく飲み込んでしまいます。
しかし、そんな些細な引っかかりがどんどん溜まっていくうちに、パフォーマンスが低下したり、メンタルバランスを崩してしまったりする事態にもつながりかねません。
上司は上司で、「ちょっとした発信」をキャッチできない状態が続くと、「部下が何を考えているのか分からない」と頭を悩ませることになります。
そんな事態に陥らないためにも、先ほどご紹介した「雑談スレッド」は効果的。
上司は部下の状況をつかめますし、投稿内容を拾い上げて、1on1でじっくり話すこともできるでしょう。
1on1で話すのは部下。上司は聴き役に徹する
1on1でやってはいけないこと。それは「上司が一方的に話す」だと思います。
1on1は、部下に話をしてもらう場であるべき。それも、業務の進捗報告などをさせるのではなく、「気になっていること」「感じていること」を話してもらうことが大切です。
上司はそれに対してアドバイスをする程度にとどめる、あるいはアドバイスすら必要なく、「ただ聴く」ことに徹する。そんなスタンスで臨むことをお勧めします。
「聴いてもらえた」だけで、部下は安心し、上司に信頼感を抱くはずです。
ただし、「気になること何でも話してみて」と投げかけても、お互いにまだ信頼関係を築けていない状態では、部下は素直に心のうちを見せることはできません。
新しくチームに加わったメンバーなどに対しては、最初の数回の1on1は信頼関係の構築に使うといいでしょう。
この連載で何度もお伝えしている「心理的安全性」の向上を図るのです。
その方法については、第24回の記事を参考にしてください。
そして、部下がリラックスして話しやすい環境設定も意識してみてください。
出社している時に実施するなら、社内の会議室よりもカフェなどで。オンラインでも、「お茶を飲みながら」といったように、「オフ」感を出してはいかがでしょうか。
また、朝よりも夕方、オンからオフに切り替えるタイミングのほうが、「素」になりやすいと思います。
オンラインで対話するなら、カメラを凝視すると相手に圧迫感を与えますので、少し視線をずらしておくといいでしょう。
上司が「自分のミッションを果たす」という目的で1on1に臨めば、部下も当然身構えます。
1on1を受ける部下の立場にある人が、こんなことを言っていました。
「会議室に呼ばれ、仰々しく『何か悩みはあるか』と聞かれて緊張した。何か言わなくちゃいけないと焦って、必死で『悩み』を探した」
こんな1on1では、お互いに時間をムダにしてしまいます。
自分も相手も「素」の状態で、心をオープンにして向き合うことを心がけてはいかがでしょうか。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひこちらのアンケートからあなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
※本連載の第54回は、6月21日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。