私は燃え尽きてしまった状態にいるんだ——アイシャ・メモンが初めてそう気づいたのは、ディスカッション・ミーティングでチャック・ロビンスの話を聞いていたときだった。
ロビンスはシスコのCEO兼社長。メモンはこの会社に勤務して13年で、現在はビジネス・オペレーション・マネジャーをしている。
ロビンスが話していた内容は主に、メンタルヘルスに意識を向けることだった。当時、自分がどれだけ打ちのめされ、疲弊しているかを説明できなかったメモンにとって、ハッとした瞬間だった。
「とにかく疲れ果てていました。そのせいで、ありとあらゆる人間関係に影響が出始めたんです。かつての自分じゃなかった。スランプに陥っていたんです」。メモンは当時をそう振り返る。
こうした感覚は、長期に及ぶストレスを原因とした「燃え尽き症候群」あるいは「力とモチベーションの枯渇」の典型と言える。だがメモンにとって運のいいことに、シスコは手を差し伸べる手立てを持ち合わせていた。
「CEOのロビンはこの点について、かなりオープンでした。私にしてみれば、『そうか、シスコではこのタブーを話していいんだ』という感覚でした。私には、誰かに耳を傾けてもらう必要があった。罪悪感を抱いたり恥じたりすることはないんです」とメモンは語る。
いまあらゆる業界で、燃え尽き症候群のリスクが高まっている。マイクロソフトが世界の企業で働く3万人を対象に行った最近の調査では、回答者の54%が働きすぎで、38%は極度の疲労状態にあることが分かった。若手銀行員やコンサルタントの就業時間は、週90時間を超える。大手法律事務所は、働き詰めで1年後に退職してしまうスタッフを減らすために、最大25万ドル(約2700万円)のボーナスを支払っている。
燃え尽き症候群への対策としてはこれまでのところ、オンライン会議をしない「Zoomフリー・フライデー」や、メンタルヘルス・デーを設けるなど、各社ともシンプルな取り組みを講じてきた。
しかしこれらは、短期的な解決にしかならない。『The Burnout Epidemic』(未訳:燃え尽き症候群という伝染病)の著者であり、職場に関する問題の専門家ジェニファー・モスは以前Insiderの取材に対し、燃え尽き症候群は組織の体質に深く根づいたものであり、過剰な仕事量とワーク・ライフ・バランスの欠如が主な原因だ、と指摘していた。
メモンの燃え尽き症候群は、いくつもの要因が重なって引き起こされたものだ。炎症性腸疾患の一種であるクローン病を患っており、義理の両親と同居を始めたばかりでもあった。それに加えて山のような仕事を抱えていた。
「私生活での危機、健康面での危機——破滅的な状態だったと思います」とメモンは振り返る。
メンタルヘルスを最優先に
シスコは、一時しのぎの解決策よりはるかに勝る手段を講じているという点で、ユニークだ。
さまざまな戦略に加え、データを活用した従業員の心情分析、マネジャー・トレーニングの実施、メンタルヘルス専門家によるサポートの提供、定期的な従業員エンゲージメント調査などを行っている。
同社の人材担当責任者であるフラン・カツーダスによると、シスコの経営陣は、社員が私生活で多くを抱えているという事実を念頭に置いたうえで燃え尽き症候群対策を立てている。
シスコの人材担当責任者を務めるフラン・カツーダス。
Cisco
シスコは、メモンも参加したメンタルヘルスに関するディスカッションを定期的に開催している。このミーティングの場にメンタルヘルスの専門家を招き、燃え尽き症候群について従業員と話してもらうようにしている。
「燃え尽き症候群と、単に忙しい週の違いについて話し合ったこともありました。両者の違いをきちんと見極められるようにするためです」とカツーダスは語る。
同氏は、従業員の感情をよりきめ細かく把握するため、こうした全社規模のミーティングを通じて集まった従業員のコメントを心情分析ツールにかける。こうすれば次のミーティングに向けて入念な準備ができるうえ、従業員の不安を的確に取り上げることができる。
「一番大きな感情は心配だという週もありました。こうして得た洞察のおかげで、次のセッションでその点についてじっくり話し合うことができました」とカツーダスは言う。
Insiderが入手したデータによると、シスコでは2020年、従業員のエンゲージメント(5段階評価)が若干低下し、2019年の4.54から4.34となった。コロナ禍が原因である可能性が高い。
これは、同社がどの手当に投資すべきかを見極める際に役立つ。例えばコロナの流行が本格化し始めたばかりの頃は、従業員は子どもの教育をどうすべきか心配していた。
そこでシスコは、2種類の個別指導手当に投資することを決めた。補助金付き個別指導のオプションと、シスコ従業員自らが、特定の科目について同僚の子どもを個別指導するオプションを提供したのだ。
同社には、必要に応じて従業員本人やその家族が精神医療を利用できる仕組みもある。社内にはフィットネス・コーチもおり、メモンは燃え尽きたと感じたときのストレス軽減にこれが役立ったと話す。
マネジャーに投資
メモンは、シスコの「チーム・スペース」も活用した。これは、リソースやツールが1カ所に集められたプラットフォームのこと。従業員は毎日「エンゲージメント動向」に関する質問(必要なもの、その週の優先事項、好きなタスク・嫌いなタスク)に答えるよう促されるため(2020年には従業員の69%が回答している)、会社側は従業員のエンゲージメント度合いを把握できる。
「このツールは、私以上に私のことを理解してくれていると感じます。そのときの分析結果に基づいたアドバイスをくれるんです」とメモンは言う。
カツーダスによると、チーム・スペースは上長が部下と話すきっかけになるほか、従業員の強みや弱みを知り、人事的な判断を下す手助けにもなるという。
燃え尽き症候群に対するシスコの取り組みにおいては、マネジャー向けのトレーニングも重要な要素だ、とカツーダスは話す。シスコでは「チームズ・ウィーク」なるものが設けており、1週間まるまるマネジャーと従業員のトレーニングだけに充てられる。2021年のチームズ・ウィークでは、燃え尽き症候群と直接関係のある「従業員のエンゲージメント」もテーマに含まれる予定だ。
「直属の上司というのは、従業員が職場で経験するあらゆることに大きく関わる存在です」とカツーダスは語る。上司が意識を向ければ向けるほど、従業員のエンゲージメントは全体的に上がる傾向にあることにシスコは気づいた。
一方のマネジャー側は、従業員の提案に耳を傾けることが大切だ、とカツーダスは言う。例えばシスコでは、ある従業員が4月にこんな提案を会社側にした——従業員がメンタル面でのコンディションを整えるために仕事を休む「自分の日」を設けてはどうか、と。
「最高のアイデアは、たいてい従業員から出てくるものです」とカツーダスは言う。
シスコの戦略は、小規模の組織で取り入れるのは難しいかもしれない。しかしその一部を導入することはできる。メンタルヘルスに特化したマネジャー・トレーニングや、燃え尽き症候群に関する定期的なディスカッションを実施する、などはその一例だろう。
メモンは、燃え尽き症候群を乗り越えられたのは会社のサポートのおかげと話す。職場や自宅で気分よく過ごせるよう変化をつけてごらんと励ましてくれたのは、同僚たちだった。メモンはライフコーチを雇い、会社が提供するツールも活用した。
メモンは現在、シスコの従業員がメンタルヘルスについて自由に話し合えるフォーラム「#safetotalk(安心して話せる)コミュニティ」で、自らの経験談を周囲に伝えている。ゆくゆくは、燃え尽きたと感じている他の従業員の力になりたいとも考えている。メモンはこう語る。
「疲れ切っている人を見かけるたびに、『私にできることは何かある?』と尋ねます。かつて私が一番必要としていた、その人物になりたいのです」
(翻訳・松丸さとみ、編集・常盤亜由子)