今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
前回に引き続き、Business Insider Japanで「会計とファイナンスで読むニュース」を連載中の村上茂久さんとの対談をお届けします。社外取締役として経営会議に出席する機会も多い入山先生は、企業の業績レポートを聞いていて常々疑問に思うことが2つあるのだとか。それはいったい……?
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なぜ企業は「昨対」の議論に終始するのか
入山章栄(以下、入山):前回から引き続き、今回もファイナンスの専門家である村上茂久さんをお迎えして、僕の質問に答えていただきます。
さっそくですが村上さん、質問をしていいですか? これは僕がさまざまな企業の役員会とかで、不満というか個人的に違和感を持っていることなんです。僕が間違っている可能性もあるので、村上さんの意見をお聞きしたかった。それは何かというと、けっこういろんな会社が自社の業績を報告する時に「昨対(昨年度対比)」(=1年前の状況と比較すること)の議論しかほとんどしないことなんですよね。
村上茂久(以下、村上):なるほど。
入山:例えば、役員会で四半期の決算の結果が出てきて今期は好調でした、不調でしたという時に、「昨年度対比で何パーセント増えました」とか、予算に対して「達成しました・しませんでした」という議論に終始することが多い。多くは、P/L(損益計算書)ベースですね。
もちろん僕は、1年前と比較する昨対はすごく重要だと思います。ただ、会社はべつに1年単位で事業をしているわけじゃない。本当はもっと長期を含めて見るべきじゃないかと思うんですよ。少なくとも、長期の推移の数字を見せて、長期の傾向を見ることがもっとあってもいいのではないかと。
大手の会社も、売上高でも利益率でも、10年くらいの長期で数字を見る議論が意外なほど少ないなと思っています。
例えば、ある企業の第1四半期の売上高が昨年の第1四半期の対比で5%伸びたとする。でもそれだけだとその5%がいい数字なのか、悪い数字なのか分からないですよね。それまで10年で平均1〜2%の成長率の企業ならいい数字だけど、10%平均で成長してきた企業なら5%は低い。これは当たり前のことだけど、でも業績報告でそのような数字をあまり示さない。
結果、5%という数字を昨年対比で見ても、それは会社がうまくいっていることなのか、いないとしたら、それが構造的な原因なのか、それとも短期的なマーケットの問題なのか……等が分からない。
それらを理解するためにも、もっと売上高や利益率、キャッシュフローその他のさまざまな財務KPIを長期の趨勢で示して、役員会で議論すべきじゃないかと思っているのです。もちろんそうやっている企業もあるかもしれないけど、そういう数字の見せ方を定常的にやっている大手企業はあまり多くない印象です。
村上:いまのお話はすごく面白いですね。私は会計というのは、あくまで過去の話で、未来のために使うものだと思っています。
以前、アマゾンのジェフ・ベゾスのインタビューを読んでいて、印象的だった発言があります。記者がベゾスに「足元の四半期決算が好調ですね」と言うと、ベゾスは次のように考えているとのことです。
「そんなときは祝福のお礼を言いつつも、その結果は3年前に決まっていたと心で思っています。現在、私は(2018年時点で)2021年頃に明らかになる四半期決算を準備しているのです。2〜3年くらい先のことに今取り組んでいる必要があります」
(出所)「アマゾンのベゾス氏:1日3つ良い決定をすれば『仕事は十分』」Bloomberg、2018年10月3日。
ですから確かに昨対も見るべきですが、それはどちらかというと過去に行った意思決定の結果の確認程度でいい。
ベゾスは本当に未来志向で、おそらく何年も先のことを考えている。でもそれはCEOとCOOの違いかなと私は思います。COOは現在のビジネスがどうなっているかに集中する役割ですが、CEOは未来志向なので、CEOの下す意思決定は3年後に影響してくる。だからこそCEOの話は分かりづらいところがあるんですね。「なぜこの話をしているんですか?」と思ってしまうような。
でもCEOとCOOの役割分担があれば、COOが足元を見る代わりに、CEOは未来志向でいく。そこをCFOがキャッシュを含めて財務をどうしていくかの議論をすれば、バランスがいいんじゃないかと思います。
入山:なるほど、役割分担ですね! ありがとうございます。
BIJ編集部・常盤
CEOとCFOの役割の違いなんですね。COOやCFOは現在で、CEOは未来が大事ということですね。
村上:そうですね。COOやCFOはどうしても足元の事業が大事です。そこもCEOが見てしまうと、「未来は誰が考えるのか」ということになってしまう。CEOは未来をつくっていくのが大事かなと個人的には考えています。
入山:そうか、取締役会でも財務についてはだいたいCFOが報告するから、「昨対」の話が多くなっちゃうんでしょうね。
ということは僕のような社外取締役が、「それはそれでいいんだけれど、もう少し長期的な過去の話と未来の話を数字で見たい」と、ちゃんと言ったほうがいいわけですね。
村上:やはりそこはCEOの方が未来をちゃんと示し、数字化や言語化はCFOが担当するということなのだと思います。
私は以前、事業のバリュエーションを行っていたこともあるのですが、その際にはいくつかシミュレーションをするんですね。将来こうなったらこうなる、というような予想を、よいパターン、悪いパターン、普通のパターンの3パターンくらい考えるわけですが、その過程で初めて見えてくる未来もあるわけです。
こうした未来志向のCEOの議論を、CFOが数字に落とし込み、「だからこっちに行くんだ」というふうに示す。だから両方大事なんでしょうね。
経営学者のヘンリー・ミンツバーグは「マネジメントとは本来『クラフト(=経験)』、『アート(=直感)』、『サイエンス(=分析)』の3つを適度にブレンドしたものでなくてはならない」と言っていますが(※1)、アート的な発想をCEOが、クラフトをCOOが、サイエンスをCFOが主に担当することでバランスをとるのがいいのかなと思います。
入山:そのたとえは面白いですね! 勉強になるなあ。来週の某社での取締役からさっそく使わせてもらいます(笑)。
決算資料をビジュアル化しないのは、なぜ?
入山:僕がもうひとつ気になっているのは、日本の伝統的な会社の役員会に出ていると、決算報告とか財務の報告があるときに、ビジュアル化をあまりしないんですよね。つまり、グラフなどを駆使して、報告する相手に見やすく業績や財務状況を見せることです。
村上:ええ、シンプルに数字だけを報告用の資料に載せている企業も少なくありませんね。
入山:例えばバランスシートなどを見せてもらっても、表にして数字だけを羅列してくるんですよ。僕はその会社のバランシートをずっと見ているから数字だけでもそれなりに分かりますけど、とはいえやっぱり業績の推移とか競合他社との比較とか、いろんなことを分かりやすくビジュアル化して説明すべきじゃないかと思うんですよ。ちょっと見せ方を工夫するだけで、伝わる情報量はだいぶ違うんじゃないかと。
例えば僕はいまコープさっぽろという生協の理事をやっていて、そこでは理事会があります。民間企業でいう取締役会のようなものです。その理事会には、普段は専業主婦をしているようなメンバーも組合理事として参加されます。でも普段決算書を見慣れていないこのような方々に、いきなりB/SやP/Lの数字だけ羅列しても、理解するのは難しいでしょう。
だから今度、僕はそういう方々に、財務諸表の超基礎の講座をやろうと思っているんです。「みなさん、B/Sというのはみなさんの体重のようなものです。今年1年でやせたか太ったかの変化、それがP/Lです」という感じで。
村上:いいですね。分かりやすい。
入山:というのも、なぜビジュアル化が大事だと思ったかというと、村上さんのBusiness Insider Japanの連載の図が、毎回めちゃめちゃキレイだから。
村上:あれは全部、編集の常盤さんがつくってくれています。僕のエクセルの下書きを常盤さんが図にしてくれます。
入山:そうなんですか! そういう見やすさって、コミュニケーションにおいてものすごく重要だなと思いますよ。
村上:本当にそこは私も大事だと思います。決算説明資料を見ると企業の感度がよく分かりますね。そのあたりが丁寧な企業はグラフの使い方が抜群にうまくて、投資家にちゃんと理解してもらおうと工夫している。有価証券報告書をそのまま持ってきたりしません。ソフトバンクグループなどは、かなりビジュアライズがうまい印象がありますね。
入山:ちなみに「村上さんの選ぶ、素敵な決算資料をつくる会社ベスト3」はどこですか?
村上:ベスト3ですか? うーん、やっぱりベンチャー企業から上場した会社は分かりやすいですよね。ランサーズとかクラウドワークスとか、スタートアップから上がってきた会社は目の前の投資家に説明してきたから、どう伝えるかがかなり洗練されている印象がありますね。
ランサーズの決算説明資料は、要点をビジュアルで伝える工夫をしている。
(出所)ランサーズ 2021年3月期 通期決算説明資料より。
入山:なるほど。僕が役員をやっている会社の財務担当者に「この会社の決算資料を参考にしろ」とお勧めするとしたら、じゃあひとつはランサーズですね! あと2つくらいありますか?
村上:最近、私の連載で取り上げた資生堂は非常に見やすかったですね。あとは海外企業でいうとSlack。英語ではありますが、かなり直観的に分かりやすいですよ。
入山:Slack! 考えもしなかった。なるほど、海外の企業を見たほうがいいんですね。
村上:いいですね。あとはAirbnbやUberのプレゼン資料を集めたサイトがあるんです。極めてシンプルなんですけど、数字がどう成長するかを説明していて、本質的で分かりやすい。
入山:なるほどなるほど。ソフトバンクグループはどうですか? やっぱり決算資料は素晴らしいですか?
村上:ソフトバンクグループは私にとっては分かりやすいですね。孫正義さんが何を重視しているのかを、極めて分かりやすく説明しています。
入山:孫さんのやっていること自体は、ある意味で大変分かりにくいですよね(笑)。
村上:そうですね。
入山:でも資料は分かりやすいという。
村上:ちょうど1年くらい前に、「日本一わかりにくい決算を読み解く」という記事を書いたんですけど、あれは有価証券報告書だけでは無理でしたね。決算説明資料とアニュアルレポートを見ながら解読していって、自分なりに理解を深めました。
BIJ編集部・常盤
ソフトバンクグループは複雑怪奇ですよね。
村上:会計上、仕方がないという事情はありますね。
BIJ編集部・常盤
でも資料を見ていると、伝えようという気持ちを感じますよね。やっぱり決算説明資料には、投資家の人に伝えたいという思いがダイレクトに反映される。
村上さんの連載に入れる図をつくっていても、つくりやすいなと思う会社、つまり資料をこのままトレースすればいいと思えるような会社と、ゼロから作り直さないといけない会社はけっこう明確に分かれます。伝えようとする姿勢が違いますね。
村上:そういう意味では、Business Insider Japanでも連載を持たれているシバタナオキさんの本(※2)って、読んでいてびっくりしたんですけど、有価証券報告書ではなく決算説明資料にフォーカスしているんですね。なのでこれは非常に参考になります(編集部注:一例として、シバタさんのこちらの記事を参照)。
入山:そうなんですね。ありがとうございます。たいへん勉強になりました。次回は逆に、村上さんから僕に聞きたいことがあるそうなので、その話をしていきましょう。
※1 ヘンリーミンツバーグ『MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方』日経BP、2006年。
※2 シバタナオキ『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』日経BP、2017年。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。