今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
世界の経営学では、イノベーション時代の理想的なリーダー像として「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」という考え方が注目されています。カリスマ性を持ち、ビジョンを掲げ、部下一人ひとりを思いやってモチベーションを喚起するリーダーシップスタイル——と聞けば理想のリーダー像と感じます。
しかし実は、近年の研究により、このスタイルがあまり有効に機能しないタイプの部下もいるようです。それはどんなタイプでしょうか? そしてその結果から得られる、新しい時代に考えるべき「ニューロダイバーシティ」とは? 入山先生が解説します。
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トランスフォーメーショナル・リーダーシップとは何か
こんにちは、入山章栄です。
僕はいま、早稲田大学大学院(ビジネススクール)で、社会人学生相手のゼミを持っています。ここではゼミ学生たちと一緒に、海外のトップ経営学術誌に掲載された最先端の経営学の論文を読むということをしています。
ゼミ生の多くは30代の大手・中堅企業でバリバリ活躍する会社員。ビジネスの現場の最前線にいる彼らが、自らの問題意識で選んだ経営学の先端の論文を読むことで、アカデミックな知見と現場感覚を突き合わせることができる。僕はこれを「究極の知の往復」と呼んでいます。
最近の連載では、このゼミで面白そうな論文があると、その知見を連載読者のみなさんにも共有したくて紹介するようにしています。
今回ご紹介するのは『The Leadership Quarterly』というリーダーシップ研究の専門の学術誌に2013年に発表された、ペンシルベニア州立大学のアリッサ・パーら2人の研究者による論文「Questioning universal applicability of transformational leadership: Examining employees with autism spectrum disorder」です。
そして、この論文を読むと、新しい時代に求められる「ニューロダイバーシティ(脳神経の多様性)」という考え方の理解も必要だと分かります。ニューロダイバーシティについては後述しますが、マイクロソフトなど先進企業はこの分野にいち早く注目しているようです。
さて、このパーらの論文の内容は、「リーダーシップのスタイルが部下にどんな影響を与えるか」というものです。実はこの分野は経営学でも研究が非常にさかんで、もうペンペン草も生えないくらい大量の論文があります。
なかでもパーが取り上げたのは、「トランスフォーメーショナル・リーダーシップ」(Transformational Leadership:以下TFL)という、現代のリーダーシップ研究において最重要と言われている考え方についてです。
TFLを初めて提唱したのはバーナード・バスという有名なリーダーシップ論の研究者。彼が1980年代から90年代にかけてこの考えを提唱して以来、多くの研究者が「TFLは部下(フォロワー)のパフォーマンスを上げる」という研究結果を提示しています。
トランスフォーメーショナル・リーダーとは、端的に言えば「変革型リーダー」のことです。強いカリスマ性を持ち、将来へのビジョンを掲げ、ワクワクするような語り方で部下のモチベーションや好奇心を喚起する。と同時に、部下の一人ひとりをきちんと思いやることができる。そういうリーダーがこれからの変革の時代は重要なのだ、という理論です。
TFLに関しては僕の『世界標準の経営理論』でも紙幅を割いて紹介しているので、詳しく知りたい方はぜひそちらも読んでみてください。
バスやそれに続く研究者はTFLを定量化するために、45の質問項目からなる質問票もつくっており、これは現在では人事系コンサルティングファームなどでも世界的に使われる指標になっています。
ですからTFLの効果については、すでにかなりのことが分かっている。TFLがこれからの時代に求められるリーダーシップの一つのスタイルであることは、学者の間ではコンセンサスがとれていると言っていいでしょう。
ただし興味深いのは、最近の研究では、「とはいえTFLも万能薬ではないよね」という視点も出てきているということなのです。今回のゼミで取り上げたパーらの論文も、その一つです。
TFLはすべての部下に有効なのか?
今回のパーの研究は、TFLが機能しないかもしれない部下のタイプに注目しました。
今までのTFLの研究は、「リーダーさえ優れていれば、部下はみんなついていくものだ」という前提に立っていた。でもよく考えてみると、部下にもいろいろなタイプがいます。男性もいれば女性もいる。若い人もいれば年配の人もいる。国籍も人種も違うかもしれない。このダイバーシティの時代、「部下の多様性」を考えなければいけないわけですね。
そこでパーたちが注目したのが、脳の多様性です。中でもパーらが取り上げたのは、発達障害についてです。「部下(フォロワー)が発達障害を持っていても、TFLのようなリーダーシップスタイルは有効なのだろうか」という疑問なのです。
発達障害とは一般的に、生まれつき見られる脳の働き方の違いによって、行動や情緒の面に特徴がある状態のことです。
パーが研究対象としたのは、アスペルガー症候群(この言葉も最近は使われなくなってきていますが)の一分野であるASD(Autism Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症)です。
脳の機能に特徴があるため、対人関係が苦手だったり、細かなことに強いこだわりを持ったりする傾向がある方をASDと呼びますが、この人たちの上にトランスフォーメーショナル型のリーダーがいる場合、部下(フォロワー)である彼ら彼女らにどういう影響があるかを研究したのです。
みなさんの中には、ASDはあまりにも特殊なケースなのでは、と思う人もいるかもしれません。しかし実は、いま子どもの20〜50人に1人はASDであるという説があります。もしASDの子どもがそのまま大人になるとすれば、大人の2~5%はASDである可能性がある。
ということは、決して低い割合ではないわけですね。みなさんの職場にもASDの人がいる可能性は十分にあるし、もしかしたら僕だって、調べていないだけでASDかもしれない。ASDは誰もが職場で直面する可能性がある、身近なイシューなのです。
TFLの4つの要素
ではTFL型のリーダー(上司)は、ASDのフォロワー(部下)にどのような影響を与えるのでしょうか。
TFLは4つの構成要素から成っています。パーらは、この4つの構成要素ごとに、ASDの部下への影響は違うはずだ、という仮説を立てました。
- inspirational motivation(インスパイアするような動機付け):リーダーが「こういう未来のために頑張ろう!」というように、ビジョンを語って部下のモチベーションを上げるというもの。
- idealized influence(理想世界の影響):理想とする世界をきちんと説明すること。「やろうぜ!」というだけでなく、ちゃんと未来を語ってあげること。
- intellectual stimulation(知的刺激):知的好奇心を刺激すること。「こういうのって面白いよね」と部下の好奇心を喚起してあげること。
- individual constellation(個別の対応):部下1人ひとりのことをちゃんと見て、ケアしてあげること。
この4つをそれぞれ高いレベルで持つ人はTFLの能力が高くなります。そしてこの4つの要素は、一般にどれも部下にプラスの影響を与えるものと、従来の研究では主張されてきました。
ところがパーたちは、「部下がASDだった場合は、その4つの構成要素のうち、部下にマイナスの影響を与えるものもあるのではないか」という仮説を立てたのです。
例えば、1の「inspirational motivation」です。リーダーが「やっていこう!」とモチベーションをガンガン上げるのは、一般の人にはOKかもしれませんが、対人関係が苦手なASDの方にはむしろはつらいかもしれない。「一緒に頑張ろう!」と言いすぎると、心が疲れて不安感が増す可能性があります。
3つ目の「intellectual stimulation」(知的刺激)も同様です。ASDの方は特定のものに対して強いこだわりがあるので、知的好奇心を刺激するようなことを言われても、未知のことをやるのは怖いし、自分のこだわりと違うことをするのは抵抗がある。「いや、そんなこと言われても……」と感じる可能性があるわけです。
一方で、もちろんTFLがASDの部下にポジティブな影響を与える可能性もあります。例えば2の「idealized influence」は、「将来はこういうふうによくなるよ」と理想的な状態を語るので、ASDの部下が抱きやすい不安感を取り除く効果がある、とパーらは主張します。
最後に4の「individual constellation」。これは一人ひとりをケアするということだから、これもASDの部下の不安感を少なくして、プラスの影響を与えるのではないか、とパーらは考えました。
これらの仮説をまとめると、TFLの4つの構成要素のうちでも、2「idealized influence」と4「individual constellation」の2つはASDの部下にプラスの効果を与えるものの、1「inspirational motivation」と3「intellectual stimulation」は部下にマイナスの影響を与えうる、ということになります。
実際にパーらは52人のASDの方々を対象に調査をして、この仮説を検証しました。その結果、2「idealized influence」と4の「individual constellation」の仮説は予想通りプラスに、そして1「inspirational motivation」もまた予想通り、マイナスの結果を得たのです(ちなみに3「intellectual stimulation」に関しては、統計的に有意な結果が得られませんでした)。
時代はニューロダイバーシティへ
この結果は、これからの時代のリーダーシップにおいて、リーダーは部下(フォロワー)の多様性を考慮しなければならないことを示唆しています。もちろんそこには、性別や国籍などもあるわけですが、パーらの論文が新たに指摘しているのは「ニューロダイバーシティ」です。
ニューロダイバーシティとは、neuro(神経の)とdiversity(多様性)を組み合わせた新語です。ニューロダイバーシティの視点では、ASDのような発達障害を「障害」と捉えるのではなく、あくまで「個性」や「違い」として捉えます。
シリコンバレーをはじめとするエンジニアの中には少なからず自閉傾向のある人材がいることが近年注目されており、マイクロソフトやIBMなどのグローバル企業では、性別や人種の多様性と同じように、脳の多様性も尊重して積極的に採用しようという考え方が広まってきているそうです。
確かにLGBTQの方などは、体と心の性別が違うことがあります。これもある意味ではニューロダイバーシティと言えますよね。
海外ではこういう研究テーマが、2013年の時点ですでに論文として発表されているということに驚かずにはいられません。これからは日本でも、ニューロダイバーシティの考えが重視されていくかもしれません。
このように考えると、これからの時代に求められるリーダー像は、さまざまなダイバーシティを前提にする必要がありそうですよね。皆さんも、自分の求めるリーダーシップ像の参考にされてみてください。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。