撮影:伊藤圭
2020年は新型コロナウイルスの影響で採用に関わる環境が激変し、大小の意思決定が求められる場面が続いた。
POL 社長の加茂倫明(26)は、自分が「壁」に直面していることを自覚していた。
といっても、主力の事業「LabBase」(理系学生の就職マッチングプラットフォーム)は、コロナ禍でも登録学生数・導入企業数ともに順調に増え、売り上げも伸びていた。課題は自分自身のリーダーシップにあると、加茂は内省を繰り返していた。
正解求める悪いクセ、社員が指摘
加茂はあるメンバーの言葉をきっかけに、自分のリーダーとしての責任、役割について考えるようになった。
株式会社POL Wantedlyページより
「僕は、覚悟をもって決められるリーダーについていきたいです」
あるメンバーに突きつけられた言葉が、胸に突き刺さったままだった。
原因はこの直前に起きた、加茂の決断の遅れだった。会社の経営戦略を方向付ける予算や組織編成を決める局面で、加茂が慎重に検討を重ねた結果、予定より意思決定が遅れたという経緯があった。意思がなかったわけではなかった。ただ、「正解を求める悪いクセが出た」。
「僕はいわゆる“優等生タイプ”で、ベストな解を導き、答えを出すことで受験にも成功してきました。経営する立場になってからも、頭で合理的に考えて“何がベストなのか”を探そうとしてきた。でも、探すべきものは正解じゃないと気づいた。
明らかに示さなければいけないのは、僕自身が“何をしたいのか”。周りにも漏れ伝わるほどのワクワクを、心で感じられているか。もっと自分の心で決めていいのだと、この1年の反省から学び、今まさに自分を変えようとしているところです」
創業から5年。社員は50人を超え、2年前には10億円を調達するなど、社会からの期待も高まっている。組織が拡大する中で、社長としてのリーダーシップはより求められるようになった。
「僕の頼りなさを正面から指摘してくれたメンバーの存在はありがたかったですね。この言葉を受けた瞬間はショックでしたが、すぐに納得して『うぉーーーーー!』とやる気が沸いてきて。彼は部門の責任者として、POLに情熱を注いでくれているメンバーの一人。本気のフィードバックをくれる仲間がいることも嬉しかった」
「この数年かけて、ここまでやり遂げたい」
リーダーシップにもさまざま種類がある。加茂はよりエモーショナルで具体的な理想を掲げるリーダーを目指す。
Blue Planet Studio / Shutterstock.com
加茂は自分を強いカリスマ性のあるリーダーになれる人間だとは思っていない。
みんなの意見を広く聞き、方向性をまとめる「サーヴァント型」「フォロワーシップ型」と呼ばれるタイプのリーダー像のほうが自分には合っていると感じていた。優秀な仲間には、のびのびと自分の裁量で力を発揮してほしいという思いもある。しかし、だからといって「リーダーの自分が強く理想を語らなくてもいい」というわけではない。この1年で強く意識しているのはこの点だ。
漠然とビジョンを繰り返すだけでは足りない。組織が目指すゴールを、メンバーがそれぞれの持ち場でアクションにつなげやすいよう、「この数年かけて、ここまでやり遂げたい」とより具体的に示すようになった。
加えて、できるだけ“感情”を口にすることも意識している。
これまでは、メンバーとのコミュニケーションの中で、「AかBか」の結論と根拠を示して終わりがちだった。「こっちのほうが率直にワクワクしますね」「最高ですね」「割とショックを受けています」など、ポジティブもネガティブも両方の感情を表出する。かなり意識しないと難しいと実感している。
「組織の成長に伴って、一人ひとりとのコミュニケーション量が限られる中で、よりエモーショナルに心に響かせるリーダーになれるかが、今の自分の課題なんです」
37歳年上を共同経営者に
経営について実地で学ぶため、加茂はガリバーの元専務、吉田行宏に共同経営者になってほしいと願い出た。
提供:POL
加茂の最大の強みは、この“内省”の力なのかもしれない。
素直に、自分の弱さや欠落を認め、改善のサイクルを回そうとする。直近の失敗でさえ、正直に披露し、「まだ改善している途上」だとさらけ出す。
若くして活躍する起業家には、ディー・エヌ・エーやサイバーエージェントなど、いわゆる“起業家育成カルチャー”が豊かな組織でトレーニング経験を積んでから挑戦へと踏み出した例が目立つ。その点、加茂は会社勤めの経験もなく、いまだに学生と両立しながら、経営者として成長しようとしている。
モデルはいない。上司もいない。経験もない。だから、加茂は自分に足りないものを補ってくれる存在を自ら引き寄せてきた。
POLの創業期、共同経営者として呼び込んだのは、当時、中古車販売大手のガリバー・インターナショナル(現IDOM)の専務取締役だった吉田行宏(63)だった。加茂との年齢差は37歳。親子ほどの年の差があるが、吉田は「世界を変えるほどのインパクトをもたらす若き起業家を応援したい」という思いを持つ個人投資家でもあり、マネーフォワードなどスタートアップ企業を多数支援してきた人物として知られる。
たまたまイベントで出会い、事業の相談をして意気投合し、吉田の「君に足りないのは仲間だ」という言葉にガツンと揺さぶられた。その次に会ったときには、「一緒にやってください」と伝えていた。
「吉田さんに求める役割も、時期によって変わってきました。創業当初は、経営の何から何まで教わる先生のような存在。2年目からだんだんと戦略参謀兼コーチという存在に。今は僕がリーダーとして甘えず意思決定できるよう、適度な距離感を保ちながら見守ってくれているのがありがたいですね」(加茂)
サービスリリースの1年後に実施した資金調達では、サイエンスとビジネスの両面に明るい御立尚資(元ボストン コンサルティング グループ日本代表)、スタートアップ支援の経験豊富な千葉功太郎、人材育成・人事のプロである森本千賀子が投資家として名を連ねるなど、豊富な経験と知見を持つキーパーソンを巻き込んでいることが分かる。
「自分一人で解決できず、モヤッとすることがあれば、株主や先輩経営者に話をしにいきます。助言を鵜呑みにするのではなく、自分なりの仮説をぶつけると、ハッとする意見をいただけたり、背中を押してもらえたり。いい関係を築けていると思います」
自分が描いたゴールを実現するだけの器を広げるため、必要な手を借りる。そして、素直な内省を繰り返す。「組織の成長のためには、自分よりもはるかに優秀な仲間を集められるかが肝になる。そのためには、僕自身のリーダーとしての器を磨かないといけない」と頬を引き締める。
加茂は、「これまでで一番うれしかった」と振り返る出会いについて語り始めた。
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(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。