撮影:伊藤圭
起業家にとって、自分が始めたサービスを、誰かに使ってもらって喜んでもらえたという手応えをつかめたときの感動は格別だ。POLのCEO・加茂倫明(26)にとって、それは理系学生のためのスカウト型就職プラットフォーム「LabBase」の第一号内定者の声だった。
研究に励み、就職活動に時間を割くことができなかった東大大学院生が、「LabBase」で研究内容を公表したところ、思いがけない企業からスカウトが舞い込んだ。知らない企業だったが、やりとりをするうちに事業内容に強く関心を持てる企業だと分かり、内定承諾へ。まさに加茂が「こんな変化を起こしたい」と思い描いていたとおりのストーリーが、サービスリリースの2カ月後に起きたのだ。
フィードバックをもらうために訪ねると、内定をとった大学院生は嬉しそうにこう言った。「LabBaseで、僕の人生は変わりました」
「めちゃめちゃ勇気をもらいました。僕がやろうとしていることは間違っていないと確信できました」
学生も人事も…入社する利用者たち
利用者たちの中には、サービスを通じ、科学の進化をブーストさせるという加茂のビジョンに共鳴し、入社を希望する者も現れていった(写真はイメージです)。
Portrait Image Asia / ShutterStock
リアルなユーザーの一言で仮説は事実へと変わり、加茂はアクセルを踏んだ。さらに想定外のことが起きた。数年後、その第一号内定者がPOLに社員として入社したのだ。POLを通じて自分自身に起きた変革の感動を世の中に広げたいと、仲間になる道を選んだのだ。
加茂の描く未来に共鳴し、巻き込まれたのは一人だけじゃない。
「LabBase」のリリース前、手作りのGoogleフォームで事前登録企業を募ったとき、真っ先に登録をしてくれた一人が、クラウド名刺管理サービスSansanの人事担当者だった。加茂はすぐに電話を入れ、会いに行った。
“人生初営業”だったその日、「理念に共感しています。応援しますので頑張ってください!」とエールをもらえたことが嬉しかった。そのまま契約を決め、サービスをよりよく改善するためのフィードバックもこまめにくれた。まるで一緒に開発しているかのような熱量だった。聞けば、その人もまた大学時代に研究に没頭し、研究者とキャリアの問題に悩んだ経験のある当事者だった。彼もまた1年前にPOLにジョインし、現在は一部門の責任者を担っている。
“共鳴”から仲間が増えることがうれしいと、加茂は誇らしげに語る。共鳴とは、異なる個体同士が、同じ振動数の刺激を受け合って、増幅していく現象だ。
4歳からピアノ。音楽への道に葛藤
幼少期から加茂はピアノを続け、現在も経営と学業の傍ら、週に3回は自宅でキーボードの鍵盤を叩く。
提供:POL
漠然と起業家を目指していた高校時代、加茂にはもう一つ、起業家とどちらを選ぶか迷っていた夢があった。ミュージシャンへの道だ。
4歳からピアノを習って音楽に親しみ、作曲活動もしていた加茂は、「曲にも世界を変える力がある。価値のある音楽は作り手が死んだ後もこの世に残る。起業と音楽、どちらに挑戦しようか」と揺れていた。努力次第で成功確率はより高くなるはずと起業を選んだが、「高校時代に幸せを感じていた時間」として思い出すのは、一つのイヤホンを友達とシェアして、音楽を聴いて盛り上がっていたときなのだという。
「自分が発掘してきた曲を誰かに聴かせて、楽しんでもらう。その共鳴の瞬間が好きでした。新しいものをつくって、みんなとシェアして、共鳴し合いたい。きっとそれが僕の根本にある欲求なのだと思います。
POLでやってきたことも同じ。科学の発展に世界で一番貢献できる会社にしたい。同じ未来をつくれる仲間を増やしたい。
僕らの共鳴の先につくれる未来が、絶対に世界をよくすると信じられるから、迷いはありません」
加茂が人生をかけて最大化しようとしているサイエンスの世界。「尊敬する科学者は誰か?」と聞くと、「キュリー夫人です」と即答が返ってきた。
「キュリー夫人は、女性として初めてノーベル賞を、しかも2回も受賞した偉大なる科学者です。自分の身を犠牲にして放射能の研究を続け、それによって自らの身体が病に冒されたと気づいてからも、人類の発展のためにとその使命を全うした人。
科学者の方々に犠牲を払ってほしいとは決して思いませんが、このような崇高な気概をもった科学者がもっと光を浴び、その力を存分に発揮できる環境をつくりたい。その変化を加速させるのが、僕たちの使命だと思っています」
研究者の競技人口増やす
撮影:伊藤圭
ここから先、加茂の挑戦は領域を広げていく。
採用マッチング事業に加え、産学連携や共同研究を促進する支援にも力を入れていく。ここ2年ほどは、科学技術研究を軸にしたイベント事業も強化している。6月には学生の研究室選択を支援する新サービスもリリース予定だ。研究者・科学者・その卵である学生たちがどこよりも価値ある場として集い、最先端の知を生み出す人の情報がどこよりも集まる場となること。それがPOLの最大の価値であり、成長のエンジンとなっていく。
これらの構想はすべて、「世界中の研究者が抱える課題の解決」のため。加茂が描く絵は創業した5年前から変わらず明確だ。
「POLのサービスを通じて、業務が効率化し、出会うべき人たちが出会い、価値ある研究者に必要な情報やお金が集まる。その結果、研究が加速する状態が起きて、世界中でイノベーションが爆発的に生まれる」
研究者という生き方を支援することは、日本の国力活性化にもつながる。困難な状況でも地道にコツコツと積み上げる真面目な国民性の日本人にとって、合理的な成長戦略にもなるはずだと加茂は考えている。
待遇などの問題から減り続けている博士の数も回復させたい。競技人口が多いほどそのスポーツのレベルが上がるように、研究者を増やすことで、世界で評価されるスーパー研究者を日本からどんどん輩出したい。
ただし、フィールドは日本に留まらない。
「世界の」「人類が」と繰り返す加茂は、地球規模で使命をとらえている。加茂はまだ26歳と若い。しかし、多くの研究者がそうであったように、人生は何かを成し遂げるには短すぎる。
だから、急がなければならないのだ。
(敬称略・完)
(文・宮本恵理子、写真・伊藤圭)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。