羽田空港を離陸する前、バイオジェット燃料を給油した後の飛行検査機。
提供:ユーグレナ
6月4日、17時頃、愛知県にある中部国際空港に1機の飛行機が着陸した。
バイオベンチャー・ユーグレナが研究開発を続けていた、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を原料の一部として作られたバイオジェット燃料を搭載した飛行機が、初めてのフライトを成功させた瞬間だ。
この成功によって、「ミドリムシで空を飛ぶ」という、出雲充代表の描いてきた夢が現実のものとなった。
政府機関の飛行検査機での初フライト
横浜市鶴見区に建設された、バイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント。
提供:ユーグレナ
ユーグレナは2018年10月、横浜市鶴見区にバイオジェット・ディーゼル燃料製造の実証プラントを竣工すると、同時期にいすゞ自動車や全日本空輸(ANA)などとともに、日本をバイオ燃料の先進国にすることを目指す「GREEN OIL JAPAN」を宣言。
2020年1月30日には、バイオジェット燃料の製造プロセスが国際規格(ASTM D7566規格の新規格)を取得し、国内で民間航空機に搭載可能な燃料として正式に承認。当初目指していた2020年9月頃までの商業フライトを実現すべく、着実に準備を進めていた。
ASTM規格:ユーグレナの実証プラントでは、アメリカのChevron Lummus Global, LLC(以下、CLG社)とApplied Research Associates, Inc.(以下ARA社)が共同開発したバイオ燃料製造技術である「BICプロセス」を利用して燃料を製造。原料の一部としてミドリムシを使う製造プロセスが国際規格「ASTM D7566 Annex6」として認証された。
しかしその後、新型コロナウイルスの流行の影響や、実証プラントにおける製造プロセスの調整などに時間がかかり、バイオジェット燃料の製造は遅延。
ユーグレナのバイオジェット燃料が「完成」したのは2021年3月。その段階で航空機搭載に向けた準備は整い、あとは関係各所との調整を進めるだけの状況となっていた。
今回、バイオジェット燃料が搭載されたのは、国土交通省航空局が運用する飛行検査機「サイテーションCJ4」。
6月4日の14時半頃に東京・羽田空港を離陸すると、予定されていた飛行検査業務を遂行し、約2時間半後に中部国際空港へと無事に着陸を果たした。
政府機関の航空機で国産のバイオジェット燃料が使用されるのは、日本初のこととなる。
ユーグレナとしては、今後、民間航空事業者でのフライトの実現も進めていくことになるはずだ。
なお、今回のフライトで使用した燃料は、ミドリムシからの抽出成分と使用済み食用油を混合して作ったバイオジェット燃料(成分比率は未公開)に、石油由来の既存ジェット燃料を混合したもの。バイオジェット燃料の成分比率は調整が可能だ。
バイオ燃料事業は次のフェーズへ
ユーグレナの出雲充代表(2020年10月)。
撮影:今村拓馬
ユーグレナがバイオ燃料事業をスタートしたのは、2008年。
出雲代表は、2020年12月のBusiness Insider Japanのインタビューで、バイオジェット燃料の開発計画を訴え始めた当初は、賛同してくれる企業がほとんどいなかった、と語っている。
しかし、そんな状況は上場を機に一変。周囲の見る目ははっきりと変わった。
2018年には実証プラントを竣工させると、バイオ燃料の製造に向けたプロセスを着実に積み上げ、2020年3月にバイオジェット燃料に先駆けてバイオディーゼル燃料が完成した。バス、配送車、フェリー、タグボートなど、さまざまな用途用の燃料として、2021年5月末時点で26社に供給されている。
バイオジェット燃料とバイオディーゼル燃料。
撮影:今村拓馬
バイオディーゼル・ジェット燃料は、植物由来の燃料とはいえ消費される際には二酸化炭素が発生する。ただし、原料となるミドリムシなどが成長する過程で二酸化炭素を吸収する(光合成する)ため、総合的にみて環境負荷が低いとされている。
2020年12月に政府が発表したグリーン成長戦略でも、カーボンニュートラルを目指す上で重要な役割が期待されている。
今回のフライト成功によって、すでに実現していたバイオディーゼル燃料としての可能性にとどまらず、「ミドリムシがバイオジェット燃料の原料になる」ことが証明された。
「ベンチャーとしての第1ステップは、『ミドリムシで健康になれる』『バイオ燃料で車が走る。本物の航空機が飛ぶ』というコンセプトを証明することでした。
本当にミドリムシで航空機が飛べば、あとは工場を2000倍に大きくするだけでいいんです」(出雲代表、2020年12月のインタビュー)
実証プラントで製造されたバイオ燃料は、いまのところ1リットルあたり1万円と、その生産規模が影響してコストが高い。
一般的な燃料として普及させていくためには、規模を拡大してコストを下げていく必要がある。
ユーグレナは今後、2025年を目処に新たに商業用のバイオ燃料のプラントを整備し、年間で25万キロリットルのバイオディーゼル・ジェット燃料を製造する。2030年にはさらにその規模を拡大し、年間100万キロリットルの製造を目指すとしている。
5月20日の決算説明会で出雲代表は、「既設の製油所、精製所を改修するほうがはるかにビジネスの目処が立ちやすくなる」と、商業プラントの建設候補地の選定について語った。
ユーグレナのバイオ燃料事業では、これまで「ミドリムシを使って航空機を飛ばす」といった技術の実証、つまりゼロからイチの実績を作ることが求められていた。これから先は求められる要素が変わってくるはずだ。
まずは、バイオ燃料事業を着実にスケールさせること。それと並行して、「ユーグレナ製のバイオ燃料によって、どこまで環境負荷を低減させることができるのか」という本質が問われ始めることになるだろう。
(文・三ツ村崇志)