写真左:Liu Hongsheng/Qianlong.com via REUTERS、写真右:REUTERS/Kim Kyung-Hoon
中国EC2位である京東集団(JD.com)の物流を担う京東物流(JDロジスティクス)が5月28日、香港市場に上場した。同社にはソフトバンク・ビジョン・ファンドが長期保有を目的とする「コーナーストーン投資家」として6億ドルを出資している。
同日、「貨物業界のDiDi(滴滴)」と呼ばれる満帮集団がニューヨーク証券取引所にIPOを申請したが、こちらもビジョン・ファンドが22.2%を出資している。
ドローンやビッグデータに投資を続け、中国物流業界のイノベーションを推進してきた2社の特徴や課題を、2回に渡って紹介する。今回は、京東物流を取り上げる。
2007年から物流とテクノロジーに投資
京東集団はEC産業が今のように一大産業になる前から物流に投資を続けて来た(2015年撮影)。
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京東物流は2017年に京東集団から分離して設立され、中国物流業界で順豊控股(SFホールディングス)と首位を争う大企業に成長した。
京東物流の成長は中国ECの発展と密接に関係しており、さらにEC首位のアリババと2位の京東の違いを説明する上でも外せない要素だ。
アリババが提携する配送業者に配送を委託しているのに対し、京東集団は2007年から自社で物流網を整備し、中国では「配送が迅速確実」と評価されてきた。京東物流は設立から4年しか経っていないが、物流事業自体は14年の歴史があり、歴史の浅い中国の配送業界では「老舗」に分類されると言ってもいい。
京東が早くから物流に力を入れ始めたのは、同社の祖業と関係している。
京東は元々PC関連製品の店舗から始まり、2003年に中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が大流行したため、“やむなく”オンライン販売に切り替えた。その後、オンラインの売り上げが店舗を超え、EC事業者に業態転換したわけだが、元がPCショップだったこともあり、取り扱う商品は高価なIT端末や電気製品が中心だった。
そのため、購入者からのクレームも配達遅延、荷物の破損・紛失など「配送」に関する内容が引きも切らず、同社の劉強東CEOは配送の問題が成長を縛っていると認識。2007年に物流部門を立ち上げ、倉庫や配送網の構築に着手した。倉庫スタッフや配送員も自前で雇用しており、京東物流の作業員の社員比率は、業界内でも非常に高い。
「京東=配送品質高い」イメージ定着
アリババが2009年にECセールを始めたことで、配送企業も成長した(2015年撮影)。
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今では主流となったサービスをいち早く取り入れたのも同社だ。
2010年には「午前11時までに受け付けた荷物は当日、11時以降に受け付けた荷物は翌日配送」というサービスを開始した。2014年には上海にロボット化されたスマート倉庫を開設。ドローン配送や無人車配送、無人倉庫などテクノロジーにも早くから投資してきた。2019年には日本の無人配送ソリューションの構築に向け、楽天と提携している。
一方で、物流業界を徹底的に鍛え上げ、底上げしたのは京東のライバルであるアリババだということも忘れてはならない。
2009年11月に、今では世界的に知られるようになった「独身の日(ダブルイレブン)」セールを始め、セールが盛り上がるにつれて毎年配送網がパンクするようになった。注文した商品が1カ月経っても届かない、あるいは配送作業に疲れた作業員が荷物を蹴り飛ばす画像がSNSで拡散する……といった問題が次々に起こり、アリババは2013年に複数と宅配企業と物流プラットフォーム「菜鳥網絡」を設立した。
アリババは配送企業に出資しながら、AIやビッグデータなど、配送を最適化するソリューションを提供し、配送業務そのものは他社に委託している。アリババのエコシステムに入ることで、複数の大手宅配企業も登場した。
以降、アリババ型と京東型のどちらが優れているかが長らく議論されてきた。後述するように、京東モデルには一長一短あるが、少なくとも消費者にとっては、「京東=配送品質が高い」というブランドイメージが定着し、「大事なものや急ぎのものは京東のECサイトで購入する」という消費者が少なからずいる。
企業向けワンストップサービスが強み
無人配送車、ドローン配送など、「ラストワンマイル」配送へのテクノロジー導入も、京東は積極的に進めている。
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京東が物流部門を2017年に「京東物流」として分社してからは、同社は配送業者として他社と度々比較されるようになった。最も比べられるのは業界最大手の順豊控股だが、両者の大きな違いは、順豊がコンシューマー向けビジネスが主力なのに対し、京東物流は顧客の大半がECに出店する企業という点だ。
ECの一部門として生まれたサービスであることから、商品が注文・決済された後の工程をワンストップで請け負う業務に特に強みを持っており、例えばスマホメーカーのシャオミ(小米科技)も京東物流を利用している。単に倉庫で保管し、配送するだけでなく、シャオミ工場から預かった商品を需要予測に基づいて全国各地の倉庫に配置、包装することで、消費者が注文したときに素早く配送できる体制を整えているという。
日本の事業者からも評価が高く、ANAホールディングス関連会社で、中国向け越境ECを手掛けるACDは、2018年8月から中国での配送を京東物流に委託している。ACDの古居弘道社長は、「以前は他社を利用していたが、消費者からの物流に関するクレームが頻繁に発生しており、商品の紛失や破損等それに対応するコストが相当かかっていた。クレーム対応も遅く、2週間も原因究明に時間を費やしたケースもあった。京東物流に切り替えてからは、通関のシステム連携や商品の事前通関登録方法などでも適切なアドバイスが得られ、紛失や盗難、破損などの発生率も少ない」と語った。
投資拡大、黒字化の見通しは遠い
消費者にとっては、いいことづくめの京東物流だが、顧客体験への投資の大きさがそのまま課題にもなっている。
同社の売上高は2018年に379億元(約6500億円)、2019年に498億元(約8500億円)、2020年に734億元(約1兆2600億円)と順調に伸びている。一方で2018年から2020年の純損失はそれぞれ27億6500億元(約470億円)、22億3400億元(約380億円)、41億3400億元(約710億円)と赤字が続いており、今後も倉庫など配送網と次世代テクノロジーに投資を続ける方針を明確にしているため、短期間に黒字化する見通しはない。
もう一つの課題は、売り上げの多くを京東集団との取引に依存している点だ。同集団以外の取引企業の比率は2018年以降29.9%、38.4%、46.6%と確実に上昇しているものの、相変わらず京東集団が占める比率も高く、メガIT企業に中国政府の圧力が増している中、独占禁止法のターゲットになるリスクが高い京東集団との取引比率を下げる必要性が指摘されている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。