今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
紙の本を売りながら電子書籍市場に参入したアマゾン。DVDレンタルを旗艦事業としながらストリーミング配信に乗り出したネットフリックス。どちらもカニバリゼーションを恐れず新規事業で成功した例ですが、なぜ日本企業ではこのような事例をあまり見かけないのでしょうか? 今週も、ファイナンスが専門の村上茂久さんをゲストに招いての対談形式でお届けします。
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なぜアマゾンはカニバリズムを命じるのか
BIJ編集部・常盤
ファイナンスのプロであり、Business Insider Japanで連載をしてくださっている村上茂久さんをゲストにお迎えしての3回目です。前回までは村上さんが入山先生の質問に答えてきましたが、今回は逆に、村上さんから入山先生に聞きたいことがあるそうですよ。
村上茂久(以下、村上):はい、ぜひお聞きしたいことがあります。
GAFAをはじめ成長に意欲的な会社は、日本企業に比べて、カニバリゼーション(共食い:既存のビジネスと同じ客層に新しい価値を提供し、既存事業をある意味で破壊しながら新しい取り組みをすること)を恐れずに新しいことをバンバンやっていますよね。例えば、いま飛ぶ鳥を落とす勢いのネットフリックス(Netflix)などもそうです。
十数年前、ネットフリックスはDVDの配達事業をやっていました。同じころ、TSUTAYAも似たようなビジネスをしていた。月2本まで借り放題で延滞料金はとらないという、いまのサブスクリプションに近いビジネスですね。
でもネットフリックスは2010年前後に「これからはインターネットの動画配信だ」と、そちらに舵を切って新しいビジネスを始めた。インターネットの動画配信は、明らかにDVD配達事業と競合するにもかかわらず、です。自らの育ててきた、しかも上場までしている事業をつぶすことになっても、平気でそれを実行に移す。
アマゾンもECで伸びていながら、自らKindle(キンドル)を発売しました。Kindleがあれば、ユーザーはネットで紙の本を買わなくなる。でも自らそういうことに取り組むわけです。
なぜ彼らはカニバリズムを恐れないのでしょうか。入山先生は経営学的な視点から、どのようにご覧になりますか?
入山章栄(以下、入山):なるほど。確かにGAFAなどの現代の世界的な企業ほど、カニバリズムの重要性をよく理解している印象です。
僕は日本のAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の方と交流があるのですが、彼ら彼女らの話を聞いていると、アマゾンがカニバリズムを恐れないというのは本当にその通りのようです。ジェフ・ベゾスさんは社内で「JB」と呼ばれているんですけど、JBからは「どんどんカニバれ」という指令が、現場によく来るらしいんです。
村上:へえ、そうなんですね。
入山:それくらいジェフ・ベゾスさんは、「カニバリ上等」なんですよね。どうせライバルにやられるんだから、それなら先にやったほうがいいんだと言って自分たちを自己破壊できる。だからこそKindleやAWSのようなサービスを始めることができる。ここがすごいところですよね。
村上:日本企業は、そういうことがあまり得意ではない印象があります。
入山:おっしゃる通り、日本の企業では、本業と重なる部分のある新規事業を始めるのがすごく難しい。とはいえ、日本企業にも例外はあります。例えば、ピーチ航空を成功させた全日空(全日本空輸)がそうではないでしょうか。
村上:ああ、LCCのピーチですね。
ANAは2012年に格安航空会社のピーチ航空を就航した。
Markus Mainka / Shutterstock.com
入山:僕はANAホールディングスの方から、ピーチをどうやって立ち上げたかを伺ったことがあるんですよ。亡くなられた山元峯生さんという会長さんや現在ANAホールディングスの社長である片野坂真哉さんなどが、「海外ではLCCというものがあるらしい。これがそのうち日本に来たら我々はやられる。どうせなら、先にやっちまおうぜ」という感じで始められたそうです(笑)。
そしてピーチの社長を創業時から務めた井上慎一さんなど、切れ者数名をアサインして始めたのだそうです。だけどLCCって、「究極のカニバリ」じゃないですか。既存事業の低価格版ですから。
村上:そうですよね。
入山:なので当然、社内からは猛烈な反発があったそうです。会社って社長がカニバリを恐れなくても、その下の人たちが恐れるんですよ。なぜかというと、この連載でも何度か解説した「経路依存性」があるから。
経路依存性とは
社会や組織は、一度できあがってしまった既存の仕組みをその後もひきずる傾向があることを指した言葉。さまざまなものが複雑に絡み合って1つの仕組みが成り立っているため、どれか一部分だけを変えようとしても変わらない。
ダメな方向のカニバリもある
村上:なるほど。私は、『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』で入山先生が連載されていた「世界標準の経営理論」をいつも読ませていただいていましたが、その中で一番印象的だったのが、ソニーの話です。
当時はソニーが低迷していましたが、入山先生は「ソニーはこれから間違いなく復活する」と力強く書かれていた。そしていまやソニーは日本の企業の中でも時価総額3位くらいまで復活してきました。
でもソニーは一時期サイロ化(タコつぼ化)していたと、元グーグル日本法人社長の辻野晃一郎さんが『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』という本に書いています。
例えば当時、ソニーは「スゴ録」というDVDレコーダーを出していたけれど、DVD事業部が担当するのか、テレビ事業部がやるのかがはっきりしない。
iPodに先駆けて開発されたネットワークで音楽を配信するウォークマンも、MDの部署が主導するのか、デジタルネットワーク関連の部署がやるのかよく分からず、互換性のない似たようなウォークマンや製品が別の部署(カンパニー)から複数出てきたりと、ある意味でカニバっている。
当時は今のようにUSBケーブルが存在していなかったので、ソニーの製品を35個並べたら充電器も35種類あるというくらい、互換性もなかった(※1) 。こんなふうに、ダメな方向のカニバリズムに行ってしまうケースもあるのかなと思います。
ソニー元CEOの平井一夫は、ソニーが「感動を生む」会社であると言い続けた。
REUTERS/Steve Marcus
入山:面白いですね。僕が「ソニーは復活する」と書いたのは、もう10年近く前のことです。まだ日本に帰国したばかりで、日本のことをよく分かっていない時期でした。
その頃のメディアで、改革半ばのソニーはすごく批判されていました。でも、アメリカから帰りたてで、海外の経営学を学んできた僕からすると、当時ソニーの社長だった平井一夫さんはどう見ても「知の探索」をしているし、絶対いいと思ったんです。メディアでそれを発言して、ソニーに批判的な人と論争になったこともありました(笑)。
知の探索とは
新しい知を得ようと努力する行為。現在のように非常に不確実性が高い時代においては、収益を上げている事業はまたたく間に陳腐化してしまう。そこで、知の探索を通じて遠くの新しい知を得ることが重要になってくる。
個人的には、ソニーが復活できた大まかな理由は、少なくとも3つあると思います。
1つは、まず平井さんが「知の探索」的な企業文化をつくっていったこと。平井さんは技術のことは分からなくても「この技術いいね、もっとやろうよ」と、現場に下りて励ましていたそうです。
2つめは今の話で、社内の情報の共有化。ソニーって、まだまだサイロ化している部分はあるものの、かなりオープンにしていますよね。例えばソニーの新規事業部門などは、平井さんが相当守っている。
かつ、内部でそういう情報がシェアできるようになってきたので、おそらく以前よりは、いわゆる「トランザクティブ・メモリー」のカルチャーが少しずつできてきている。
トランザクティブ・メモリーとは
自分がすべてを知っている必要はない代わりに、誰が何を知っているかを知っていることが重要という経営学の考え方。
そして3つめに、僕が一番大きいと思うのは、ソニーは何の会社かということを統一させていったことです。あるとき僕は、ソニー関係者の中でも、いわゆる「反平井派」の立場の方に呼ばれて、お話ししたことがあるんです。
けっこうな年配の方でしたが、僕が「あなたにとって、ソニーは何の会社ですか?」と聞いたら、「決まってるじゃないか、『エレキ』だよ」と言うんですね。
BIJ編集部・常盤
ああ、やはり。エレクトロニクス事業の会社だということですね。
入山:そう。その方にとってソニーとはエレクトロニクスの会社で、「ソニーらしさ=エレキ」という解釈なんですよ。
もちろん、それは一つの解釈なので、悪いわけではないです。でも平井さんはもとより、創業者の井深大さんも盛田昭夫さんも、実はそんなことは全然言っていない。ソニーというのはイノベーションを起こしてチャレンジする会社なんだ、という言い方をしているんです。
平井さんはそれを自分の言葉で言い換えて、「ソニーとは感動を生む会社なんだ」と言い続けたんですよね。「感動」という言葉で社内を揃えていったんですね。これが大きな革命だった。
平井さんがこれを言い続けることで、会社の中で方向感にコンセンサスが出てくる。「エレクトロニクスもエンターテインメントも金融も、感動を生むのは同じ」というようにコンセンサスがとれてきた。
なおかつ社内で情報の共有化が進んでトランザクティブ・メモリーができてきて、かつ「知の探索」もやっていいという文化になったので、結果的にサイロ化が減ったのではないでしょうか。
村上:やはりアマゾンでない会社が、ジェフ・ベゾスさんの言うようにカニバってもうまくいかない。どういう会社なのかという共通認識を持ったうえで、トランザクティブ・メモリーや知の探索もしつつ進めるのがポイントですね。
入山:アマゾンの場合は、同じカニバリズムでも「腹落ちできるカニバリズム」なんだと思うんですよ。
村上:なるほど、社内に納得感があると。
入山:「紙の本はいずれ電子書籍に取って代わられるよね。だったら今のうちにやりましょう」という社内のセンスメイキング、納得感みたいなものが形成されている。当然、情報は共有化されているし、アマゾンの人たちには「変えていこう」という知の探索のマインドもある。
そうすると既存の事業をしている人たちも、むしろ「分かりました、変えましょう」というふうになっていくと思うんです。
村上:確かに。アマゾンも「everything store」という言い方をしていますから、別にECで紙の本を売ることに限らないですよね。アマゾンはネット書店というイメージが強いですが、自己認識は違うんでしょうね。
BIJ編集部・常盤
ソニーも設立趣意書まで遡れば「自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場」という言い方をしていますし。
村上:ソニーはハワード・ストリンガーさんが社長だった2006年ごろに、「Sony United」というコンセプトを掲げたんですけど、うまく社内を巻き込めなかった。その次に社長になった平井さんは「感動を生む会社」と再定義したので、「また変えたのか」と思われた可能性はあるけれど、「ソニーとは何か」をうまく言語化してまとめ上げたのが大きいのかなと思います。
いい会社はミッションが動詞になっている
入山:本当にそうだと思います。「ユナイテッド〇〇」とか「One 〇〇」というコンセプトは危険だと思いますよ。そのままでは、何をOneにしたいのか分からないので、社員間・役員間でもその解釈が多義的になってしまいます。
僕は最近、ビジョンやミッションなど会社の存在意義を決めるときに重要なのは「動詞を使うこと」だと言っているんです。我々は何をしたいのかという「動詞」が言語化されていないといけない。
いい会社のビジョンって、だいたい動詞なんですよ。名詞の会社は危険です。動詞になるとプロアクティブに「世の中をこうつくっていきたい」となる。
村上:たしかに未来志向になりますね。
入山:ソニーなら「感動を生む」というように動詞で言い切ることが大事。One Sonyと言われても、どうすればいいかよく分からないし、はっきり言って全然共感しないじゃないですか。ソフトバンクも「テクノロジーで人類を幸せにする」ですよね。
イーロン・マスクがなんと言っているか知らないけれど、どう見ても「世界を救う」としか思ってないですよ。そのために火星に行こうとしているわけですから。そのあたりが、今思うと平井さんは非常にうまかった。それを現在のトップの吉田憲一郎さんや十時裕樹さんも引き継いでいるのがいいと思います。
そういう未来をつくっていくなら、自分の事業が古くなってきているのであれば、新しい事業にリプレイスするのは当然でしょう。そういう意味で、いま僕が期待しているのはミスミなんですよ。
村上:はい、機械加工製品のミスミですね。
入山:村上さんには釈迦に説法ですけど、イノベーションの起こし方は2方向しかないと僕は理解しています。まずその1つは、その会社が持つ既存リソースを使って、新しい顧客に価値を提供することです。これはカニバリは生まないのですが、顧客開拓がすごく大変です。
それに対してもう1つは、既存顧客に新しい価値を提供することです。これは既存顧客に別の価値を提供するわけだから、カニバるんだけど、顧客の開拓がいらないので、実はすごく可能性があるんです。
それをやって成功している日本企業もあります。代表例が、コマツのスマートコンストラクション。このサービスは、対象が建機を買うクライアントであるところは変わっていません。でも、建設現場で行われる測量から検査までのプロセスにICTを導入することで、まったく新しい価値を既存顧客に提示して行った。まさに自己破壊をしながら進めたといえます。
入山先生作成
その意味では、ミスミのmeviy(メヴィー)というサービスもこれから期待しています。ミスミは部品のカタログ販売の会社です。工場がミスミのカタログを見て部材を発注するわけですが、紙のカタログ販売なので効率が悪い。
いまやもう設計は三次元CADでやるのに、カタログは紙という二次元だから、三次元CADをいったん図面に落とす必要がある。そのうえで発注するわけですから、効率が悪いんですよね。
この問題を克服するために、meviyではクラウド上に三次元で設計したものを、AIが数秒で解析するんです。そして「この製品をつくりたいならこういう部材が必要で、仕様はこうで、これくらいかかります」と見積もりまで一瞬で出してくれる。
ミスミは2021年からこれを本格的に導入するので、今まで2~3カ月かかっていたリードタイムが数分で終わりますよ。
村上:それはすごいですね。
入山:これってやっぱり究極のカニバリズムじゃないですか。だけどミスミはお客さんをもう持っているから、紙のカタログをmeviyに代えていけばいいだけ。つまり、実は日本企業の中には、既存の太いお客さんを持っている会社も多いわけだから、そこに既存とのカニバリを恐れずに新しい価値を提供すれば、実は新規顧客開拓をしなくてもいい分、勝ち筋があると僕は思っているのです。
つまり、伝統な日本企業こそ、これからはデジタルの力などでカニバリをガンガンやるのが勝ち筋なのかもしれないんですよ。
BIJ編集部・常盤
「イノベーターのジレンマ」と言われるとおり、これまでの既存事業を破壊するのはすごく勇気がいることですが、ここでポイントなのは未来志向であるかどうかですね。
入山:先ほども述べたように、イノベーションの方向って、基本的には2種類です。自前の技術で新しいお客さんを見つけるか、すでにいるお客さんにより高い価値を提供するか。
日本の会社はカニバリズムが怖いので、どうしても前者をやりがちなんですよ。「うちの会社の技術を必要としているお客さんはいないか。もっと新しい客を開拓してこい」となる。でも、新しいお客さんを開拓するのは本当に大変ですよね。
そう考えたら、そもそも既にお客さんはいるんだから、カニバってもいいから新しい価値を既存顧客にどんどん提供することを日本企業はより考えるべきではないでしょうか。
村上:ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が上がれば、ファイナンス的にもカニバリも全然怖くないというふうになるでしょうね。入山先生、よく分かりました。ありがとうございました。
入山:こちらこそ、たいへん勉強になりました。次回はBusiness Insider Japan前統括編集長の浜田敬子さんからの質問にお答えします。村上さんも、よろしければお付き合いください。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ 代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。