非営利の調査報道機関「プロパブリカ(ProPublica)」は、アメリカの富裕層上位25人の所得税の情報を入手。2014年から2018年までの間に、彼らの所得税額と純資産の増加を比較した分析結果を発表した。その結果、彼らの所得税の額は、彼らの増加した資産のわずか3.4%に過ぎないことが分かった。
プロパブリカはこのことを「真の税率」と呼んでいる。私は、彼らの分析に多少の疑問があるが、本質的な問題は示されていると思う。それは、アメリカの超富裕層は、本来収めるべき所得税よりも少ない額を払っており、公平でないということだ。
しかし、この問題には希望もある。それは富裕税という、政治的、憲法上、そして行政上非常に難しいとされている税を導入しなくても解決できるということだ。
現在の所得税は、我々の所得というものを正確に定義していない。もう少し包括的な所得の定義を適用することで、ジェフ・べソスやイーロン・マスクのような人々から、もっと税金を徴収することが可能になる。それは、2つの大きな抜け穴をなくすだけで、できるようになるのだ。
所得とは?
経済学者に「所得」とは何かと聞くと、「ヘイグ・シモンズの所得」という概念を挙げる人が多い。ある期間の所得とは、その期間の支出額と純資産の増減に等しいというものだ。収入は消費されるか貯蓄されるかのどちらかであり、消費した額と貯蓄した額を足せばそれが収入と等しくなる。しかし、まだ実現していない利益については、税法上や一般的な所得の概念との関係で、この定義に問題をもたらす。
もし、1年前30万ドルだった家の価値が、現在35万ドルの価値になっていたとする。あなたの家は、1年間で5万ドルの収入を生んだのだろうか。ヘイグ・シモンズの概念ではそうなるが、普通の人はそう感じないだろう。上昇した価値は、あなたがその家を売るまでは、実際には所得として感じられないし、税法上も売られるまでは、所得として換算されない。
これが税金を「回避」する主なやり方だ。アメリカの上位富裕層は、株価が上昇した主要企業の株を持っている。しかし、彼らは株を売ったわけではないため、上昇分の利益を所得として報告はしていない。
もちろん、違法ではない。利益に対する税金がいずれ徴収されるということであれば問題はない。将来、納税しなければならない額が増え、利益が実現したときに確実に支払われるのであれば、問題ないのだ。金持ちが利益を得ても税金を払わずに済むような税制になっていることの方が問題だ。
相続税の抜け穴をなくす
3月にホワイトハウスでスピーチをするバイデン大統領。
REUTERS/Jonathan Ernst
含み益に関する税法上の最大の問題点は、あなたが死ぬまで資産を持ち続ければ、大きな得をすることだ。
あなたが20万ドルで購入した資産が死亡時に80万ドルになっていた場合、IRS(アメリカ内国歳入庁)は資産価値を調整し、あなたの相続人は80万ドル以上の実際に得た利益に対してのみ税金を支払う。生前、発生した60万ドルの利益は、課税所得として扱われることはない。この相続資産を故人から時価で購入したとみなし、時価が取得費として扱われる 「ステップアップ」方式 (step-up basis)と呼ばれるアメリカの税法上の仕組みは、資産家が資産を売却せずに持ち続ける大きなインセンティブになっており、本当の意味での収入が課税対象外となってしまう要因だ。
しかし、バイデン大統領は、死亡時を 「利益が実現された時」ととらえるよう法律を変えることを提案している。法律が改正されると、死亡時に100万ドル以上の含み益がある場合、その含み益は、死ぬ間際に売却したかのようにキャピタルゲイン税の対象となる。これにより、税金が増えるだけでなく、金持ちが特定の資産に固執する理由が減るため、生前に、多くの資産売却益の実現(より多くの税金の支払い)を促すことになる。
もちろん、これに政治的に反対する人もいる。お金持ちであったとしても、ジェフ・ベゾスほど資産家でない人たちが増税の対象になってしまうからだ。
しかし、超富裕層の税負担を増やすのが目的であれば、相続する人1人あたりの控除額を100万ドルよりもはるかに大きくすることで、普通の金持ちからの徴収を減らす一方、億万長者が得ている真の収入の多くを課税対象とすることができる。
収入の定義を改善することで税率を上げる?
株式や債券などの投資対象を売却して得られるキャピタルゲイン(売却益)は、ほとんどの場合、給与所得よりも低い税率が課せられる。これには政策的正当性があるのだが、キャピタルゲイン税率を給与所得の税率よりも低くしなければならない主な理由は、キャピタルゲイン税が比較的簡単に回避されてしまうからだ。
高額所得者の給与に対する課税率を70%以上というように、非常に高くすることはできる。一方、経済学者は一般的に、キャピタルゲインの税率はもっと低く、30%に近いと見積もっている。
しかし、「ステップアップ」方式 の仕組みを使った抜け道をなくすと、政府は3つの方法でより多くの税金を徴収できるようになる。
1つ目は、死亡時に評価された資産に直接税金が課されるようになること。2つ目は、課税を完全に回避できないため、より多くの富裕層に生前に課税対象となる利益を確定するよう促すことになる。第3に、重要な回避手段がなくなったことで、政府はより高いキャピタルゲイン税率を課しても、高額所得者が渋りつつも支払わざるを得ないことが期待できる。
だからこそ、バイデン大統領は、高額所得者のキャピタルゲイン税率を最大43.4%に引き上げる計画と、死亡時の 「ステップアップ」方式 という優遇措置とみなされている仕組みを廃止する計画をセットにした。前者の政策は、後者の政策なしにはうまく機能しない。
金持ち優遇になっている寄付控除
マイアミで納税サポートの会社の宣伝をする男性。
Joe Raedle/Getty Images
含み益の話に加え、今回の調査で富裕層が税金を回避する手法として挙げられていたのは、寄付だ。
私は、億万長者の慈善活動に文句を言うつもりはないし、そういった寄付は税法上優遇されるべきだと思う。しかし、現在の税制では、富裕層は過剰に優遇されている一方で、一般の人々は寄付をしてもほとんど税制優遇を受けられない。このルールは変更されるべきだ。
もし、あなたが比較的裕福で1万ドルをチャリティに寄付したとする。あなたの限界所得税率は24パーセントで、項目別控除で申告すると、この寄付によってあなたの税金が2400ドル、つまり寄付した額の24%減ることになる。
さて、あなたが資産家で、10万ドル相当の評価の高い株式を慈善団体に寄付したとする。この株は何年も前に2万ドルで買ったものだ。評価された資産を寄付することは利益が実現したとみなされないため、寄付額である10万ドルをあなたの課税対象所得から減らせるだけでなく、8万ドル分のキャピタルゲイン税を支払う必要もない。
さらに、キャピタルゲインに対しては23.8%の税率だが、通常の所得に対しては40.8%と高い税率が適用されるため、所得から10万ドルが差し引かれたことにより、単に株式を売却した場合と比べ、5万9840ドル(寄付額の59.8%)の所得税が軽減されることになる。
さて、あなたが1000ドルをチャリティに寄付したとする。あなたの収入はアメリカ人家庭の中央値に近く、項目別控除ではなく標準控除を受けているため、ほとんどの年では、慈善寄付をしても所得税はまったく減らない。しかし、2020年と2021年には、標準控除を受けている人がさらに300ドルの慈善寄付金を控除できるという優遇措置が適用される。あなたの限界所得税率は12%で、この控除によって36ドル(寄付額の3.6%)の税金が減る。
この仕組みは、果たして公平なのだろうか。
寄付を促しつつ、もっと公平に
寄付に対し、税法上もっと優遇する方法はある。
1つは、評価額の高い資産を寄付した場合の抜け穴をなくすことだ。もし、あなたが資産を寄付する場合、その資産購入時に支払った金額のみを控除できるようにする。これでも、税金を少なくする効果はある。ただし、資産価値の上昇分を二重に控除することはできない。つまり、10万ドルの寄付をすれば、10万ドルの所得が課税対象から外れるだけで、それ以上のことはないということになる。
さらに、バイデン政権が提案しているように、寄付金控除の額に上限を設けることもできる。バイデン大統領は、寄付をした人が、寄付額の28%までしか税負担を軽減できないようにすることを提案している。これにより、富裕層の寄付に対する意欲は減るかもしれないが、ルール変更によって得た収入を、より多くの国民に適用できる寄付金控除など、もっと広く使いやすい税額控除に使うことができる。
チャリティ活動への税制優遇措置をより民主的にすることで、理想的には社会全体の寄付活動のレベルを維持しつつ、税金の負担をアメリカのトップ富裕層に傾けることができる。
この2つを実行すればあとは必要ない
アメリカの富裕層の税申告所得を本当に彼らが得ている所得に近づける方法については、他にもある。
ひとつは、キャピタルゲイン課税を、キャピタルゲインがあった時だけにするのではなく、毎年課税するようにするというものだ。保有株式が10万ドル上昇した場合、今年はその10万ドルに課税される。もし、それが5万ドル減少した場合は、5万ドルの税金控除になる。
あなたの資産価値が上がったからといって、あなたが税金を払えるほどの現金を手にしたわけではないだろう。しかし、この制度を利用すれば、高騰した株式売却に対して課税されることがなくなるため、納税者は株式を売却することなどで簡単に納税資金を調達することができる。
とはいえ、問題もある。
一つは、不動産、アート、民間企業の持ち株などの資産は、株式ほど流動性がない。売らずに持ち続けた場合、これらの資産が数年後にどのくらいの価値になっているかを予測するのは難しい。そのため、一部の納税者は、彼らの資産が増加したとしても、現在、税金を払えるほどの流動性があるわけではないと主張するかもしれないし、自分の本当に得ている所得について、税当局と論争になるかもしれない。
アメリカの税当局であるIRS。
Win McNamee/Getty Images
IRSは、権限を行使するための人材や予算が不足している。私はIRSの予算を増やすことには賛成だが、権限行使をより複雑にし、結果的に彼らのリソースを手薄にしてしまうような新しい税制のルールを作ることには注意が必要だ。
「ステップアップ」方式 is”という仕組みを廃止すると、納税者が死亡した際に、相続税を計算するために面倒な議論をしなければならないだけでなく、流動性の低い資産の真の価値についても議論になる。含み益への課税は、毎年このような面倒な議論をしなければならず、IRSは、税金を抑えるために富裕層に雇われた高額な弁護士と対決することになる。これではコストがかかりすぎ、実行は困難だ。
超富裕層の所得をより正確に把握するためのもう一つの案は、株式のような評価しやすい流動性のある資産にのみ、含み益を課税するというもの。民間企業や美術品などの資産については、従来の方法を維持することにする。
この方法は、比較的簡単に運用可能だが、経済的な歪みも生じさせる。富裕層の納税者は、流動性の高い資産よりも流動性の低い資産を好むようになり、新しいルールを避けるために会社を非公開にするなど、経済的に非効率な選択をする可能性がある。その結果、経済に悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。
金持ちに課税するということ
私がニューヨーク・タイムズ紙にいた2015年、同紙は全米のトップ400人の納税者が、20年前よりも低い税率で納税していると報じた。彼らの所得税の実効税率は、1990年代半ばの26.4%から2012年には16.7%にまで低下していた。それは、彼らが課税を免れるために行ったいくつかの戦略のせいだと記事は伝えている。
記事が出た数時間後、オバマ政権は2013年のデータを公開し、わずか1年でこれらの納税者の実効税率が22.9%にまで戻り、差が半分以上縮まったことを明らかにした。
何が起こったのだろうか。所得の高い人への税率は、1997年、2001年、2003年に削られた。そして2013年には、ブッシュ政権時に導入された減税の一部が失効し、医療保険制度に盛り込まれた高額所得者への増税が実施された。つまり、金持ちの税率を下げれば彼らの納税額が減り、増税すれば納税額が増えるという、とても単純な話だ。
プロパブリカの記事への反応は、ほとんどの場合、非生産的だ。保守派は「これは税制の仕組みに過ぎない」と指摘し、リベラル派は「富裕層税」のような極めて複雑なアプローチを夢みるが、これが実行されることは決してない。2013年の経験から、これらのアプローチはどちらも間違っていることが分かっている。
2024年のバイデン大統領再選が必要な理由
2012年から2013年にかけての経験から、金持ちの所得税額は、所得税政策の変更に影響を受けることが分かる。大金持ちに公平な負担をしてもらうために、新しい税金は必要ない。ただ、所得をより包括的に定義し、控除をより合理的かつ公平にし、経済的に適切な場合には税率を上げ、IRSの権限の執行に適切な資金を提供すればよい。
バイデン政権が、この分野の税制に力を入れているのには理由がある。これらの改革は、既存の税制の範囲内で行われ、運用も可能。また、現在の議会で大規模な増税が行われることはなさそうだが、トランプ減税の多くの条項は2025年に期限切れとなる。その時に民主党が大統領や上下両院を支配していれば、共和党は彼らと協力して新しい税制の条件を決めるための超党派的な取引をせざるをえない。
民主党が2024年にバイデン大統領を再選させることに注力しなければならない理由はここにある。2012年にバラク・オバマが再選されたことで、2013年に実施された富裕層への増税への道が開かれたように、2024年にバイデンが当選すれば、2025年には現行の所得税制度の範囲内で、億万長者に公平な負担をさせる税制法案が提出されることになるからだ。
[原文:ProPublica's billionaire tax data shows the importance of closing 2 key tax loopholes. Here's how.]
(翻訳、編集:大門小百合)