2021年5月に特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場する計画を発表した自動運転システム開発「プラス(Plus)」。
Plus Infographic
自動運転関連の業界には、大志を抱きながらも、これまでのところ見るべき成果を上げていない起業家がたくさんいる。
そんななかで、セミトレーラー向け自動運転システムを開発する「プラス(Plus)」最高経営責任者(CEO)兼共同創業者のデイビッド・リューは、実用可能なテクノロジーを手にした数少ない起業家の1人だ。
プラス(Plus)の企業紹介動画。冒頭(00:41以降)に最高経営責任者(CEO)のデイビッド・リューが登場する。
Plus YouTube Official Channel
同社は2021年初頭、初めての商用プロダクトとなる自動運転システム「プラスドライブ(PlusDrive)」の発売を開始した。
プラスドライブは、テスラ(Tesla)やゼネラル・モーターズ(GM)などが提供する先進運転支援システム(ADAS)に近い。
つまり、システムはハンドルやブレーキ、アクセルを自動で操作してくれるものの、ドライバーは(非常時などに備えて)運転席に待機し、路上に目を配る必要がある。
リューCEOは、アマゾン出資のオーロラ・イノベーション(Aurora Innovation)や、エヌビディア出資のトゥーシンプル(TuSimple)など、まだ商用プロダクトのリリースに至っていない競合を引き合いに出してこう語る。
「当社のプロダクトは何より実際に購入いただけるし、テクノロジーを今日からすぐにお使いいただけます。プラスドライブを導入すれば、トレーラーはより安全に、ドライバーはより快適に仕事をこなし、しかもより良い燃費でそれらの環境が実現されるのです」
プラスは2024年末までにドライバー不要の完全自動運転システムを導入する計画だ。
中国の大型トラックメーカーを口説き落とした
リューCEOは米スタンフォード大学で電気工学の博士号(Ph.D)を取得し、そこで同級生だったショーン・ケリガン、ハオ・ツェン、ティム・デイリーと、2016年にプラスを創業した。
3人は現在、それぞれ同社の最高執行責任者(COO)、最高技術責任者(CTO)、チーフエンジニアを務める。
リューCEOによれば、創業者の3人は輸送産業がテクノロジー主導の大きな変革期を迎えつつある空気を感じとり、そんななかでも、他の自動運転スタートアップが狙うロボットタクシーやラストワンマイルの配送より、長距離トラック輸送のほうが市場として大きくなると考えた。
創業後のプラスは、ベンチャーキャピタル(VC)から数度の資金調達を行い、プラグアンドプレイ(Plug and Play)の提供するアクセラレータープログラムに参加するなど、地道な取り組みが数年続いた。
その後、2018年に中国最大の大型商用車メーカー、フォー・ジェファン(一汽解放)にアプローチし、提携交渉を開始。両社の考えは一致した。
プラスがフォー・ジェファン側に説いた戦略は、次のようなものだった。
ドライバー不要の完全自動運転技術が確立されるのを待つのは得策ではない。それより、人間による管理監督が必要な先進運転支援システム(ADAS)をまずはトラックに導入すべきだ、と。
そうすることで、トラックメーカーは自動運転技術の安全性や費用対効果をいち早く享受することができるし、プラス側も公道での実運転データをより多く取得してシステム改善に活用することができるというわけだ。
なお、テスラが自家用車の分野で展開している戦略も、(ADASを優先して完全自動運転へと移行するという意味で)同様の発想にもとづくものだ。
中国における公道実証実験の説明資料。総距離の9割を自動運転で走破し、燃料の10〜20%節約に成功したとある。
Plus Investor Presentation May 2021
フォー・ジェファン側は提携に至る前に、プラスがその野心を満たすに足るソフトウェアあるいはハードウェアを本当に有しているのか、確かめようと考えた。
そこで両社は、手始めに中国・青島の港湾エリアで自動運転トラックの実証試験を実施。その後、公道での実証(上図)に乗り出した。
結果として、プラスは2019年にフォー・ジェファンを納得させ、自動運転トラックを共同開発するための合弁会社設立にたどり着いた。
2021年末までに、プラスの自動運転システムを搭載したフォー・ジェファン製トラックの生産が始まる見通しだ。
プラスは、イタリアの商用車メーカー・イベコ(IVECO)や、アメリカのエンジンメーカー・カミンズ(Cummins)とも提携。
中国のトラック配車サービス大手フルトラック・アライアンス(満幇集団)や、アメリカの運送会社(機密保持契約のため社名非公開)からは、すでに7000台以上を予約受注している。
SPAC上場はあくまで「最初の一歩」
2021年上半期、プラスは特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じた新規株式公開(IPO)を検討していた。
2020年、電気自動車(EV)関連のスタートアップはこのSPACのスキームを使って次々と上場を果たし、次は自動運転関連のスタートアップにその波が押し寄せるとの見方も出ていたからだ。
そんな流れのなかで、プラスはSPAC「ヘネシー・キャピタル・インベストメント・コープⅤ(Hennessy Capital Investment Corp.V)と出合った。ヘネシーは2021年1月に上場したあと、買収先の候補として100社以上の企業を調査していた。
同社CEOのダニエル・ヘネシーには、2020年に別のSPAC(ヘネシー・キャピタル・アクイジションⅣ)を使って、EVスタートアップのカヌー(Canoo)を上場させた実績と成功体験がある。
プラスがグローバルなビジネスプラン(=中国のフォー・ジェファン、イタリアのイヴェコ、アメリカのカミンズと世界に提携先が広がる)を持っていることを、ヘネシーCEOは高く評価した。
また、自ら同社の自動運転トラックに試乗して受けたポジティブな印象も、プラスの信頼性を高める結果となった。
ヘネシーCEOはプラスについて「研究開発段階の企業ではない」と結論。2021年5月には、ヘネシー・キャピタル・インベストメント・コープⅤとプラスの合併が決まった。
プラスはこの合併により、およそ5億ドル(約550億円)の資金を新たに調達し、評価額は33億ドル(約3600億円)に達することになる(合併合意にはヘネシー株主の最終承認が必要)。
上場後のプラス(Plus)と競合他社の評価額比較。現時点では、2021年4月に上場したエヌビディア出資のトゥーシンプル(TuSimple)の半分以下の規模感。
Plus Investor Presentation May 2021
自動運転システムの販売開始から間もないプラスにとって、ヘネシーとの合併は財務上の余裕をもたらしてくれるだろう。
しかし、上場企業として生き残っていくための道は平坦ではない。売り上げがようやく立ち始めたばかりの時期は特に厳しい。
自動運転関連業界はこれまで何年も開発一辺倒が続いてきたので、いつになったら実社会に影響をおよぼすビジネスになるのか、投資家も(開発に関わる)従業員たちもそろそろ不安に思い始めるころだ。
プラスはひしめく競合のなかで確かに先行しているものの、今後数年かけて他社が自動運転トラックを市場投入し始めたとき、その一歩のリードが道のりの向こうにぼんやり見えた蜃気楼ではなかったことを、あらためて証明しなくてはならなくなるだろう。
(翻訳・編集:川村力)