ワイアット・カーニー(26)の場合、朝起きてベッドからほんの少し足を延ばせば、床に足を付けることもなく出勤が完了する。彼の「ホームオフィス」は、ベッドにぴったりと付いた窮屈なデスクだからだ。
「朝最初に見るのも、夜最後に見るのも、自分のノートパソコンでした」と、PR会社のアカウント・エグゼクティブであるカーニーは話す。サウスボストンで5人のルームメイトと集合住宅をシェアして暮らす。
その窮屈さも一因となって、カーニーはいわゆる「燃え尽き症候群」に陥っていた。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)以来、在宅ワークになったせいだ。
「常に仕事が頭にありました。眠ろうとしても、脳はまだ忙しく動き回っていて」
2021年6月から、カーニーの会社は週2日、出勤が再開された。待ちに待った職場復帰の光景を、カーニーはあれこれと思い描きワクワクしていたほどだ。9番バスに乗って通勤し、同僚と一緒に外へサンドイッチを買いに行く。最大のお楽しみは、仕事上がりにパソコンの電源を落として、会社に置いて帰宅する。「もう待ちきれませんでした」とカーニーは言う。
在宅ワークの自由と柔軟性を満喫する人が多くいる一方で、働き過ぎや睡眠不足、カーニーのような燃え尽き症候群に陥る人も少なくない。中には、職場に戻ることが解決策になると考える人もいる。職場復帰は、孤立した在宅ワークから抜け出す唯一の方法であるだけでなく、仕事とプライベートの境界線を取り戻したり、職務と家庭の責任をやりくりするストレスを減らしたりする手段でもあるということだ。
「アメリカ労働人口のほとんどは、コロナ禍で精神的に疲弊してしまいました」と話すのは、スタンフォード大学経営大学院の非常勤講師リア・ワイスだ。「多くの人にとって、生活を取り戻す手段は職場に行くことかもしれません」とも話す。
もはや週5日も通勤する気になれないという従業員からの抵抗に多くの組織が直面する今、燃え尽き症候群を癒す方法として職場復帰を位置づけるという考え方は、良くも悪くも、広く受け入れられるかもしれない。
2種類のタイプで分かる、リモートワークの向き不向き
科学誌『ノルディック・ジャーナル・オブ・ワーキング・ライフ・スタディーズ』に掲載された研究によると、リモートワークに関して言えば、基本的に2種類の人間がいるそうだ。
仕事とプライベートの境界線が曖昧でも気にならないという「インテグレーター」と、厳格な境界線を好む「セグメンター」だ。
セグメンターは当然ながら、パンデミック期間中の在宅ワークを非常に苦痛と感じていた。前出のリア・ワイスは、神経科学と行動変容を専門に扱う企業、Skylyte(スカイライト)の創業者でもある。そのワイスは指摘する。「役割葛藤」と呼ばれる、複数の役割とアイデンティティを同時にこなさなければならないストレスは、相当な精神的負担となるのだ。
とはいえ、インテグレーターもやはり苦しんでいた。ワイスは、Zoomで150人規模の会議を仕切った際の自身の経験を振り返る。5歳の息子が部屋へ入ってきて、相手にしてほしいとせがんだことがあった。参加者は理解してくれたが、ワイスは気が散って仕方がなかった。
「意識が高い、仕事も家庭もバランス良くこなせるママでいたい気持ちはあるものの、難しいですね」
確かに、小さな子どもを持つ親はパンデミック期間中、過度のストレス、不安、燃え尽き症候群に苦しんでいた。アライアント国際大学のカリフォルニア臨床心理大学院で副学部長を務めるデブラ・カワハラは、次のように指摘する。
「多くの親は、新たに生まれたオンライン環境でこれまで通りの役割を果たさなければならないだけでなく、教師、IT専門家、レクリエーションとアクティビティの企画担当、清掃担当、調理師もこなさなければいけなくなりました」
多くの親が職場に戻りたくてうずうずしているのは、そのせいかもしれない。生命保険会社マスミューチュアルの一部門であるヘイブン・ライフが行った調査によると、「オフィスに戻りたいと回答した人の割合は、12歳未満の子どもを持つ親が約63%、12歳以上の子どもを持つ親が51%、子どものない人が38%」だった。
オフィス出社で仕事モードに
働く親の中には、オフィスへの行き帰りのおかげで、仕事に対して心理的なオンとオフができる、と話す人もいる。
ニューヨーク市を拠点とするブランディング会社ヘイメイカーでバイス・プレジデントを務めるメイア・サバーグは、パンデミック初期に父親になった。当初は、生まれたての子のそばにいながら自宅で働けることをありがたいと感じた。「育児休業が終わっても、長いこと娘と一緒にいられました」とサバーグは振り返る。
しかし、会議に出席しなければならないときに、授乳、おむつ交換、赤ちゃんをあやすことがいかに大変かをすぐに悟ることになる。
「まさに板挟み状態でした。日中に家事や育児をこなしたくても、仕事の山が待ち構えているんですから」
現在は週2日出勤しているサバーグは、オフィスが救いになると話す。
「オフィスは心の状態を仕事モードに切り替えてくれます」
ソフトウェア会社コンバートバイナリー(ConvertBinary)のテクノロジー部門責任者ブライアン・ターナーもまた、仕事のオン・オフを切り替えたいと切望している。ターナーはこれまでの15カ月間、働き過ぎになりがちだった。しかし職場に戻れば、またワーク・ライフ・バランスを取り戻せるのではないかと期待している。
「行くべき場所があり、9時5時というはっきりとした就業時間があることで、自宅は休養と息抜きの場、職場は生産性と集中力の場、と区別できます」とターナーは言う。
従業員に来たいと思わせるオフィスに
誤解のないように書くと、パンデミックにより余儀なくされた在宅ワークの試みは、多くの人にとっては大成功だった。新たな暮らし方・働き方が示され、多くの従業員は恩恵を受けた。この人たちは、パンデミック前の状態に戻りたいとは考えていない——少なくとも毎日は。
しかし、この経験にそこまで惹かれなかった人にとって、オフィスは、残酷な過労や燃え尽き症候群からの解放だけでなく、同僚と会えることまでも約束してくれる希望の光なのだ。
それでも、雇用主は職場に戻る利点をあまりアピールしすぎないよう注意すべきだ、と専門家は警告する。デロイトのチーフ・ウェルビーイング・オフィサーであり、書籍『Work Better Together』(未訳:共によりよい働き方へ)の著者でもあるジェン・フィッシャーは、職場に戻りたくてうずうずしている従業員すらがっかりさせるおそれがあると指摘する。
「人間は、嫌なことは忘れ、良いことだけ覚えているものです。職場は完璧ではないし、燃え尽き症候群の解決策でもありません」
フィッシャーは経営陣に対してこう提案する。未来の職場をいかにして、ただタスクをこなすだけの場ではなく、従業員が来たいと思える目的地にするか、創造力を働かせて考えるべきだ、と。
「オフィスは、同僚とつながる、キャリアを伸ばす、他のチームと協力するなど、何らかの恩恵を得られるという理由によって、人を惹きつける場所であるべきです」
重要なのは、より良い、人間らしい働き方を見出せるよう、組織が従業員に働きかけなければならないという点だ、とフィッシャーは言い添える。
調査会社ギャラップのチーフ・ワークプレイス・サイエンティストであり、『Wellbeing at Work』(未訳:職場での健康)の共著者でもあるジム・ハーターは、作業計画、場所、スケジュールをマネジャーが部下のためにカスタマイズすべきだと話す。
「従業員について、強みは何か、能力が最も発揮できる場所と方法は何か、どのライフステージにいるのかを、マネジャーは組織のニーズと照らし合わせて考える必要があります。組織内でどのような働き方が可能かを定めた枠組みはあるべきですが、同時に、従業員一人ひとりに合わせたものである必要もあります」
冒頭に登場したカーニーは今、寝室の仕事コーナーをどう生まれ変わらせるか考え中だ。「座り心地のいい読書用の椅子か、電子ドラム・セットか、どちらを置くか悩んでいます。いずれにしても、素敵な場所になりそうです」
[原文:Feeling burned out? It might be time to return to the office.]
(翻訳・松丸さとみ、編集・野田翔)