五輪は無事に開催できるのだろうか。不安に対する明確な答えが不足している。
撮影:三ツ村崇志
人を集めることは、感染症対策を考える上でリスク以外の何ものでもない。ましてやそれが、世界規模で短期間に集中するようなものであればなおさらだ。
東京2020オリンピックの開幕まで、約40日。
国内でも6月10日にはワクチンの延べ接種回数が2000万回を超えたとはいえ、2度の接種が完了した人はまだ500万人を少し上回る程度。全国の人口の5%程度だ。
世界的に見ても、状況はさまざま。アジアやアフリカでは、まだまだ十分にワクチンが行きわたっていない国々も多い。
準備段階ですでにアスリートごとに大きな格差が生じている状況で、本当にあらゆる国々が平等に競い合える平和の祭典を実現できるのか、はなはだ疑問だ。
世界の地域ごとのワクチンの2回接種が完了した割合。
出典:Our World in Data COVID-19 dataset
五輪を開催するというのであれば、国内外に向けても「なぜ、いま五輪をやるのか」を、最低限納得できる形で説明をすることが必須だろう。
当然、かつて自国で開催された五輪の感動を味わってもらいたい、などという独善的な理由では世界的な納得を得ることはできない。
加えて、政府や東京都、組織委員会からは繰り返し「安心・安全な大会を実現する」といった趣旨の発言がなされているが、具体的な対策や実効性をどう担保するのか、詳細はいまだ見えてこない。
五輪組織委員会が公開しているプレイブック(第2版)などの公的資料をもとに、現状の対策を見ていこう。
「安心・安全」の対策、実効性は?
アスリート・ チーム役員 公式プレイブックより。
提供:Tokyo 2020
国内外ではオリンピックほど大規模ではないものの、スポーツイベントを開催してきた実績がある。
日本のプロ野球やJリーグなどでは、チーム内で複数人の感染が確認されて試合が中止になる事例は確認されているものの、観客を巻き込んで大規模なクラスターが発生するような事例はほとんど聞かない。
無症候で感染が広がっていて見落とされている可能性もあるが、競技を実施することや観戦する行為そのものは、感染を拡大させる大きなリスクにはなりにくそうだ。
つまり、五輪・パラリンピックの感染対策を考えるうえでは、大会の開催にともなう「競技以外の場所」のリスクをいかに下げるかがポイントとなる。
しかし、その難易度はかなり高そうだ。
5月28日に開催された緊急事態宣言の延長に関する記者会見で、菅義偉首相は、五輪における感染対策について問われると、次の3つの具体例をあげた。
- 入国する大会関係者の絞り込み。五輪では5万9000人、パラリンピックで1万9000人まで絞った関係者の人員をさらに削減要請
- 選手、大会関係者へのワクチン接種
- 海外報道陣を含めた関係者の宿泊施設や移動の集約。および、入国前後、滞在中の検査
海外から多くの人が集まってくることをリスクと考えるなら、来日する人の数を絞る、ワクチンを接種してもらう、行動を管理する、という対策には一定の効果はありそうだ。
ただし、その実効性をどこまで確保できるのかが、読めない。
プレイブックは、五輪組織委員会のホームページからだれでも閲覧が可能だ。詳細を確認したい人は、ぜひ一度アクセスしてみて欲しい。
提供:Tokyo 2020
アスリートや大会関係者用の「プレイブック(第2版)」には、五輪・パラリンピックへの参加に際して、選手・関係者(報道陣含む)に求められるルールが記載されている。
それによると、まず選手にしろ報道陣にしろ、入国から3日間はホテルの自室で隔離されなければならないとしている。
ただし、「アスリート、チーム役員、大会関連の重要な活動を担う大会参加者」は、毎日の検査や組織委員会の管理があれば「例外」となる場合がある。例外となる具体的な基準は記載されていなかった。
来日した大会関係者の移動は、組織委員会や各チームがチャーターした専用車両(バスやタクシー)に限られ、原則的に公共交通機関の利用が禁止されている。
また、入国から14日間は、活動計画書に記載した場所以外への移動ができず、つねに濃厚接触者リストの作成が求められている。
加えて、各自のスマートフォンには接触管理アプリ(COCOA)と6月リリース予定の健康確認アプリのインストールも求められる(スマホを持たない場合は貸し与えられる)。
他国の選手との交流が起こりやすい選手村では、定期的な検査のほかマスクや消毒、換気、そしてフィジカルディスタンスの徹底などの一般的な対策を実施するとしているが、こういった基本的な対策は、最終的には個人の感染対策の意識に依存する。
五輪への出場がかかっている選手がみずから大きなリスクを取るとは考えにくいものの、報道陣や大会関係者なども含めて、世界中から人が集まる中で実効性を担保できるのか、不確定要素は尽きない。
コロナ対策の実効性を担保するために、各国・地域ごとにコロナ対策責任者 (CLO)が任命され、トレーニングを受けるとされているが、現時点でその詳細は公開されていない。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に、CLOの責任者の任命時期や人数などについて問い合わせたところ、
「コロナ対策責任者の指名は順次進行している。アスリート・チーム役員については各国のオリンピック委員会(NOC)、パラリ ンピック委員会(NPC)による指名となる」
との回答があった。
選手村での検査、どうやるか?
大会時の定期検査イメージ。プレイブック第2版より引用。
提供:Tokyo 2020
選手や大会関係者に対する検査ルールは、かなり細かく設定されている。
選手や大会関係者が来日するためには、出国前14日間の健康状態をモニタリングした上で、出国4日(96時間)以内に2度の検査を実施し、陰性であることを確認しなければならない(検査手法は、唾液PCRや抗原検査など、いくつか推奨方法が記載されている)。
また、入国後も選手、大会関係者(報道陣含む)はそれぞれの必要に応じて定期的に検査が実施され、大会期間中に陽性となった選手は出場ができなくなる(濃厚接触者になった場合は、検査で陰性であれば専門家の判断のうえ出場が可能)。
ただし、大会期間中の検査体制については疑問が残る。
選手村には検体採取センターや検査分析設備が整備される方針で、IOCなどと調整しているというが、事前合宿を実施するホストタウンなどの検査・医療提供体制をサポートする具体的な対応については明言されていない。
また、報道陣なども含めて、選手以外の大会関係者に対する定期的な検査の運用方法に関する資料は、6月11日の段階では見当たらなかった。
来日する人数を削減する働きかけをしているとはいえ、オリンピック・パラリンピックに関連して来日する人数は数万人規模。もちろん、すべての人が同時に来日するわけではないが、この数の検査をどうさばくのか、具体的なロジスティックスが不明なのだ。
検査キャパシティは足りるのか、海外からやってくる報道陣に対する検査の運用はどうなっているのか、組織委員会に問い合わせたものの、
「プレイブックは、4月28日に第2版を公表後、その後も各方面からのフィードバックなどを踏まえながら、IOCとも緊密に連携し、最終の第3版公表に向けて改訂作業を行っている。
改訂にあたっては、感染症対策に万全を期すべく、WHOや感染症の専門家の意見をいままで以上に積極的に取り入れていく所存。引き続き、組織委としては、第3版のプレイブック発行に向けて関係機関とともに尽力し、コロナ対策に万全を期して安全で安心な大会開催に努めてまいりたい」
と、具体的な回答はなかった。
組織委員会で準備している検査のキャパシティが足りなくなれば、自治体の検査体制に影響が及ぶことは免れない。仮に大会期間中に東京などでの感染者数が増えていった場合、大会関係者の検査と自治体住民の検査のどちらを優先することになるのか、不安は残る。
大会を開催するのであれば、こういった不安に対して丁寧な説明をすることは、運営者の最低限の義務だろう。
「最も準備されている大会」1カ月前でも準備状況が見えない
IOCのトーマス・バッハ会長。
Behrouz Mehri/Pool via REUTERS/File Photo/File Photo
このほかにも、プレイブックの第2版では具体的な対応について不明な点が多い。感染対策の詳細は、6月中に公開予定の第3版で明かされるという。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会にその公開日程をたずねても、「6月中の公開を予定している」と具体的な期日について回答はなかった。
IOCのバッハ会長は「東京大会は史上最も準備の整った大会だ」と発言したと報じられている。しかし、開催約1カ月前にもかかわらず、多くの人が不安視している感染対策の具体案は示されていない。
現在、WHOや感染症の専門家の意見を踏まえてプレイブックの改定を進めているというが、できる限り早く、具体的な対策の公開が求められる。
また、仮に大会自体の感染対策が科学的に妥当なものだったとしても、残念ながら住民の不安は完全に消えないだろう。
「3週間の短期間での緊急事態宣言」が2度延長されている現状では、早晩宣言が解除された後に、街の人出が増加することは想像に難しくない。
これに加えて、五輪開催の影響で国内での人の動きが活性化すれば、政府分科会の尾身茂会長が懸念するように、国内の感染状況や医療状況に何らかの影響が出ることは、十分想定できることだ。
国内で想定されるこの先の感染の広がりにどう対応するのか。これは当然、五輪・パラリンピックのプレイブックには書かれていない。
(文・三ツ村崇志)