デリバリーサービスではアメリカ最大手のDoorDash(ドアダッシュ)が6月9日についに日本進出を果たした。
撮影:鈴木淳也
フードデリバリーサービスを展開する米DoorDashが6月9日、日本でのサービスを開始した。仙台市全域をターゲットとし、午前10時から深夜0時までの営業となる。
当初は1都市のみの展開で、業界全体でみれば“最後発”。海外からはすでに多くの同業他社が進出している状態で、過当競争にある段階での日本進出は「何をいまさら」と思うかもしれない。
だが、DoorDashはアメリカにおいてUber Eatsらライバルを押さえて業界トップの地位にあり、Bloomberg Second Measureの調査報告によると、2021年4月時点で売上においてアメリカのフードデリバリー市場の56%のシェアを押さえている。
フードデリバリー市場は、コロナ禍で大きく伸びている。
出典:DoorDash
アメリカにおけるフードデリバリー市場は2年前の同時期に比べると3倍近い規模に成長しているが、その原動力となったのは言うまでもなく、2020年春以降のコロナ禍におけるフードデリバリーやテイクアウト需要の急増だ。
それまで、料理の店内提供にこだわっていたレストランも、州政府などの指導による入店規制を受けて一気にデリバリー導入へと傾いた。
当然ライバル同士の争いも激化したが、その厳しい競争を勝ち抜いてトップの座を獲得したのがDoorDashということになる。
今回の日本進出は遅れてきた本命という扱いになるのか、日本におけるフードデリバリーの現状と合わせてみていきたい。
仙台を選んだ理由とローカライズ
最初の進出先は仙台市。人口100万人超の大都市でありながら、地形上の理由から都会と郊外の両方の性質を持ち、かつデリバリー普及率が低いというのが理由だ。
撮影:鈴木淳也
アメリカ市場最大手の満を持しての日本進出という流れではあるものの、最初の営業範囲は仙台市のみと1都市に限定されている。
当初1都市のみで、かつ仙台市を選んだ理由として、DoorDash Technologies Japanカントリーマネージャーの山本竜馬氏は以下のように語っている。
「これまでアメリカ外でカナダ、オーストラリアと順に進出してきた経緯を踏まえ、ローカライズの重要性を非常に感じている。
日本固有の文化もあり、それらを学習して基本となるモデルをつくるため、まずは1都市限定でのスタートとなった。
なぜ仙台市になったかという点は、100万人以上の人口を抱える中核の都市でありながら、都会と郊外の両方の特徴を持ち、デリバリー普及率が低いという部分に注目した」
仙台城跡から伊達政宗公騎馬像を前に都市を望む。仙台市は山間部も含めかなり範囲が広いが、商品を届けられるかは出発地の店舗との位置関係によるという。
撮影:鈴木淳也
海外から日本へと進出するフードデリバリー業者は押し並べて「経済規模や人口に比してデリバリー普及率が低い」という理由を掲げるが、なかでも仙台はその進出候補として有力だとDoorDashは判断したのだろう。
また、ローカライズという部分にも着目したい。
米DoorDash創業者兼CEOのTony Xu(トニー・シュー)氏のビデオメッセージ。地域経済の橋渡しとなる「絆(Kizuna)」を重視していくという。
撮影:鈴木淳也
サービス開始に合わせて開かれた報道記者会見で、米DoorDash創業者兼CEOのTony Xu(トニー・シュー)氏はビデオメッセージを通じ、「絆(Kizuna)」というキーワードをひんぱんに用いて、「地域経済の橋渡し」となる役割に務めていく点を強調した。
地域固有文化の理解と合わせ、やはりコロナ禍で苦境に立たされて昔なじみの店が少しずつ消えていく状況を踏まえ、地域経済の成長に貢献してこそのサービスであるべきというスタンスだ。
全国チェーンを網羅しつつ、地域の店舗とも連携を進める。
撮影:鈴木淳也
当初は全国チェーンなどとの提携が中心となるが、それと合わせて地元ならではの地場チェーンや知る人ぞ知る有名店もある。
山本氏は「具体的にどのように地域での加盟店開拓を行っていくかの手法は手探り状態にあるが、こうした営業に強い事業者などと組んで推進していきたい」と述べており、同社としても積極的に拡充していく構えだ。
仙台名物といえば牛タンが有名で、店舗が市内に存在する。観光客や出張客がフードデリバリーを使うかは難しいところだが、「せっかく仙台まで来たので、せめて弁当だけでも楽しみたい」と、テイクアウトを駆使して名店の料理を楽しむ機会はあるかもしれない。
“最後発”でも勝算はあるのか?
記者会見にはお笑いコンビ「パンサー」が登場。仙台の隣、東松島市出身の尾形貴弘氏がDoorDashで配達された牛タン弁当を試食。仙台名物をアピール。
撮影:鈴木淳也
アメリカ最大手が日本進出を果たしたことで、おそらく海外勢の日本進出はこれで一段落ということになる。
市場的には、東南アジア方面で強い勢力を築いている「Grab(グラブ)」など、日本参入を果たしていない企業はあるものの、先日発表されたドイツのDelivery Hero傘下「foodpanda」と韓国系「FOODNEKO」の合併に見られるように、今後は新規参入よりも合併や買収による市場統合へと向かう傾向が強くなるだろう。
欧米では市場再編の動きが加速しており、過去2〜3年で各国における勢力図はめまぐるしく変化している。
欧州では2社の合併で誕生したオランダのJust Eat Takeaway、前述のDelivery Hero、そしてUber Eatsという3つの大きな勢力がある。
国ごとに地場のデリバリーサービスがあったり、大手各社も国ごとに異なるブランド名でサービスを展開しているため分かりにくいが、市場は確実に統合の方向へと向かっている。
アメリカではDoorDashがトップを維持しているが、2020年にUber Eatsが業界第4位のPostmatesを買収し、DoorDashにシェアで肉薄している。
もともと業界的にはPostmatesが先駆者であり、コロナ禍ではいち早くロボットによる無人デリバリーサービスを展開するなど話題を集めたが、ライバルらの拡大スピードに飲み込まれる形となった。
第3位のGrubhubも創業17年、業界としては老舗だが、拡大スピードでは上位2社の勢いに負けている。2020年にはJust Eat Takeawayによる買収が発表されており、欧州で起きつつある業界再編の波に呑まれる形となった。
フィンランド生まれのWoltは2020年3月に広島に上陸、その後同年10月に東京へ進出した。
撮影:小林優多郎
そして今回の日本進出だ。Uber Eatsを除けばフィンランドの「Wolt」を含め、日本進出は過去1年ほどに集中している。
日本を名指しで進出してくるのは、有望ながら手つかずの市場ということで大手らの株主アピールも含まれると思われる。だが、遠からず業界再編の波はこの日本市場にも到来すると思われ、今後1〜2年で勢力図は大きく変化することになるだろう。
ただし、山本氏によると、DoorDashはまず日本でのローカライズと地固めを優先するとのことで、拡大を目的とした競合他社の買収合併などによる事業拡張は計画していないという。
いずれは仙台以外の都市にも進出するとみられるが、いきなり東京や大阪といった大都市に進出するのではなく、前述のように着実に市場を取っていく戦略のようだ。
「ストアフロント」というDoorDashの強み
DoorDashでは配達員を「Dasher」と呼ぶ。
出典:DoorDash
そうした同社のビジネスモデルだが、基本的には競合他社と変わらない。
フードデリバリーを利用する加盟店とユーザーを集めつつ、その仲介を行う配達人の「ダッシャー(Dasher)」の三者で成り立っている。
注文はアプリを経由して行うことになるが、DoorDashによれば同社ならではの特徴として「ストアフロント(Storefront)」と呼ばれる仕組みがあげられるという。
ストアフロントでは飲食店が持つ既存の管理システムやWebサイトにアドオンで容易にフードデリバリーの機能を付与できる。
撮影:鈴木淳也
これは、すでに店舗用Webサイトやアプリなどを持つ加盟店が、このシステムを利用することでフードデリバリーやテイクアウトといった仕組みをすぐに(サイトやアプリに)導入できる、一種の機能拡張のような仕組みだ。
これにより、DoorDash導入がスムーズになり、管理も容易になるメリットがあるという。記者会見ではアメリカで人気のメキシカン料理チェーン「CHIPOTLE(チポトレ)」の例が紹介されており、チェーン店であれ個人店であれ、導入におけるメリットが大きいことが分かる。
山本氏は「興味を持っていてもマーケットプレイスのような仕組みの導入を怖がる店舗はいるが、そうした方々にも気軽に使っていただいて、ビジネスにぜひ役立てていただきたい」と、この点が差別化ポイントであることを強調。
実際、アメリカではコロナ禍においてはこれまで頑(かたく)なにフードデリバリーなどの仕組みを導入してこなかったチェーン店や商店がこぞって参入しており、「どれだけ素早くDoorDashに対応できるか」が、コロナ禍における苦境を抜け出す鍵だったことは間違いない。
業界の問題解決に向けた取り組み
日本におけるフードデリバリーでは配達員の労働報酬や保険、交通ルールを無視した危険行為、料理運搬における商品の扱いといった問題がたびたび上がっているが、後発の強みを活かしてこのあたりの解決に努めていくという。
撮影:鈴木淳也
一方で、日本を含む世界中のフードデリバリー業界で指摘されている数々の問題にもDoorDashは正面から向き合うという。
現在フードデリバリー業界では、配車サービス業界でも問題となっている運送報酬や保険、交通マナーへの対応など、数々の課題が話題になっている。
DoorDash Technologies Japanカントリーマネージャーの山本竜馬氏。
撮影:鈴木淳也
加えて、食品を乱雑に扱うといったフードデリバリーならではの問題や、飲食店やユーザーとの間の配送トラブルなど、さらに課題は多いと言える。
特に、フードデリバリーを担う「ギグワーカー」と呼ばれる報酬労働で稼ぐ労働者は、今後社会問題の1つになる可能性を抱えており、これはDoorDashにおいても変わりはない。
同件について山本氏は「後発の強みを活かし、いまあげられている課題の数々に対策していきたい」と語っている。
「例えば、スタート後の6月15日には宮城県警察との共催で『Dasher Safety Program』というダッシャー向けの交通安全講習を行うが、これも後発ならではの問題意識の表れだ。
具体的な詳細は言えないものの、競合他社と比較してどこが優れているかといった部分をアピールすることはしないが、ダッシャー向けの保障や報酬制度など、最適な形をサービスを提供するなかで模索していきたい」
拡大路線のなかでおざなりになりがちな一連の課題だが、DoorDashとして前向きに考えているようだ。
鈴木淳也:モバイル決済ジャーナリスト/ITジャーナリスト。国内SIer、アスキー(現KADOKAWA)、@IT(現アイティメディア)を経て2002年の渡米を機に独立。以後フリーランスとしてシリコンバレーのIT情報発信を行う。現在は「NFCとモバイル決済」を中心に世界中の事例やトレンド取材を続けている。近著に「決済の黒船 Apple Pay(日経BP刊/16年)」がある。