中国の貨物陸運市場はDXの伸びしろが大きい。
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中国人の足に革命を起こした配車サービス「滴滴出行(DiDi)」が6月11日に米上場を申請し、2021年最大のIPO案件として注目されているが、5月末に米市場に上場申請した「物流業界のDiDi」満帮(Manbang)集団の名も覚えておきたい。
満幇集団は「物流業界のUber」と呼ばれることも多いが、ソフトバンク・ビジョン・ファンドが大株主であることや企業の成り立ち、抱えるリスクなど共通点の多さから、DiDiになぞらえた方がしっくり来るし、特徴を捉えやすい。
ビジョン・ファンドが株式の2割超を保有
中国ではビジョン・ファンドが出資する運輸企業の上場が相次ぐ。
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満幇集団は貨物を運送したい企業と、トラック運転手、トラックオーナーをつなぐマッチングプラットフォームで、5月28日にニューヨーク証券取引所にIPOを申請した。申請時の出資比率はソフトバンク・ビジョン・ファンドが22.2%、セコイア・キャピタルが7.2%。ちなみにビジョン・ファンドはDiDi株式も21.5%保有している。
満幇集団の前身企業である「貨車幇」は2011年、「運満満」は2013年に設立された。個人事業主の運転手は、荷主から荷物を預かり目的地まで配送するが、帰路はガソリンと時間を消費するだけという「非効率」が存在していた。そこに荷主と運転手をつなぐマッチングアプリが登場し、運転手は行きと帰りに違う荷主から業務を受けられるようになった。
この時期はスマホの普及を背景に、中国では後にユニコーン企業に成長するプラットフォームが続々と生まれた。DiDiとTikTokを運営するバイトダンスは、2012年に創業している。
ユニコーン2社が2017年に合併、敵なしに
ソフトバンク・ビジョン・ファンドが主要株主であることに加え、満幇集団とDiDiの第2の共通点は、業界首位、2位企業の合併によって、圧倒的なシェアを持つ企業に変貌したことだ。
「運満満」はセコイアのほか、既存業界のDXに取り組むスタートアップに投資するベンチャーキャピタル「光速中国」の出資を受けて成長した。一方、「貨車幇」はテンセントやDCM中国、バイドゥから数度にわたって資金調達している。
2017年時点で2社は共に評価額10億ドル超のユニコーンであり、最大のライバルだったが、運満満のエンジェル投資家が、「消耗戦を続けるのは意味がない」と考え、双方の経営者と出資企業を説得して合併を主導した。
敵らしい敵が見当たらなくなり、満幇集団はさらに大きな投資を引き寄せた。2018年のシリーズEでソフトバンク・ビジョン・ファンドや国新科創基金などから19億ドル(約2100億円)を調達。2020年11月にはテンセント、ビジョン・ファンド、セコイアなど13機関から17億ドル(約1900億円)を調達し、IPO秒読みに入った。
コロナ禍でも増収確保、将来性も抜群
満幇集団の前身企業「貨車幇」は、近年「ビッグデータ都市」として注目を浴びる貴州省生まれのテック企業としても知られる。
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満幇集団は荷主から会費を徴収し、運転手には金融や保険サービスを提供し、収益を得るビジネスモデル。2020年通年の売上高は前年比4.4%増の25億8000万元(約440億円)で、年前半にコロナ禍で外出・移動制限を受ける中でも成長し、黒字化を実現した。2021年1-3月期の売上高は前年同期比97.7%増の8億6700万元(約150億円)、純利益は同324.4%増の1億1300万元(約19億円)だった。
同社に期待が集まる要因は2つある。1点目は上述したように、合併によって国内の競争圧力がが大きく軽減された点だ。
目論見書などによると、満幇集団のプラットフォームの取引件数は、業界2位から5位の合計の2倍に達している。2021年1-3月の月間アクティブユーザー数は122万人、輸送件数は2210万件で、前年同期比からそれぞれ67%、170%上昇した。
満幇集団は合併後も、運満満と貨車幇のブランドを独立して運用しているが、2019年に発表されたトラック運転手調査レポートでは、運転手の72%が貨車幇を、46.5%が運満満を利用していた。(運転手は通常、複数のプラットフォームに登録しているため、合計が100%を超える)
満幇集団に期待が集まる2つ目の要因は、中国の陸運市場が世界最大で、今後数年は高成長が見込めることだ。中国の調査会社灼識諮詢(CIC)によると、同国の2020年の陸運市場規模は6兆元(約103兆円)で、そのうち満帮集団が手掛ける人工知能(AI)、ビッグデータを駆使したデジタルプラットフォームを使用した取引額は4%にすぎない。CICはこの比率が2025年に18%まで伸びると予想しており、DX化の余地が非常に大きい市場と言える。
貨物のマッチングプラットフォームは「遠距離」「近距離」で棲み分けがあり、前者を強みとする満幇集団は2020年末時点で300都市以上で事業を行い、広い国土にもかかわらず全国配送網を築いている。遠距離配送は近距離に比べ参入障壁が高い点も、同社が安泰と見られる理由だ。
懸念材料は運転手の不満と独禁法強化
もちろん同社にリスクはあり、これがDiDiとの第3の共通点となる。
交通運輸部など中国8当局は5月14日、物流プラットフォーマー10社に対し行政指導を行った。特に満幇集団と近距離貨物輸送のリーダー企業「貨拉拉」2社は、「価格システムや運営ルールに問題があり、運営会社が責任を果たしていない。運転手の権利侵害も見られる」と名指しの上で改善を促された。
4月には物流企業20社に取材して書かれた「世の中の貨物運転手は、満幇集団のせいで窮状にある」という記事が大拡散した。
記事では運満満と貨車幇の合併後、さまざまな手数料が新設されドライバー・荷主から徴収されるようになったことや、荷主の信頼性に対するチェックが甘く運転手にしわ寄せが来ていること、さらにEC業界などで問題になっている「(他社と取引をさせない)二者択一行為」が横行していることが明かされた。
運転手が荷主の元へ荷物を受け取りに行ったときに準備ができていなかったり、貨物の量が事前の説明を違うときは、ルール上は取引をキャンセルしたり補償を求めることが可能だが、実際には、カスタマーサポートが十分に機能しておらず、運転手が泣き寝入りすることも多いという。
DiDiも2015年に上位2社が合併し、Uberの中国事業も吸収して独占体制を築いた後は、ユーザー軽視、安全軽視の姿勢が強まり、2018年にドライバーによる乗客殺人事件が2件発生した。この不祥事が直撃し、DiDiの黒字化やIPOは大きく後ろ倒しされた。
中国当局が独占禁止法を強化し、プラットフォーマーへの圧力を強めているのも、圧倒的なシェアを持つ満幇集団にとっては無視できないリスクだ。
CICのレポートによると、貨物陸運でマッチングプラットフォームを利用していない物流企業はわずか9%にとどまり、荷主、物流企業、運転手のいずれもがプラットフォーマーに依存する構造がある。優位な立場にある貨物輸送プラットフォーマーが誠実さに欠けることは広く認識されており、上場と独禁法強化を背景に、運転手の当局への告発が増えることも予想される。
社会的責任がこれまで以上に問われる中、DiDiのような足踏みを避けるためにも、ガバナンスの見直しが急務となっている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。