シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。さっそく、お悩みを読んでいきたいと思いますが、今回は教育について、それも時事的なテーマです。
今の教育現場でわいせつなどの事件を起こす教師が多い原因はなんだと思われますか? 地方では教育関係者の子息などの縁故による採用が多い、とよく聞きます。私の住む地域でも一族皆教員の家も結構あるとか。私は、教員採用試験で縁故がモノを言う体質自体が、わいせつ事件を起こしてしまうような、職業意識の低い教師を増やしている一因なのではないかと考えています。教育委員会を私物化しているような先生がたが許せない気持ちになります。
(50代、さがみん、女性)
社会問題は前提から考える
シマオ:さがみんさん、お便りありがとうございます。自分の子どもが被害に遭うかも、と考えるといても立ってもいられないですよね。佐藤さん、どうお考えになりますか?
佐藤さん:さがみんさんにお子さんがいるかどうかは、このお便りからだけでは判断できませんが、問題意識は非常によく分かります。ただ、その原因については一度立ち止まって考える必要があります。というのも、わいせつ事件を起こすような教員が許せないのは大前提として、教員数全体の中で、事件を起こすような人の発生率は決して高くないからです。
シマオ:でも……今、検索してみたら、2019年度にわいせつ行為などで処分を受けた公立の小中高などの教職員は273人、うち126人が生徒に対するものということです。これって、かなりの数じゃないでしょうか。
文部科学省の調査を元に編集部作成
佐藤さん:シマオ君は、学校の教職員が全体で何人いると思いますか?
シマオ:えっ? 知らないです……。
佐藤さん:文科省の調べでは、2019年度、公立の小中高だけで、92万人の教職員がいます。
シマオ:きゅ、92万人もいるんですか…! 僕の想像よりずっと多いです。
佐藤さん:物事を見る時には、まず前提を考えることが大切です。約92万人もの教職員の中で273人のわいせつ事件を起こした人がいるとすれば、その確率は0.03%です。世の中を見てみれば分かるように、ある一定数の人が犯罪を犯してしまうこと、あるいは犯罪につながる思考・指向の持ち主が存在することは否めない事実です。その意味で、この確率は決して高くはありません。ですから、教師全体の意識に原因を求めるのは適切ではないと考えます。
シマオ:なるほど。ただ、そうするとある一定の被害はしかたない、ということになってしまうんでしょうか?
佐藤さん:いえ、決してそうではありません。被害は防がなければいけない。しかし、その原因を教師全体のものとしてしまうと、対応策を見誤ってしまいかねません。だからこそ、前提をちゃんと確認しておきたかったのです。
教員のわいせつ事件を防ぐには?
シマオ:では、被害を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか?
佐藤さん:まずはスクリーニングです。児童へのわいせつ行為などの前歴がある人、あるいはペドフィリア、すなわち小児性愛者が自らの欲求を満たす手段として教員になることを防ぐのです。
シマオ:具体的な方法とかってあるんでしょうか?
佐藤さん:これは単純で、経歴と専門的な心理テストによるチェックです。現状は普通の適性検査しかされませんが、私は小児性愛に限っては個別に検査をすべきだと思います。そういう指向があるのであれば教員として採用するべきではないし、過去に児童に対する性的トラブルを起こしたのであれば、免許の再取得は認めるべきではないでしょう。
シマオ:そういう意味では、最近「わいせつ教員対策新法」(※)ができましたね。
※「わいせつ教員対策新法」:生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職になった教員が再び教員免許を取得することを防ぐ法案。2021年5月28日に国会で成立。今後、公布から1年以内に施行される。現状の教育職員免許法では、失効後3年が経てば再交付が受けられた。新法では教育委員会が再交付拒否の判断をできるようになる。
佐藤さん:はい。この法律ができることで、望ましい方向に一歩近づくと思います。
シマオ:ただ、一度犯罪を犯した人のブラックリストを作ったり、心理テストで性的指向を調べたりすることへの拒否感もありそうですよね?
佐藤さん:もちろん、性的指向による差別は許されません。ただ、小児性愛による被害は児童の一生を左右する大きな問題であり、精神医学的にも再犯の可能性が高いとされています。だからこそ規制が必要ですし、単純に排除するだけでなく、医学に基づく治療の機会を提供することもセットで考えていかなければなりません。
親が子どもを守るためにできること
イラスト:iziz
シマオ:ところで、親の立場になって考えてみると、なんとか我が子に被害が及ぶのは避けたいと思うはずですが、どんなことができるでしょうか?
佐藤さん:これは、その教師のことをよく知っておくに尽きると思います。
シマオ:でも、親が教師と話す機会ってそんなに多くありませんよね。
佐藤さん:とはいえ、授業参観や三者面談、PTAなどはあるでしょうから、その際に注意して見ていれば、ある程度つかめるはずです。そして、日頃から子どもから学校での話をちゃんと聞いておきましょう。
シマオ:もしそれで「この教師は危ないかも」となったら、どうしましょう。クラスや学校を変えるのは簡単ではないでしょうし……。
佐藤さん:具体的な被害が起こる前であれば、その教師と2人きりになるシチュエーションをとにかく避けることですが、小さなお子さんですとそれを伝えるのは難しいかもしれません。ただ、この手のことは必ず小さなことから始まっていくので、その兆候を捉えることは大事だと思います。
シマオ:想像したくありませんけど、もし何か被害が起きてしまったら……。
佐藤さん:その時は、具体的な被害を教育委員会へ通報することです。これは匿名でも構いません。学校に言っても、組織的に握りつぶされてしまう可能性があります。そして、キスをされた、身体を触られたなどの直接的な被害があれば、迷わず警察に相談することです。
シマオ:このあいだニュースで子どもの頃に被害を受けた方のことが取り上げられていましたが、当時は被害を受けているという認識がなかったとおっしゃっていました。
佐藤さん:ある程度の年齢になれば性教育もできるでしょうが、幼い場合は非常に難しいです。親にできることは、子どもの様子に注意して、何か異変があった場合には丁寧に話を聞いて、必要であれば小児精神科など専門家に相談してみてください。
シマオ:被害がないのが一番ですが、子どもの異変を親が見抜き、動くことが大事ということですね。
佐藤さん:はい。過去に受けた性的被害を告発した被害者に対して、ネットなどでは「言ったもの勝ちだ」なんて意見も見られましたが、それは言語道断です。そもそも、教師と生徒は権力的に非対称なのです。少なくとも当事者であるうちは恋愛関係に入ることを避けるのは、教育者の義務です。
シマオ:ドラマのような世界は成り立たない、ということですね。
佐藤さん:ただ、教師と生徒との関係は、人格的な交流を伴うものでもあります。先生から本を借りたり、対話の中で思想を学んだりするような関係性も、生徒にとっては有益なものです。わいせつ事件の危険性が取りざたされることで、そうした機会まで失われてしまうとしたら、教育にとっては大きな損失です。
シマオ:犯罪被害を避けることとのバランスは難しいところですね……。学校や親が協力して考えていきたい部分です。という訳で、さがみんさん、ご相談に対するお答えになりましたでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は6月30日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)