転職やキャリアアップを図る際に「武器」となるものを持っておきたい——そう考えた時、「資格取得」を検討する人は多いようです。
そして、経営に近いポジションでの活躍を目指す人は、「MBA」に注目します。
さて、「MBAホルダー」の称号は、転職活動でどのくらい有利に働くのでしょうか?
今回は、求人企業がMBAホルダーをどのような目で見ているのか、また、MBA以上に転職市場でプラス評価される要素とは……についてお話しします。
時代の変化…MBAへの期待はどう変わった?
2000年代の初め頃、海外MBAホルダーへの評価は高く、応募書類に記載されていると一目置かれました。
しかし昨今、管理職~経営ボードメンバーの中途採用シーンにおいて、MBAを取得しているかどうかは、ほとんど気にされていないのが現実です。
職務経歴書に記載されていても、選考途中で「この人って、MBA持っていたんだっけ?」と記憶があやふやになる程度の印象。面接の場で、MBAにフォーカスした質問が出ることもまずありません。
MBAが最低限のビジネススキルのエビデンスとして必要な業種——例えばMBA先の転職先として人気の外資系投資銀行や外資系コンサル、ファンドなどに転職することを前提としない場合は、選考に大きな影響を及ぼすことはあまりないと言えます。
なぜ、MBAは以前ほどもてはやされなくなったのでしょうか。
国内の大学院やオンラインで学べるようになり、取得者が増えて希少価値がなくなってきたということもありますが、どうやらグローバルでもMBA取得者が年間数十万人増えており、明らかに供給過剰となっています。
それに、MBAプログラムといえば、成功した企業のケーススタディを中心に、経営課題の解決策や成功メソッドなどを学ぶのが特徴。
しかし昨今は、業種や企業によって状況や課題が千差万別となり、過去のモデルケースがあまり役立たなくなっています。そのため、ケーススタディを学ぶ価値を感じられなくなっているようです。
評価されるのは、学びのプロセスで得たもの
「MBA取得を目指すかどうか」で迷った時、考慮したいのが「コスト」と「時間」です。
海外でMBAを取得するには、国にもよりますが、学費は500万円~1500万円、期間は1.5~2年。滞在費も含めると、プラス200万円~300万円ほどかかります。
また、2年間の場合、一般的に学習時間は3000時間以上に及びます。他の資格を見てみると、USCPAが1500時間ほど、公認会計士が3000~5000時間ほどかかりますので、MBAはそれらと同等かそれ以上の時間を費やすことになります。
これらのコストと時間をかけて、それを上回るリターンがあるかどうか……それが判断のポイントとなるでしょう。
くれぐれも誤解しないでいただきたいのですが、「MBAは学ぶ価値がない」と言いたいわけではありません。
「経営」を俯瞰して学べるという点で、決して無駄にはなりません。
また、マーケティングや人事など、それぞれの業務について、これまで何となく「感性」でこなしてきたことを体系的・理論的に学ぶことで、筋力の強化を図れます。学んだ後の仕事には説得力が生まれ、パフォーマンスも上がるでしょう。
つまり、学んだことを実践して、実際の仕事で成果を挙げることこそが、転職市場での評価につながるのです。
MBAに限らず、「資格を持っている」ことより「実務経験のレベル」が重視されるのは、転職市場の鉄則です(もちろん、その資格を持っていなければできない「業務独占資格」はまた別の話ですが……)。
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そして、MBAを履修した皆さんは、ビジネスの知見以外にも、多くのものを得ていらっしゃいます。
海外にMBA留学した方であれば、日本とは異なる価値観や文化を持つ人々と交流し、日常生活を共にすることで、多様性への理解力や柔軟な発想力を身につけたことでしょう。
私は日々、エグゼクティブクラスのビジネスパーソンとお会いしていますが、成功者の多くに「海外での生活を経験している」という共通点が見られます。
彼らは、多様な考え方を柔軟に受け入れ、より効果的に組み合わせて機能させる能力に長けています。そうした力を養うために、MBAに限らず、海外留学あるいは海外駐在の経験を積むことを、私は日頃から皆さんに強くお勧めしています。
一方、仕事を続けながら国内の大学院などでMBAを取得した方も、プラスアルファの価値を得ていらっしゃいます。
「かなり忙しい仕事なのに、時間をやりくりして学習を両立させた」——それは、MBA資格そのもの以上に高く評価されます。
仕事と学びを同時並行することで、学んだことをすぐに実務で実践し、仕事のクオリティを高めていれば、もちろん大きな価値となります。
そして何より、「人脈」を活かしている人が多いと感じます。
MBAコースには、多様な業種・職種・年代の人が集まっています。普段接点のない人々とディスカッションをするだけでも新たな視点を得られますが、「共に学ぶ」ことで独特の絆が生まれ、「仲間」とも「同志」とも言える特別な関係が築かれます。
それは強力な「人脈」となり得ますよね。
実際、同じMBAクラスで学んだ修了生同士が手を結び、新しいビジネスやプロジェクトを立ち上げるケースは多数見られます。昨今であれば、副業(複業)という形で、お互いのビジネスに協力し合うケースも増えているのではないでしょうか。
MBA取得は「手段の一つ」と捉える
ここまでのお話をまとめますと、
「MBAホルダーの『肩書』は、採用選考でそれほど効力を発揮しない」
しかし、
「MBA取得までのプロセスで得たものは、高評価につながるケースが多い」
……ということです。
ただし、ここでお話しした「プラス評価される要素」は、MBAコースを履修しなくても獲得できるものですよね。
大切なのは、「多様な人々と交流することで、柔軟な発想力を持つ」「協力を得られるネットワークを構築する」。
これらは、MBA以外のビジネススクールでも、副業(複業)でも、ボランティアやプロボノといった社会活動を通じても経験し、獲得できるものです。
そして、一時的な活動によって得たネットワークを持っている人よりも、「日頃からネットワークを広げる活動習慣が身についている」人が評価されます。
多くの人とのつながりの中で、インプットもアウトプットもしている。「感度が高く、自ずと人や情報が集まってくる人なんだな」と思われれば、転職成功率も高まるというわけです。
MBA取得そのものを目的とするのではなく、そのような人材になる手段の一つとしてMBAを活用する、あるいは、より自分に適した別の方法も探ってみてはいかがでしょうか。
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※本連載の第55回は、7月5日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。