自分たちの夢を実現している夫婦にパートナーシップを10の質問で探る「だから、夫婦やってます」。6回目の後編は、三鷹を拠点とする大人気塾「探究学舎」を経営するワイズポケット 社長の宝槻泰伸さん。
“実質倒産状態”にも陥ったことがあるという探究学舎。泰伸さんから見た夫婦の転機や危機、子育て論とは。
写真:千倉志野
—— 出会いのきっかけと結婚の経緯は?
出会いは2009年、僕も圭美も27歳でした。「教育の世界にこそ自分の人生をかける使命がある」と一念発起し、起業してから4年ほど経った頃。当時力を入れていたeラーニングの教材を途上国教育にも導入できないかと考え、ユネスコ関連の機関にプレゼンに行ったことがきっかけでした。
通された部屋に最初に現れたのは、課長の女性。「今日はこの人をノックアウトするぞ!」と思ったら、その女性の背後からもう一人、「こんにちは」と小柄な女性が現れて。瞬間、ハートを奪われました。熱くプレゼンしている間も、横で頷いている彼女のことが気になって仕方がなくて。
1時間ほど経ち、課長さんが「次のアポがあるので、続きは彼女が聞きます」と退室すると、堂々と彼女のほうへと向き直して、さらに1時間。ではそろそろ……と腰を上げかけたところですかさず、「今週の土曜日、お時間ありますか?」とアタックしました。同席していた弟も「は!?」という顔をしていましたね。その時に彼女が返した答えがおかしくて、「調整可能です」(笑)。どうやら、仕事の誘いだと思ったそうなのです。
彼女を誘ったのは、自宅で企画した文科省などの教育関係者が集まるホームパーティーだったのですが、僕はずっと彼女の横をキープして、他の参加者そっちのけ。ずっと教育の課題や理想像について話していましたね。
なんでそこまで惚れてしまったかというと、可愛らしい柔らかな雰囲気だけでなく、知的で本気で教育をより良くしたいという情熱に溢れる女性だったから。まさに「同志」に出会えた!という喜びがありました。
大学時代に付き合っていた彼女と別れたときに「次に付き合うのは、生涯を共にできるパートナーにしよう」と決めていたのですが、彼女はまさにその人だと思いました。
—— なぜ「この人」と結婚しようと思ったのですか?
いわゆる、“できちゃった婚”です。出会った年の冬、彼女が「静かなところで話したい」というから部屋に行ったら、ソファの前のテーブルに赤い封筒が置いてあって。なぜか気になって開けてみたら、出てきたのは胎児のエコー写真。「おやおやおや……?」と心拍数を急上昇させていると、コーヒーを持ってきた彼女が「そういうことなの」と言って。
正直、すぐに「結婚しよう」とは言い出せませんでした。なぜなら、当時の僕はまったくビジネスで成功していなかったから。成功どころか、1億円出資してもらったのに、1円も売り上げていないというドン底の状態でした。一方で彼女は、目標としていた国連の仕事につながる重要なポストに誘われていたタイミングで……。
その夜、人生観を深く知り合う対話をこんこんと続け、日付が変わった夜中の2時頃、「結婚しよう」と2人で決めました。なぜ僕が決心できたかというと「この子とならやっていける」と思えたから。圭美の、磨き抜かれた人生観に触れたからです。
彼女はとても落ち着き、腹がすわっていました。「私は産みたい。なぜならずっと命に関わる仕事をしてきたのだから、信条に反することはできない。けれど、子どもを産むことと結婚とは別に考えている。やす君の人生を犠牲にするつもりはない」と。
つまり、一人で育てる覚悟だったんです。でも、僕にはその道は想像できなかった。彼女の精神の器の大きさを見せられ、一緒になりたいと強く思いました。
僕は両親や弟たちを巻き込んで起業していたので、代表の僕が創業期に結婚して父親になることは宝槻家の一大事に。反対する家族もいて衝突し、母と圭美が断絶してしまった時期もありました。母は昨年亡くなったのですが、誰よりも僕の成功を願っている人でしたから複雑な思いがあったのだと思います。
しかし時が経ち、探究学舎が世間に評価されるようになってからはわだかまりも氷解して、良好な関係に。圭美が母に手紙を渡してから、2人の間の空気が変わった気がします。何を書いたのか、僕は知りませんが、きっと母の心を打つ言葉が綴られていたのでしょうね。
潰された魂に義足は取り付かない
写真:千倉志野
—— お互いの自己実現を支援するために、大切にしてきたことは?
結婚を決めたとき、僕が彼女にお願いしたのは「公私共にパートナーでいてほしい」ということ。事業のパートナーとして外側の社会に向けて、また子育てのパートナーとして家庭の内側にも向き合う。両方の挑戦を、全力で協力しながら成し遂げたい。
その道程は、山あり谷ありで決して楽ではありませんが、着実に進んでいるという自信があります。決して道を踏み外しているとは思わないし、明るい未来に向かうことができている。それは圭美という伴侶がいるからです。
僕自身も、圭美から人間としてリスペクトされる存在でありたいと思っています。最近の日常の中で意識しているのは「認め合い」や「補い合い」です。彼女が苦手なことをそのまま認めて補っていく。逆も然り。欠落も含めてまるごと包容し合える存在でありたいですね。
—— パートナーから言われて、一番うれしかった言葉は?
「大丈夫だよ」。僕が苦しいタイミングで何度言ってもらったか分かりません。
2010年の12月、資金が尽き、社員を解雇し、会社が実質倒産状態となったとき。狭いマンションに引っ越して、家賃を節約するために弟とも家賃を折半して一緒に暮らす。そんな新婚生活を送っていました。
そんなときも、圭美は暗い顔一つせずに、淡々と「大丈夫だよ」と言い続けてくれました。
その後、九州の職業訓練校と契約してなんとか仕事を得たかと思ったら、東日本大震災の影響で契約が打ち切りに。そのときも「大丈夫だよ」。
教育界を本気で変えようと思うと、さまざまな試練がやってきます。僕自身も未熟だったゆえに、深刻な内部分裂も経験しました。そんなピンチを迎えるたびに、圭美は揺るがず「大丈夫だよ」。「またゼロから、裸になって始めればいいじゃない。何度でもスタートは切れるよ」と。「試練はそれを乗り越えられる人のもとにやってくる」とも。
世間体とか、経済的安定とか、自分の短期的な利益のためだけに動きたくない。たとえ、苦しい思いをしても、自分の美学を貫きたい。そんな価値観で人生を選択するという点で、僕と圭美は深くつながっています。
2010年末の倒産危機のときも、周りの経営者からは「倒産したほうが楽になれるぞ」と助言されました。投資家に頭を下げて許してもらえばいいじゃないかと。でも、僕はそれをしたくなかった。自分の力で這い上がって恩返しをするほうを選びたかった。
高校生の頃に観た映画『セント・オブ・ウーマン』の中でアル・パチーノが言うセリフ、「潰された魂に義足は取り付かない」が僕はとても好きで。誰に何を言われようと、自分自身が誇れる気高い人間になりたい。この生き方を尊重し、共に壁を越えようとしてくれる彼女の存在に感謝しています。
子どもには変な強制力を与えない
写真:千倉志野
—— 日頃の家事や育児の分担ルールは?
ルールは特にないですね。探究学舎の校舎は東京・三鷹にあり、全国各地での出張授業や収録のために僕は出張が多いこともあって、家事の大半は彼女がやってくれているのですが、気づいたときにはできるだけ掃除や洗濯を。あと、子どもたちの送り迎えも分担して。でも、彼女からすると、“粒”程度にしか見えない貢献だと思いますけどね(苦笑)。
—— 子育てで大事にしている方針は?
子育ては自然体でやっています。僕たち夫婦は教育者ですが、わが子に対して「何歳までに何をしてほしい」「将来は○○になってほしい」といった指針はほぼゼロで、それに対して不安もないです。
何をさせるかより、どうあってほしいか。「親のエゴを押し付けず、その子らしさを愛そう」というのは夫婦共通の価値観だと思います。子どもは皆それぞれに、生まれ持った力を備えている。親はその力を邪魔せず、変な強制力を与えないことが大事だと。
たまちゃんの言葉を借りると、「天の化育(かいく)を讃(たす)く」というそうです。植物の種のように、人間にも本来の能力があるから、それぞれの形や色の花が咲くように支援する。うちは5人いるから、5パターンの咲き方があるということ。楽しみですね。
—— 夫婦にとって最もハードだった体験は? それをどう乗り越えましたか?
些細なケンカはよくあります。だいたい、僕が原因ですが……(苦笑)。大きな危機といえば、さっきお話ししたような事業のピンチが続いたこと。でも、すべて一緒に乗り越えられたという経験になっていますね。
「学習の再発明」2人で成し遂げたい
写真:千倉志野
—— これからの夫婦の夢は?
子どもたちが巣立った後も、夫婦で一緒に仕事をしていると思いますし、そうありたいですね。
僕も彼女もビジョナリーな人間で、同じゴールに向かっていますが、力の発揮の仕方や役割が違う。僕は、未来の学習体験を創造していきたい。「学校の教室の中で皆で一斉に教科書で学ぶ」という型が、100年後も通用するとは思えないから“学習の再発明”を成し遂げたいし、その挑戦を先頭切って担う人間が僕です。新しい型となるプロダクト開発に集中しています。
一方で、彼女のミッションは組織づくり。いかに一人ひとりの魂が輝く組織をつくるか。「21世紀の会社のあり方をクリエイトしたい」と、5年前から本格的に会社の経営に参画してくれました。
圭美が入ってきて、社員の満足度は明らかに高まったと思います。彼女がいなければ間違いなく離職率は改善されなかったはず。タッグを組めて本当に良かったです。
—— あなたにとって「夫婦」とは?
夫婦とは、共に未来を創り出すパートナー。僕一人でも未来は創れたかもしれませんが、圭美と2人のほうが倍速で、より大きなことを成し遂げられると、強い気持ちになれます。
2人で事業も子育ても全力で。こういう家族のあり方も、「男は仕事、女は家庭」という昭和の価値観とは違う型ですよね。男と女、仕事と家庭といった分断で考えるのではなく、融合した生き方。同じ志を持ち、全力の挑戦を共にできるタフなパートナーを得られたことは、僕の人生にとって宝です。
—— 日本の夫婦関係がよりよくなるための提言を。
世間に向けて、「こうあるべき」と言いたいことは特にないです。それぞれの魂を輝かし合える関係性を僕らも大切にしていきたいと思います。