伊藤圭
アプリを立ち上げる。すると、今日働ける案件が一覧となって表示される。興味のある仕事を見つけたら、あとは申し込みするだけ。ここまで5分もかからない。面接は不要。1時間から働ける。
働いた後はすぐに報酬の受け取りができるなど、その利便性が好まれ、利用者の8割以上が「今後も利用したい」と回答するほど満足度が高いサービス—— それがタイミーだ。
ギグワーカーにも労働法適用
タイミーは、雇用者と被雇用者が相互に評価し合うシステムを採用している。双方が「win-win」の関係性であることは、タイミーの経営でも重視される。
タイミー公式サイト
評価されているのは利便性だけではない。タイミーは、ギグワーカーを守ることにも力を入れている。
Uberの配達者に労働法が適用されず、休業や配達中の事故への補償もないことが社会問題となっているが、タイミーは早くから企業とワーカーが雇用契約を交わすことで、短時間労働のワーカーにも労働法が適用されるようにしたり、働き手も事業者を評価できる相互評価システムを採用したりしている。
アプリ利用者は、バイトを終えると働いた先の評価をつけ、レビューを書き込む。自分が申し込む際は、過去にその事業者で働いた人たちのレビューを見て選べるので、安心感がある。
「従業員さんがとても親切で不安なく勤務できた」
「遅配してしまったが、優しく対応してもらった」
などといった高評価もある一方、
「マニュアルや説明もなく、1時間半の残業をさせられた」
「店舗から貸し出されたお金では金銭授受のお釣りが足りず、ポケットマネーで対応する事態が発生した」
などの、赤裸々なレビューもある。
一方で、バイト申し込み後に勤務をキャンセルした場合はペナルティポイントがつく。一度でも無断欠勤するとアプリが永久利用停止になるなどの措置もあるため、事業者側も働き手を選びやすい。アプリ利用者同様、事業者側も労働者を評価できるし、マッチング後にこれまでの評価を確認できる。フラットで健全なプラットフォームの形成を目指していることが特徴だ。
現役大学生、2年で30億円調達
伊藤圭
このサービスを運営するタイミーの社長が、小川嶺(24)。現役の立教大学生だ。 2021年6月時点で、約190万人の働き手と4万店舗が利用している。
「タイミーが目指しているのは、働くことを通じて人生の可能性を広げるインフラを作ること。頑張っている企業や人が正当に評価され、報われる世界観を作りたい」(小川)
もちろん、この相互評価システムを構築するのは容易ではなかった。サービス開始当時は企業に営業に行くと、
「なぜ、雇う側が評価されなくてはいけないのか」
「悪い評価を書かれたらどう対処すればいいのか」
と、懸念を示された。
しかし小川は、人手不足の今の時代、働き手の想いを吸い上げないとますます人が集まらなくなっていくと説得を続け、利用企業を増やしてきた。
そのまっすぐでピュアな姿勢は、早くから投資家たちからの注目も集めていた。立教大学在学中にタイミーの開発に着手した小川は、サービス開始から2年で総額30億円以上の資金調達を達成している。
サイバーエージェント社長である藤田晋の個人ファンドである「藤田ファンド」の出資企業となるなど、常にニュースには事欠かない。
ちまたでは「最年少上場記録を塗り替えるか?」「ユニコーン企業となるか?」と小川に期待する声が大きいが、当の本人は地に足がついている。今回の取材に対して、小川はこう語った。
「コロナ禍を経験し、現在タイミーは、第2創業フェーズに入ったと考えています」
2020年、日本全国を襲ったコロナショック。もともと利用企業の6割が人手不足に悩む飲食店だったタイミーが受けた打撃は大きかった。躍進を遂げていたタイミーは、コロナ禍で初めての売上減を経験する。
しかし、小川はこの逆境を機に営業戦略を大きく見直した。
詳しくは第2回で言及するが、飲食業界に頼っていた事業主の職種を拡大することに成功。守りから攻めに転じた現在は、過去最高の売り上げを更新するまでになっている。
利用者、約4割が会社員
働き手の側の事情も大きく様変わりしている。サービス開始当初は大学生のスキマバイト探しに使われることが多かったタイミーだが、2021年6月現在、アプリ利用者の約40パーセントは会社員だ。コロナ禍でのリモートワークや週休3日制、副業解禁などの流れが、社会人の利用を加速させている。転職を考える社会人が、他業種を経験するためにタイミーを利用するケースも出てきているのだ。
タイミーが「大人のキッザニア」とも呼ばれるゆえんは、ここにある。
「これまでの派遣のシステムや、求人媒体では叶わなかった『実際に働いて、インターンのように双方がお試しする』が当たり前になる世界を作りたい。より評価される場所で働けるようになれば、その後の離職率も変わるし、働くことによる幸福度も変わるはず」
小川は、自分自身のことを 「僕は、ビジョンに雇われている」と、語る。
単なるスキマ時間のバイト探しサービスではない。日本の「働き方」を根本から変えようとしている小川の、これまでとこれからを聞いた。
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(文・佐藤友美、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。