写真:伊藤圭
立教大学在学中に起業。サービスリリース前に1200万円の資金調達。藤田ファンドの復活後出資第一号に。橋本環奈のCMが話題になり、フォーブスアジアの「30UNDER30」に選出……。
ここ数年、タイミーと社長の小川嶺(24)の周辺は常に話題に事欠かなかった。
毎月、前月比130%で成長し、3カ月ごとに売り上げが2倍になる爆速成長を続けていた。月に何本もリリースを出すなど、右肩上がり経営がメディアでもよく取り上げられていた。
コロナでひと月ごとに売上半減
2020年4月に発令された緊急事態宣言下ではほとんどの飲食店が休業。繁華街は閑散とし、失業率も増加した。
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そんなタイミーがしばらく息を潜めていた時期がある。2020年春から秋にかけてのことだ。
飲食系のバイトのマッチングが7割だったタイミーは、コロナの影響をもろに食らった。
取引先の飲食店では、時短営業を余儀なくされ、閉店も相次いだ。バイトを雇うどころではない。それまで向かうところ敵無しだった小川は、事業計画を大きく見直さなくてはならなくなった。
毎月毎月、売り上げが半減していく。どこまで下がるのか見通しが立たない。タイミーが初めてぶつかった、大きな壁だった。
「売り上げが減る不安だけではなく、自分の無力さに気づいたのがこのコロナの期間でした。これまでタイミーが伸びてきたのは、サービスが時代に後押しされていたからだったのだなということを、まざまざと感じたんです。自分に経営者としての力量があったわけではなく、時流に乗れただけだったんだ。だから、時流に乗れなくなるとこれほどまでに落ち込むんだと痛感しました」
この難局を乗り越えるために、小川は2つの手を打った。
1つは、資金調達。
前回のラウンドで既に20億円の調達を達成していた。売り上げは急速に伸びていたし、それまで資金不足に陥るとはつゆほども思っていなかった。
しかし、コロナ禍で一気に見通しが立たなくなった。これからはキャッシュ不足が命取りになる。そう判断した小川は、13.4億を調達した。
これまで攻め続けてきたタイミーにとって、初の守りの調達だった。
「事業計画を変更してでも、今は事業を存続できる環境を死守しなくてはいけない。社員には、お金はちゃんと確保するから、安心して働いてほしいとメッセージしました」
もう1つの打ち手は取引企業の変更だ。主たる取引企業を飲食業からドラスティックに転換したのだ。小川のこの経営判断が、功を奏す。
「当時、産業が全体的に沈んでいる中で、物流業界は大きく売り上げを伸ばしていたんです。専属チームを作って、しっかり物流業界に食い込んでいくという意思決定をしました」
小川は、これまで1つしかなかった営業チームを3つに分け、それぞれに専門性を持たせ、責任と権限を与えた。
それまで大所帯だったチームを3つに分けたことで、抜擢人事ができた。それぞれの部署が、強いオーナーシップを持って取り組んでくれるようになったという。
「苦しい時期ではあったけれど、今まで以上に社員に強い当事者意識が芽生えたのが良かったところ。また、専属チームを作ったことで、チームごとに専門の知見を蓄えることに積極的になりました。みんなで業界誌を呼んで勉強会をして……。商談の質が確実に上がったと感じます」
現在は、物流業界が売り上げの約5割、宅配などのデリバリー系が約2割を占める状況になっている。飲食業は5%程度に下がったが、コロナが収束すれば再契約を考えるところも多いだろう。
多くの業界が業績不振に苦しむコロナ禍において、タイミーは過去最高の売り上げを達成できた。
今後は全国47都道府県への展開を進めるべく、北海道と仙台と広島の拠点立ち上げを準備している。エリア拡大に注力するため、テレビCMなどのマス広告も増やした。現在、タイミーの社員は約150人。今後も積極的に採用していきたいと小川は語る。
「日本一気軽な副業サービス」へ
コロナ禍で多くの失業者が出たが、その多くはパートやアルバイトなど、非正規雇用で働く人たちだった。
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一方で、このコロナ禍に利用者のタイミーへの期待値が上がったことも感じていた。
飲食業で働いていた人たちが、シフトに入れなくなった。主婦でパートタイム勤務をしていた人が、仕事を失ってしまった。野村総合研究所の推計によると、コロナ禍で仕事が50%以上減り、休業手当も受け取っていない「実質的失業者」は、女性だけでも2020年12月で90万人に及ぶという。そういった人たちが、タイミーに出合って新しい働き先を見つけていく。
「この需要に応じられるくらい、しっかりと仕事を集めなきゃいけない。今まで以上に、我々のサービスに対する責任を感じました」
学生や主婦のアルバイトだけではない。
徐々に増えていた会社員の利用も、コロナ禍で急加速した。第1回で紹介した通り、2021年6月現在、アプリ利用者の約40%は会社員。これは、小川にとって嬉しい成長だ。
というのも、小川は創業時から「働くことを通じて人生の可能性が広がるサービスを提供したい」と考えていたからだ。会社員の利用が増えたことにより、タイミーが目指す世界観がより明確になってきた。
「アプリを使って新しい職場に行って、新しい人と出会う。そこで、自分がこの業界に向いているなと思って転職してくれたら、僕は幸せなんです。それによって、そのユーザーさんがタイミーを使わなくなったとしても、その人が幸せに働けるきっかけを提供できたのだとしたら、それがなにより嬉しい」
タイミーの価値は、これまで単発バイトではなかなか経験できなかったデリバリーや小売り、IT企業での事務など、さまざまな業界で働くことができること。
新しい業界で、新しい人や新しいコミュニティに出会うと、それまで気づかなかった自分の強みや弱みを感じることができる。その気づきによって、今の本業が本当に自分に向いているのかを考えることができる。その再定義ができるのが、タイミーというプラットフォームであると小川は考えている。
小川は、タイミーを「日本一気軽な副業サービス」と言う。
誰でも簡単に副業できるサービスがあることで、働くことが本当に楽しいことなのか? 自分にはもっと違った可能性があるのではないか?と考えている人に新しい道を提示したい。
だから、社会人が副業先を見つけるためにタイミーを利用してくれることは、小川にとっても心から嬉しいことなのだ。
新卒一括採用はしがらみが強い
写真:伊藤圭
「『“働く”を楽しくする』って、とても大事な観点だと思っているんです。自殺やうつ病の原因は一つではありませんが、適材適所の仕事ができているかどうかも、大きく関係すると考えています。自分に向いていない仕事だと考えながら働くのは、すごくストレスフルな状況だと思うんですよね」
本来、コミュニケーション能力が高い人は接客をすればいいし、黙々とやる仕事が好きな人は物流の仕事が向いているかもしれない。何の職業でもいいけれど、自分に向いている仕事を見つけることができるといい。
「日本は新卒一括採用が主流だから、その時期にどこかの会社に就職しなくてはいけないというしがらみが強いですよね。すぐに辞めるとキャリアに傷がつくから、数年は働かなくちゃという感覚もある。
でも、気軽に別の職業も試すことができて、今より自分らしく働ける環境があると分かったら、転職のハードルも下がりますよね。タイミーは仕事のレパートリーを広げていくための場になりたい」
図らずもコロナ禍が、自社の社会的使命をよりくっきりと浮かび上げることになった。
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(文・佐藤友美、写真・伊藤圭)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。