写真:伊藤圭
コロナの逆風をむしろ企業成長とサービス拡大の原動力にした、タイミー社長の小川嶺(24)。
これまでの華々しいニュースリリースを振り返るに、若くして順風満帆な起業家人生をスタートしたように思われるが、実はタイミーの起業前に苦い経験をしている。
6人の1年半、奪ってしまった後悔
アパレルサービスを共に立ち上げようとした仲間たち。資金調達は目前だった。
提供:小川嶺
それは最初、服を選ぶのが苦手な自分のような人のために立ち上げようとしたアパレルサービスだった。6人の仲間で1年半かけて作ってきたその事業を、小川は資金調達が決まったタイミングで突然たたんだ。
当初は小川の想いが先行してスタートした事業だったが、投資家の顔を見ながら紆余曲折するうちに、ファッション好きの人のためのサービスに変容していた。結果的に、資金調達がゴールになってしまっていたのだ。
ついに調達できるというタイミングになって、小川ははたと我にかえる。
「このお金をもらってしまったら、責任が発生する。このビジネスをずっとやらなきゃいけなくなる。これは、本当に自分がやりたいことだったのだろうか」
悩んだ小川は、仲間にも相談せず、資金調達を“しない”選択をした。
6人の1年半を奪ってしまった申し訳なさと負い目は、今も思い出すのが辛い過去だ。
当時、仲間にどのように説明したのか。記憶は曖昧だという。それくらい、そのチーム解散は小川にも傷を与えた。
解散後、大学の授業に出る気にもなれなかった小川は、日雇いアルバイトを転々とする。そのとき感じた不当な扱いがきっかけで生まれるサービスが、のちのタイミーなのだが、その時の小川はまだそれを知らない。
自分は必要なのか、葛藤
タイミーの事業が軌道に乗ったタイミングで、小川はある「迷い」を抱えていた。
提供:小川嶺
2度目の挫折は、タイミーを起業してからのことだ。
順調に売り上げが伸び、スタッフも増えていった創業2年目のタイミング。ふと「自分は、ここにいる意味があるのかな」と感じた。
「僕自身、この事業は社会的な意義のあるサービスだと思っています。決して、自己満足で終えていいサービスじゃないんです。だからこそ、このサービスをもっともっと伸ばしたいし、伸ばさなきゃいけないと感じていました」
小川が事業に真剣だったからこそ、生まれた疑問。それが、「この事業を拡大するために必要なCEOは、本当に自分なんだろうか」だった。
会社に合流してくれたメンバーの中には、自分よりも優秀な人材がいる。彼らに任せたほうが、タイミーは成長するのではないか。タイミーが成長すれば、多くの人の働き方を変えることができる。自分が退くほうが、多くの人を幸せにできるのではないか。
一度脳裏に浮かんだ疑問は堂々巡りした。
小川の悩みの相談にのってくれたのは、ある投資家だった。
「もう辞めよう思う」
と言った小川に、その投資家は、
「僕は、事業ではなく小川君の想いに投資したんだ。小川君がやっているタイミーだから投資した。そこは切り離せない。小川君が辞めるんだったら、投資を回収する」
と言った。
「その言葉に、救ってもらったんですよね。僕自身、本当に私利私欲がないんです。本気で、世の中を変えたいと思っています。それを見てくださっていたんだなと思って」
それ以降小川は、投資家に対して、そしてメディアに対して、より意識的に自分の想いを語るようになった。
「なぜ、このサービスを作ったのか」
そして
「自分はどういう経営者になりたいと思っているのか」
それを話せるのは自分しかいない。そう思ったからだ。
NTT社員だった小川の父(写真最右)は、幼少期の小川に輝かしい日本の背中を見せてくれた。
提供:小川嶺
小川の父親は、世界の時価総額トップランキング企業にNTTの名前があった時代に、NTTに入社した。当時世界トップクラスと言われた企業で生きた父親の背中を見て育った。
「失われた30年」と言われるが、でもやはり、日本には、世界を牽引できる人材が育っていると小川は思っている。同世代の起業家を見渡しても地頭がいいと感じる人ばかりだ。
いつか自分は、日本を代表する会社を作りたい。世界に挑戦できる、日本のブランドを発信したい。
その想いを伝えるのは、自分しかいないのだ。
そう思えるようになったとき、小川は2度目の挫折を、乗り越えた。
「意思決定から逃げるな」藤田晋が檄
小川がメンターとして特に慕っているのが、サイバーエージェント社長の藤田晋だ。
提供:小川嶺
小川は自身を楽観的な性格と評する。たいていの悩みは、美味しいものを食べて一晩寝ると忘れるタイプだという。
ただ、この先どんな困難が待っていたとしても、それを乗り越えられるだろうと思えるのは、自分が素晴らしいメンターに恵まれているからだと考えている。
小川には、さまざまな悩みを相談できるメンターがいる。
特に、自身の出資先1号に選んでくれたサイバーエージェントの藤田晋には、多くを学んだ。
小川が
「市場も大きいので、ここからは粛々とやっていけば、自然と売り上げはついてくると思う。ここからの判断は現場に任せて、自分は新規事業などに挑戦していきたい」
と話したときのことだった。
「そのとき藤田さんに、ガツンと言われたんです。『ここからは現場に任せると言ってきた経営者はたくさんいた。でもいま、生き残っているやつはいない』と。
『バッターボックスで何回全力でバットを振ったかが、そのまま自分の成長に比例する。意思決定から逃げるな。ケツは必ず自分で持て』と言っていただきました」
自分自身では打開できない課題も、先輩たちがヒントをくれる。教えを乞うことで、成長する環境がある。
それがある限りは、壁にぶつかったとしても乗り越えられるだろうと思っているから、恐怖心はない。
俯瞰の視点を教えてくれたのも、藤田だった。
「藤田さんの言葉で特に好きなのが『俺は熱中しすぎない。なぜならこの肩にフクロウが居るからだ』という言葉です。
誰しも、熱中して話が盛り上がると視野が狭くなってしまうんですよね。でも視野が30度くらいになっている時の意思決定って、ほぼ間違っている。
一方で、フクロウは360度の視野を持っている。その瞬間30度の視野しかなくても、フクロウが360度見渡した視野から『お前、それはやめておけ』と判断できる」
小川は、経営者にとって一番大事な資質は、バランス感覚ではないかと考えている。
藤田の言うフクロウの視野がリスク管理をして、「攻める時は攻める」「守る時は守る」の判断ができる。
3歳から将棋。2段を保有
小川は、将棋と経営の共通点に、「礼儀、胆力、勝負強さ」を挙げている。
提供:小川嶺
小川が、藤田の言う「フクロウの視野」に即座に感応したのには、訳がある。
実は小川は、3歳のときから将棋を始めた。今も修行を続けており、道場も持つことができる2段の保有者である。
この将棋での闘い方が、経営に役立っていると言う。
「将棋は9×9マスの中で行う対戦ですが、得てして3×3マスくらいの中で試合が繰り広げられるんです。でもこの狭い範囲に目がいってしまうと、戦場全体が見渡せない。自然と俯瞰的に見る目が養われるのです」
小川いわく、「待った禁止」のルールも経営に似ている。
「意思決定に、待ったは無しです。意思決定をしたからには、それを常に前提にしていかなくてはならない。軌道修正するとしても、前の意思決定ありきだと思っていて。そういう文脈で、将棋と経営は密につながっている。将棋からいろんなことを学んだと感じています」
小川は2度目の挫折のとき、普段はハマってしまうからという理由で自分に禁止している漫画を読みあさっていた。
そのとき読んでいたのは『キングダム』。
「自分を『キングダム』の登場人物に例えると?」
と尋ねたところ、
「憧れるのは王騎。でもおそらく、一番近いのは、李牧」
との答え。戦場で先頭に立ち圧倒的なカリスマ性を持つ王騎と、稀代の軍師として何手先までも敵の動きを読み手玉にとる李牧。
熱いピュアな想いだけではない。盤面を冷静に見つめ、瞬時に戦局を判断できる資質が、小川やタイミーをここまで大きくしているのだろう。
(▼続きはこちら)
(▼第1回はこちら)
(文・佐藤友美、写真・伊藤圭)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。