写真:伊藤圭
この取材の最中、小川嶺(24)は何度も「タイミーが世の中にどう役立てるのか」について話をしてくれた。
「楽しく働ける人が増えると世界は変わる。タイミーは、その選択肢を増やすインフラになりたい」
その想いは驚くほどに、まっすぐだ。
「派遣クン」呼び。人権ないのか
そもそも、小川がこのサービスを開発したのには、自身のブラックなバイト経験があった。1年半かけた事業を、たたんだ後のことだ。大学の授業に戻る気持ちにもならず、ただただ働ける場所を探して毎日を過ごしていた。
派遣会社に応募して面接に行く。そこで採用されたら数日後、メールでバイトの案件が流れてくる。そこに書かれているのは「配送作業に従事」とだけ。
品川駅に集合したバイトたちは、行き先も告げられずに30分間マイクロバスに乗せられる。着いた先はマイナス30度の冷凍倉庫。ここで働くと分かっていたら、くるぶし丈のソックスなんか履いてこなかったのにと思いながら夕方まで働く。行ってみなけりゃ、どんな仕事かも分からない。しかも、振り込みは1カ月後だ。
上場企業で派遣社員として働いたときも同じだった。「派遣クン」と呼ばれ、いつまでたっても名前を覚えられない。「派遣クン」と呼ばれる自分には、人権がない気がした。
たしかに、最低賃金は払われている。でも、自分が従事した仕事に対するフィードバックもない。駒のようなものだ。
「こんな働き方、おかしい」
働くことは、もっと可視化されて透明性を持つべきだと思った。
事業者側から圧、繰り返し説得
労働力の搾取として批判の的になってきたギグワーカーという働き方。同時に、マッチングプラットフォームの責任も問われてきた。
Shutterstock/Ned Snowman
「ギグワーカーにも、正当な権利を」
これが、タイミーの根幹にある。
だからこそ、相互評価のシステム構築は、必然だった。
でも、「評価をお互いに可視化しましょう」と伝えると、営業先ではものすごく嫌がられた。
「悪い評価を書かれたらどうするの? 責任とってくれるの?」
と聞かれたこともある。小川は
「いやいや、そうじゃないでしょう。悪い評価を吸い上げて業務改善をしていかないと、そもそも人手不足の時代にますます人が集まらなくなってきますよ」
と、説明をくり返した。
Uberの運転手やデリバリーサービスの配達員に代表されるようなギグワークは、働き手の選択肢を増やすサービスだと当初歓迎された。だが、今起きているのは、個人事業主というだけで、さまざまなセーフティネットから抜け落ちてしまうという現実だ。働き方によっては最低賃金を下回り、事故にあっても十分な補償もない。
日本では、ベビーシッターのマッチングプラットフォームで派遣されたシッターによる子どもの性被害という事件も起き、マッチングプラットフォームのあり方が問われてきた。
だからこそ、働き手にも事業主にもフラットな評価システムを導入したタイミーに注目が集まっている。
現在、このシステムに納得してタイミーに登録してくれた企業は、むしろ安心・安全が保証されている働きやすい企業であると利用者に評価されている。
タイミーでは、バイトした人たちの約8割が再び同じ店舗で働くそうだ。1回目で触れたような、ギグワーカーに対する労災を補償するシステムなど、労働者の権利を守る仕組みを評価した利用や投資も多い。
レビュー通じて離職率改善
タイミーアプリ上でキャプチャ
相互評価を進めていく間に、嬉しいこともあった。
ある企業のなかで、離職率が一番高い拠点事業所がタイミーの利用を決めてくれた。
その現場に、タイミーの利用者たちは厳しい意見をぶつけた。長く働こうとしている働き手と違って、タイミーの利用者は容赦ない。遠慮ないコメントがどんどん書き込まれた。
その企業は、それらのコメントを全て吸い上げて、職場の働く環境の改善を指導した。
「厳しいレビューに目をつぶる企業が多いなかで、その企業は本当に素晴らしかったと感じます。拠点のほうも、本部が言うならというところもあると思いますが、改善点を全て受け入れて変わろうとしたんです」
結果、その拠点の離職率は大きく下がった。
小さい一歩かもしれない。でも、タイミーの相互評価があったからこそ、社員の働き方も改善されたのだ。
こういった積み重ねが、「日本の働き方を、良き方向に変えたい」と考える小川のモチベーションにもなっている。
起業当初には考えてもいなかったことだが、タイミーはいま、企業にとってミステリーショッパーのような役割を果たしている。
通常のミステリーショッパーは顧客の代表であるが、タイミーの場合は企業の中まで入り込んで、その課題を洗い出してくれるミステリーショッパーだ。
調子に乗ったりできない
小川は普段ほとんど贅沢をしない。会社が移転するたびに近所に引っ越しはしているが、それは少しでも働く時間を増やしたいからだ。
小川は、月の売り上げがまだ20万円の時に藤田ファンドから出資され、サービスのリリース4カ月で3億円もの調達をしている。
「学生時代に何億もの投資をされ、浮き足立ってしまうことはなかったですか?」
と聞いた。
写真:伊藤圭
「たしかに、3億といったら、サラリーマンの生涯年収にあたります。21歳とか22歳の時に、それを手にすると勘違いしそうですよね。でも、その3億をどう捉えるか、だと僕は思ったんです。
こんな若者に3億も預け、期待してくれる人がいる。このお金は自分のお金ではない。責任が伴う数字なんだと思ったんです」
成長すれば成長するほど、責任感が増す。小川はそう語る。だから、調子に乗ったりできない。余裕をかませるようなフェーズではないのだ。
「このサービスは死に物狂いで100倍にしなきゃいけない。そして、100倍を達成したら、きっとまた、次の山を登ってみたいなと思うはず」
目指すべき山が高いと、人はここまで謙虚になるのだろう。
「大人版キッザニア」目指して
今後、タイミーはワーカーへの支援に力を入れていきたいと考えている。例えば、タイミーを利用して働いた人たちにも雇用先の社割を適用する制度を検討している。タイミーがきっかけで転職や創業を考える人たちへの情報提供や、人の紹介なども積極的に行いたいと思っている。
タイミーは、「大人版キッザニア」を目指している。バイトや副業を通して、自分の可能性を広げてほしいと考えて運営してきた。
だから、可能性を感じた人を応援するシステムも構築したいと思っている。転職や独立の支援まで視野に入れている。
「水道をひねったら水が出るように、いつでも働ける、帰ってこられる環境があれば、気軽にチャレンジできると思うんです。そのチャレンジを応援するためにも、日本人の仕事のレパートリーを増やす。働く場所をたくさん用意していくところが、タイミーの使命だと思っています」
最後に小川は自身の働き方を、こう表現した。
「僕は、ビジョンに雇われていると思っています。社長の自分が会社を動かしているんじゃなくて、ビジョンのために僕は働いている」
働くことに対する課題は世界共通だ。今後海外にも進出していく予定のタイミーが、いずれ世界中の人たちが使うサービスに成長する日も来るかもしれない。
だが、その第一歩は、あまりにもピュアな想いからスタートしている。
その想いが曇らないまま歩みたいと小川は考えているし、小川を導くメンターたちも投資家たちも、小川のその想いに夢を託しているのだ。
(敬称略・完)
(文・佐藤友美、写真・伊藤圭)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。