カルビーの人気商品「ポテトチップス」。そのユーザーフィードバックにAI技術がどう生かされているかが、AIイベントのスピーチでわかってきた。
撮影:伊藤有
生活に密着した商品を扱う企業では、消費者の声をいかに取り込むかが重要視されている。「ポテトチップス」や「かっぱえびせん」でお馴染みのカルビーにおいても、例外ではない。
日本マイクロソフト主催のイベント「Azure AI Days」(5月開催)において、カルビーがポテトチップスなど商品のパッケージとスマホを活用して、食品メーカー独特のデジタルマーケティングを進める現状が明らかになった。
毎回10万人の顧客接点、「有効活用できないか?」
出典:カルビー
自社の商品が、実際に食べてくれた人からどう評価されているのか ——。
「おいしい」「好き」「つい買いたくなる」という数値化しづらい領域で勝負する食品メーカーにとって、こうした「生の消費者の声」は何より大切なカイゼンの宝庫だ。
カルビー社内でもマーケティングにおいて「若年層へのアプローチの強化」「購買者ではなく実際に食べた消費者の意見が知りたい」など、メーカーと消費者の距離を近づけることを模索していた。
カルビーが例年開催する「大収穫祭」は、じゃがいも2kgなどが10万人に当選する、同社の一大キャンペーンだ。マーケティング本部デジタルマーケティング担当マネージャーの関口洋一さんは、ここに目をつけた。
大収穫祭は長らく、小売店の棚に設置された専用はがきなどで応募するアナログ方式だったため、応募内容は基本的に、景品発送にしか使ってこなかった。また、若い世代はSNSなどデジタルによる情報収集が常識で、はがきでの応募に馴染んでいない。将来の顧客となる若年層からの意見を、どう取り込むかも課題だった。
大収穫祭の応募はがきの実物。マーケティング視点で考えると、大量のリアルなエンドユーザーとの重要な接点。「商品発送後にはただ破棄するだけ」を脱して、カイゼンに生かしたいと考えるのは自然な話だ。
写真提供:カルビー
考えようによっては、この「10万人」は貴重なマーケティングデータの芽になる。しかし、それらが毎回、ただ廃棄されている —— 関口さんはそこに、危機感を抱いていた、と語る。
「大収穫祭」をリアルな消費者の声や気持ち、これまで計測しようのなかった「あわせ買い」の状況を知る手段にできないか。
カルビーがキャンペーン応募のデジタル化を進めた背景には、こうした思いがあった。
デジタル応募で“実際の消費者”を判別する「折りパケ」
ポテトチップスのパッケージ裏側に書かれた「折りパケ」の作り方。わざわざ折って応募する仕組みにしたところにも、実は理由があった。
撮影:伊藤有
はがき応募の声をデジタルにするにはどうすればいいのか?
最初に検討したのは、応募はがきをOCR(注:画像による文字認識)で読み込む方法だった。
しかし、これには困難がつきまとった。人間でも判読が難しい文字もあり、他のキャンペーンとの連携も簡単ではない。10万枚のはがきが相手では、エラーの数も膨大になる。結果、早期の段階でOCRは諦めた。
次に検討したのが、「商品パッケージにQRコードが印刷されたシールを貼り付ける方法」だ。
こちらは近年、清涼飲料水のキャンペーンで採用されており、消費者に馴染みつつある。しかし、コストの増加や、袋で包装するお菓子特有の「外装の破損」につながる可能性のため、安全性の懸念があった。
ポテトチップス うすしお味で「折りパケ」を作ってみたところ。パッケージを利用して折り紙的につくることで、購入証明を兼ねる仕組みだ。
撮影:伊藤有
- 商品の購入と、消費(食べたこと)をいかに証明するか
- 環境に配慮しつつ、大きなコスト増にならない手法はないか
「スマホ時代のマーケティングに生かす」という観点でこの2点の両立は欠かせない。そんななか、環境に配慮したパッケージ開発を進める社員から生まれた「折りパケ」が、その打開策となった。
「折りパケ」とは、カルビー商品のパッケージを所定の方法に折りたたむことで、スマホで撮影するキャンペーン応募に使う仕組みのこと。小さく折り畳むことで、ゴミのカサを減らす効果もある。
この仕組みによって、商品の「購入」と「消費」をデジタル応募でも証明することが可能になった。
同時に、パッケージに商品個別のコードを印字して消費者がスマートフォンのカメラで撮影して、商品を特定できるようにした。この方法であればパッケージのデザイン変更だけで済むため、設備投資などの負担も少ない。
この仕組みによって、ポテトチップス以外も含めた対象商品の応募をデジタルデータで正確に把握できるため、「合わせ買い」の傾向などの貴重なデータも分析できる状況になった。
試作アプリの「社内開発」でコストとスピードを両立
アプリで「折りパケ」を撮影してポイント化したところ。シリアルナンバーによって、ポイント獲得済みのパッケージかどうかを判断している。
撮影:伊藤有
この仕組みの開発経緯には、1つポイントがある。
実際の商品への採用にあたっては、目論見どおり折りパケがうまく認識できるか、試作アプリづくり(プロトタイピング)をしなければならない。
関口さんは他社でITエンジニアとして活躍した経歴を生かして、数日ほどで画像認識の試作品を作り上げた。そのときに選んだのが、マイクロソフト社が提供するクラウドサービス「Azure Cognitive Services」だった。同サービスを選んだ背景を、関口さんは次のように説明する。
「以前から情報システム部門がAzureの導入を進めており、選択肢に入れていました。
マイクロソフトのハッカソンに参加する機会があり、エバンジェリストの方と交流する中で、デモを作ったりしました。こうしたユーザーに向き合う姿勢があるサービスを採用したいと考えて、Azureを選びました。」
開発面の容易さに加えて、クラウドであれば運用規模の拡大や縮小が容易で、固定資産や減価償却などを考慮する必要がなく、社内稟議を通しやすい、というクラウドならではの利点もあった。
社内で試作モデルを開発したことは、予算やスケジュールでも効率化のメリットがある。
関口さんは、アプリによるマーケティングは、カルビー社内でも初めての取り組みで過去の事例と単純に比較できないとしつつ、「試作を含めたコストは下がっている」と費用対効果の高さを認める。
開発期間も短い。コロナ流行のなかでの新規開発だったにもかかわらず、2020年4月から外部のシステム開発会社を通じて本格的に開発を開始し、9月14日にリリースされている。開発会社からの熱心な支援もあり、相当な短期間での開発が可能だったことがうかがえる。
「ルビープログラム」で消費者の声を集める
キャンペーン応募のデジタル化と並行して、カルビーではLTV(Life Time Value:生涯価値)の観点から航空会社のマイレージプログラムのような顧客接点も模索していた。2020年9月から開始したポイントプログラムである「ルビープログラム」はそうした背景からスタートしたもの。ここにも、デジタル応募の仕組みが生かされている。
カルビーのポイントプログラム「ルビープログラム」。折りパケで応募することで、ポイント「ルビー」が貯まる仕組みだ。
カルビー株式会社
ルビープログラムに登録した消費者に向けてキャンペーンの締め切りを案内することで、ネガティブな印象を持たれないようにしながら、参加促進をしていく意図がある。
専門家だけがAIを使いこなす時代は終わりつつある
カルビーの例のような画像認識を含めたAI技術を、デジタルマーケティングの一環として一般企業が導入することは難しいだろうか。関口さんは、こう語る。
「新しいことを実現しようとすると、つまづくこともありますが、手を動かすと意外とできてしまうこともあります。Azure Cognitive Services は、その手を動かすことのできる環境を提供してくれていました。
専門知識がないと、AIや機械学習が使えない時期はもう過ぎています。
ITの会社ではない当社がこういったサービスを利用することで、新たにお客様との接点を創出することができました」
カルビーでは今後、デジタルマーケティングを強化しつつ、従来からのはがきの接点も当面は残し続けるという。
ここには、企業が進める「顧客接点のデジタル化」のヒントがある。
大収穫祭などのキャンペーンへの応募ははがきが圧倒的に多く、封書で商品の感想や要望を書き込む熱量の高い消費者の意見などもある。ただ「すべてデジタル移行すればいい」というわけではない、ということだ。
「メーカーと消費者の距離をより近づけることで、データの表層や、キャンペーンだけでは見えてこないお客様の声を商品づくりに活かしていきたい」(関口さん)
(文・マスクド・アナライズ)
マスクド・アナライズ:元AIベンチャー社員。 同社退職後は企業におけるAI・データサイエンスの活用支援、人材育成、イベント登壇、執筆活動などを手掛けている。近著に『AI・データ分析プロジェクトのすべて』『未来IT図解 これからのデータサイエンスビジネス』(いずれも共著)がある。